これからの『同人』について
『同人』はこれからどうしていくべきか。
今、色々と実生活で疲れているから結論だけ書く。
まず、『二次創作』でお金を取るのはもう止めよう。
最早、全く『オタク』的活動ではないことは書いた。
だから、止めよう。
概念化できないアマチュアリズムを傘にそこで理屈の通らないことをするのは『オタク』的ではない。
「好きだから」という理由だけで何をしていいわけではないし、
それだけで正当化できるプライドにも限界はある。
このままいけば、『オタク』は何ら外部に正当性を説明できない過激集団化するだけでなく、
その内部ですら一切のプライドが認められないただの反社会的組織になるだろう。
そして、いわゆる『オリジナル同人』は二つの道に分化して進むべきだ。
一つは『インディーズ』。
ロックやゲームでよく聞く言葉だが、要するに『トッププロ未満』ということを指す。
基本的な商業展開自体はトッププロ、要するに企業と同じやり方で良い。
適切なターゲットを定め、そのユーザー規模を推測して
彼らに届くように商品を展開していく。
その規模を作品の訴求性に合わせて最適化していくという点だけが、『トッププロ未満』ということになる。
「patron」のような先行投資型のビジネスモデルも出てきた。
環境はひと昔前、つまり、インターネット発達以前よりも整ってきた。
今こそ、その最適化が一番やりやすい時だろう。
そして、もう一つは『新同人』だ。
名前は何でもいい。『オルタナティブ同人』でも、『ニューウェーブ同人』でも、『同人ヌーヴェルヴァーグ』でも好きに呼ぶと良い。
これは所謂、『コピーレフト』というシステムを持ってこようという話だ。
『コピーレフト』とは一言で言うと「全ての共有化」である。
具体的に言えば、改変、二次創作、再配布などなどオールオッケーというシステムのことだ。
つまり、『二次創作』という文化を守っていく為に『同人の為の同人』をしようじゃないか、という話である。
『同人(一次創作)』を『コピーレフト』化することによって、
その作品は「全てが共有化」され、今、グレーゾーンで彷徨っている『二次創作』という文化を
サルベージすることができる。
これ自体は実はネット文化の上で常套的に行われてきたことであり、
前回例に挙げた「ギコ猫」をはじめとするアスキーアート文化や、
ネットスラングなどがシステム的には近い。
ただし、一点留意しなければならないのは
「二次創作、再配布する人間も同じく『コピーレフト』化しなければならない」ということだ。
つまり、「二次創作の二次創作(三次創作とでも言うのだろうか?)」もまた二次創作をした人間が
認めなければならないということだ。
そして、このシステムを採用する上で最も重要なことは
「利用者がその創作に対し、共有化により発展的創造的前進を志すという良心に則って原本の著作権保有者がその共有化を許諾している」
ということを忘れないことだろう。
そのある意味潔癖とも言える理念至上主義にこそ、
『オタク』の未来を見出すのは間違っているのだろうか?
まあ、ここまで書いておいて筆者がケツをまくるってのはそれこそ『理屈』じゃないだろう。
だから、『月行装兵ヘイヴス』に関しては『コピーレフト』化しようと思う。
具体的なライセンスはまた後日。
需要があるかどうかは全く分からないが、ただ筋を通したいだけだ。