6話_2 オレの日曜日(後編)
約2時間後くらいだろうか
空の色もすっかり朱に染まり、カラスの鳴き声が聞こえ始めた頃、ドアからカチャッという音がした。
「……ごめん遅くなった。電気屋が遠くてね。 ······って、みる!?」
遂に、政田が電池を入れたビニール袋をぶら下げて帰ってきたのだ。
オレはそこでホッとため息をつく。やっと沈黙地獄から解放された。
その政田は浅間の存在に気づくと、声をあげて驚いた。
浅間は何故だか知らないが、『みる』と呼ばれている。多分名前が『るみ』だから逆さまにして『みる』と呼ばれているのだろう。政田もみんなにあやかり、そう呼んでいる。
「こんちゃー! お邪魔してるよ〜」
浅間が手を上げて挨拶?をする。これが陽に生きるもの達特有のあいさつなのだろうか。
オレには全くわからん。もう『こんばんは』でいいのでは?
まあとにかく、さっきの冷えた雰囲気から一変、政田のお陰で明るい雰囲気に変わったのは確かだ。
ずっとあのままだったら凍死していたかもしれないからな。
「陣田くんに家に入れてもらったんだ〜。ねっ、陣田!」
表情が少し緩んだように思える浅間が、オレにニコッと微笑みかける。うん、かわいいな。
「お、おう」
そんな突然の視線に少しびっくりしながら、オレはできるだけ口角を上げてみる。
そんなにいつも笑顔ではないせいか、顔の筋肉が痛い。
--あっ、そういえば……
政田、オレが勝手に浅間を家に入れて怒ってないかな?
「なるほどね。ゴメン、待たせて。それで、どういう用……?」
見る限り、怒った顔はひとつもしていない。むしろ待たせてしまった自分のことを謝っている。
不思議だ。きっとオレがその立場なら怒り散らしていただろう。
まあそこが、政田の寛大さ、もしくは考え方の違いによるオレとの陰陽の違いの根っからの原因だろう。
「勉強教えてもらおうと思ったんだけど······もう遅いよね〜」
時計を見てみると、もう6時くらいだ。今から勉強を教えてもらったら、恐らく帰りは夜遅くになる。
オレに教わったらよかったのに、と思うが、人と話すのが苦手なオレに気を使ってくれていたのだろうか。
それなら、こんなオレで申し訳ないと思ってしまう。
一応笑顔を見せているが、とても残念そうに身支度をしている浅間に、政田······もとい、天の声が降り注いだ。
「ちょっと問題集見せて」
「う、うん」
浅間は突然のセリフと真剣な眼差しに少しビックリしながら、政田に問題集を差し出す。
政田は問題集を受け取ると、素早い手つきで次々とページをめくり始めた。次々とめくられる紙々により、政田の前髪が左右上下に動く。
そして、全てのページをめくり終えると、スマホで何かをした後、問題集を浅間に返した。
「なかなかがんばってるじゃん。でも、少し計算ミスが多いみたいだね」
「え……?」
--え……?
