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哲学書や新書はなぜ小難しい言葉を並べたがるのか?

「衒学」という言葉がある。

「俺って頭良いだろ?」とアピールしている様を指す言葉だ。


そういう様を見せつけられた人間は大概嫌気が差し、衒学的な人間からはそそくさと離れていく。

これが回りまわって哲学書や、新書などを避ける心理に繋がっていく。


無論、筆者もそういう人間の一人だし、年がら年中斎藤環氏の推すラカンの本を読んでいるわけではない。

(というか、確かラカン本人の著書って無かった気がするが……)


難しい言葉を使われるとどうしてもその向こうにドヤ顔している白衣のジジイが

うすらぼんやり見えてしまうのはあながち幻覚でもあるまい。


ただ、そういう小難しい本を避けるのは逆に「テメーらには分からなくて上等」という

向こうの鼻持ちならなさを助長している気がするので筆者はたまにそういう本を手に取る。


そうするとまたドヤ顔白衣(もしくはいけ好かないスーツ)が

行間の間からチラチラと顔を出すわけだが、実は彼らと上手く付き合う方法があるのだ。


今日はその話を少ししてみようと思う。


一番簡単に彼らと仲良くなる方法は「自分の考えを人に伝えてみるイメージをする」ことだろう。


自分の考えなら何でもいい。

「個人的に最高な絶対領域の表面積の求め方」でもいいし、

「個人的に最高な巨乳の視覚占有率」でもいい。


読者諸兄は何か思い浮かんだだろうか?


では、それを「伝えてみるイメージ」をするのだ。

そして、そこに彼らが衒学的(もしくはそう見える)である理由がある。


一般的な理想論として「自分の考えを伝える」以上、理解してもらうことが望ましい。

特に彼らは自分の考えを書籍として出版しているのだから、

全く理解されず、見向きもされないのであれば、全く意味がない。


だから、彼らはそこで最善を尽くすのだ。

「分かり易く」「誤解なく」「自分の考えを伝える」……。


そうすると、彼らは彼らのデータベースからありとあらゆる言葉をピックアップして

本当に自分の考えとマッチしている言葉を探し出そうとする。


「女子高校生のニーハイの――」

いや、待て。本当に女子高校生で合っているのか? 女子大学生は除外されるのか?

「そのムチムチな太ももの――」

『ムチムチ』で果たして、ニュアンスは正しく伝わるだろうか?

「絶対領域が――」

いやいやいや。絶対領域とはそもそも何なのか……?


こういう一種のセルフツッコミの果てに


「二次性徴後の自然誘発的、ないしは現代社会の流動性が形成した理想的女性像に則った一定年齢の女性が有する定格的かつ可変なその曲線を表層とする脚部(特に大腿部)を視覚的に限定する際の機智的想念として『絶対領域(第三章を散見されたし)』の理想的な面積がトポスたり得るのだ」


という実に不可解で珍妙な文章が出来上がってしまう。


これは読む側としては苦痛以外の何物でもないが、

書く側としては散々頭を悩ました結果なのだ。


「誤解されないように、誤解されないように……」とうなりながら言葉を選ぶと

どれだけ「ムチムチ」という言葉を使いたくても、

人によって「ムチムチ」という状態が様々なのだから、可能な限り分解して限定して

「定格的かつ可変なその曲線を表層とする」と表現するか、

そもそも、「ムチムチ」という言葉を定義してやる他なくなってしまう。


つまり、使える言葉がそもそも「かなり限定的な意味を持つ言葉」か

もしくは、「自分が定義した言葉」しかないのだ。


更に分かりづらさに拍車をかけるのは「かなり限定的な意味を持つ言葉」というものが

「一般に膾炙していない言葉」になってしまうということだろう。


言葉が一般に広まり、色んな人間が使うようになるとそれこそ「ムチムチ」の様に

何となく意味は分かるが、具体的なことになると人によって様々という彼らとしては最低の事態になる。


この視点で本を読んでやると行間に現れるドヤ顔白衣のクソジジイが

一つの単語に一喜一憂する哀れなお爺ちゃんになるのだ。


実に悲しいことだとは思わないだろうか。

彼らだって何も小難しい言葉を使いたくて使っているわけではないのだ。

(もちろん、本当に衒学的でひけらかす目的の方もいるだろうが……)


そして、彼らの肩身をさらに狭くしている連中がいる。

「議題」を「アジェンダ」と呼ぶ連中だ。


いや、それだけならまだいい。意味をちゃんと理解して使っているからだ。

しかし、議事録にひたすら「アジェンダ」を連呼し、本当に衒学的に言葉を使っている連中がいる。


奴らに嫌気が差した結果、平易な言葉を第一とする風潮が出てきたのだ。

連中こそ、概念を端的に表現し、会話を円滑に行う機会を「スポイル」しているろくでもない連中だ。


ここまで読んで頂いた読者諸兄(特に他の部も読んでいる方)にもうお気づきの方もいるだろう。


これは醜い自己肯定の文章である。

「本当だったらもっと平易な言葉を使いたい~」と思っている筆者が

「いや、このままでいいんだ!」と開き直るために書いた文章である。


「そんなんだからPV伸びないんだよ」って呆れる読者諸兄の気持ちはよくわかる。

筆者だってもっとキャッチーな文章を書きたい。


でも、「書けないのだから仕方がない」って思うのはダメだろうか?


…………うん、ダメなんだろうなあ。

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