これには浅間もオレも黙ってしまった。
そりゃそうなるしかないだろう。だって今、問題集をめくっただけなのに、その中にある内容まで見て考察までしていたのだ。人間のやることじゃない。
浅間は目を丸くしたままである。
あぁ、そりゃそうだよな。バケモンだもんコイツ······
「そ、そうなんだけど、今日はもう······」
気を取り戻した浅間が急いで返事をしたものの、時間が巻き戻る訳では無い。
今日を逃してしまうとこんな日な滅多にない。
後に聞くと浅間は部活の大会前。今日は奇跡的に休みがあったようだ。
「大丈夫、それなら学校で教えればいいじゃん」
「学校!?」
俯きがちだった浅間の顔がサッと上がる。
あまりにも異端な考えにオレも目を大きく開いたままだ。
政田は少し微笑んで
「ボクがプリントを作って浅間が学校で解く。それで、できたらボクの席にでも持ってこればいい。これで完璧だ」
「でも······悪いよ〜、手間かけさせて」
すると、政田は胸をドンと叩いた。
「そこは大丈夫! プリント作りは趣味なんだ」
「そ、そうなの······?」
「だから心配する必要はないさ。明日、学校に持っていくよ」
「うん! ほんとに、ありがとう」
するとどんどん、少し曇っていた浅間の笑顔が、ぱあっと明るくなった。
それを見ている政田もなんだか嬉しそうだ。
その時、オレはあることに気がついた。
政田が腕を後ろに組んでいる。その手にはスマホが握られている。
オレは画面に目の焦点を集めた。すると······
『初心者でも分かる! プリントの作り方 〜応用編〜』
--ふん、素直じゃねーな。
気づくとオレも少し笑顔になっていた。
「ほんとーにありがとうね! じゃ、今日は遅いからもう帰るね!」
浅間はもう一度、政田に礼を言い、家を出た。まあ本当に、笑顔で帰ってくれて良かった。
「うん、また明日」
そんな政田の声が聞こえる中、ドアを閉める浅間のオレンジの瞳と、オレの視線がピタリと合った。浅間がそれに気づくと、こちらに少し微笑んだ。
「陣田くんも、またね!」
「······」
それに対し、オレは左右に手を振った。少しは笑顔に見えたかな?
こうして、浅間は家に帰ったのであった。
***
「あのさ、この前の話だけど······」
浅間の騒動の少し後、ゲームもひと通りして、空もすっかり暗くなった頃、オレは自分の能力のことを政田に話した。一度見られているのは事実、もう全て話してしまうことで誤解が生まれないようにしたいからだ。
こんなバカな話、信じてもらえないと薄々思っていたが、そんなを感じさせないようにオレはしっかりと、丁寧に政田に話した。
政田はオレの目をしっかり見て話を聞いてくれた。
「――なるほどね·······特殊能力か」
一通り話し終え、政田はしっかりと頷いた。
「どうだ······信じるか?」
「……まあ、信じられないかな」
まあ、それは分かっていた。
こんなことを信じる方がおかしい。
でも、話を聞いてもらえたことだけでもよかったと思う。
「でも--」
オレが勝手に納得していたその時
「--それはみんなだけだ」
ジュースを1杯飲み干した政田は、オレの感情を遮るように言葉を並べた。
「……え?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまう。
意味が分からなくなった。突然の不意打ちにオレの思考回路が混乱している。
「それはどういう······?」
政田は再びオレの目を見てしっかりと言った。
「ボクは信じるかな、そのこと」
「どうして、こんな非現実的なことを……」
それは嬉しいのだが、信じて欲しいのだが、何故なのか。それが気になって仕方がない。
オレの、疑問を持った瞳を見るやいなや、政田はクスリと笑う。そして、優しく、また話し始める。
「シゲ盛くんの話し方一つから見て嘘をついているようにも思えなかった。それに······」
政田は言葉を続けた。
「信じた方が面白いじゃん。人生楽しんだもん勝ちだよ!!」
そう言って、政田はグッドサインをした。
なんて言えばいいのだろう。
優しいやら、不思議な奴だとか、そんな言葉もある。でも、
“バカだな“
おそらく、この言葉が一番妥当だと思う。
人生楽しんだもん勝ちか······
何だか笑えてくる。
バカにしている訳では無い。でも、何だか微笑ましい。
本当にこの人は面白い。
頭が良くて、運動もできて、優しくて、それに……バカ、いや、大バカ者で、何だか不思議な奴だ。
でも、ひとつ言えることといえば、何だかそれを見ているオレまで楽しくなってきてしまう。
--ほんと、不思議な人だ。
やっぱり、この言葉が一番似合うかな。
「······面白い」
「そうでなくちゃね」
こうして、オレの政田のへの警戒は完全に解けた。オレもコイツも、お互いに発見があったような気がする。
何だか久しぶりな感覚だ。
カラスも家路につき、夜の虫が静かに鳴き始めた。
もう夜だ。魔獣がオレたちを待っている。
オレの昼はこうしてまた明日へ続く。
これから楽しい日々が始まりそうだ。
だが――




