去った後には
隣にいるのはクール系美女、生徒会長にして女子の憧れ、天王寺喜花。彼女は微笑みを浮かべて、俺を見ている。
前にいるのは幼馴染で全国の男の憧れである超人気アイドル、逢沢未希。彼女は凄みを効かせて、俺と会長を見ている。
両手に花だな。ははは、全然嬉しくないぞ。
虎と狼じゃないが、似たような状況に陥っています、誰か助けて。周りに目を向けると、音が出る様な勢いで目をずらされる。そんなに嫌か、お前ら。
「祐樹君。聞いたところによると、顔にDVDをぶつけられたらしいじゃないか」
「ええ、まあ」
「全く、どこの誰がそんな事をしたんだろうね。人の顔に物をぶつけるなんて危ないじゃないか」
ねー、と会長が同意を得ようとしてくる。よくもまあこんな言葉が言えるものだ。
恐らく、うちのクラスにいる会長ファンクラブに所属している誰かの情報が、巡り巡って会長にたどり着いたのだろう。という事はその事件が誰によるものなのかという事も知っているはず。その証拠に、さっきからちらちらと未希の方を見て言っている。
何でわざわざ未希を挑発するようなことを言うんだこいつは。しかも、めちゃくちゃ笑顔を浮かべて言っているからたちが悪い。
そして、会長に見られている未希は細かく震えていた。ま、まずい、いつ噴火するか分からんぞ。
「会長。別に俺は気にしてないから、もうその話題は辞めよう、な」
「優しいね。きっと犯人の彼女もその優しさに甘えていたんだろうね」
犯人の彼女。もう絶対煽り目的じゃんこいつ。別に煽るのはいいけど、俺のいないところでやってもらえませんかね。
そういえば、未希はどう……。
「祐樹、ちょっと来なさい」
「はい」
会長から離れ、未希の元へと急ぐ。
テーブルを回ってこなきゃいけないので、至極面倒くさい。でも、行かなきゃいけない。俺は蝶々、花をいきわたる蝶々。行きたくないのに行かされる花は食虫植物と言うんじゃないだろうか。
未希の傍まで行くと、隣の席を叩かれる。……はい、座ります。
「そういえば、どこの誰だったかしら。生徒会会長選挙に勝って、晴れて一年生で生徒会長になった才女様は」
ん、未希が会長を貶さない? それどころか褒めている? 会長も不思議そうに未希を見ている。それもそうだ、やったらやり返すのがこの二人のやり取りだったのだから。
もしかして、未希はアイドルになった事で大人になったんじゃないか。もう私たちは高校二年生なんだから醜い罵り合いはやめましょうと、態度で示しているのかもしれない。
会長の方を見ると、悔しそうに未希を見て、水を勢いよく煽った。どうやら、同じ結論に至ったみたいだな。これは未希の方が上手と言わざるを得ない。
俺は称賛するぞ、未希。お前のその大人な態度を。
「会長になったら副会長にしようと画策していたのに、あっけなく断られた才女(笑)様はどこのどいつだったかしらね~。しかも、それまで名前で呼ばれていたのに、役職名でしか呼ばれなくなっちゃった、か・わ・い・そ・うな才女様は!」
前言撤回。立ち上がって大笑いしているこの女を称賛するなんてありえない。こいつを大人になったなんて一瞬でも思った俺が恥ずかしい! 後、その話は俺も関わっているから辞めてほしい!
未希はひとしきり笑った後、座って水を煽った。やり遂げた顔をしてやがる、この女。
恐る恐る会長の方を見る。会長は無言でこちらを、未希を見ていた。お、おい、大丈夫か、会長……?
「は、はは。ハーハッハッハ!」
「ヒッ」
いきなり笑うなー! 怖いだろー!
会長はコップを持って静かに立ち上がり、セルフサービスになっている水を入れた。ひえええ、めちゃめちゃ勢いよく飲んでる。あんなの真夏の時ぐらいにしかしねえよ。ていうか、あの姿を見てなお、憧れを抱く女子はいるのか?
数杯水を飲んだ会長は席に戻り、座った。手には水が入ったコップがある。まだ飲む気なのか、こいつ……。
「ふむ、それがどうした? 確かに私は祐樹君に副会長職を断られたが、その席は未だ空いている。つまり、私はまだ諦めていない」
そうなると、と続け、
「まだ彼が副会長になる未来はあるのだよ。そして彼が私の事を会長と呼んでいるのは、いづれ副会長になって私の事をサポートする。そういった意味も含まれているんじゃないのかな」
「ねえわ!」
口をはさんでしまった。だが、後悔はしていない。勝手に人の気持ちを作り上げて、本人の前で言うんじゃねーよ!
「えっ、いつか副会長になってくれるんじゃないのか?」
「ならないって言ったじゃねーか」
会長はそ、そんなはずは、と呟いて水を煽った。お前、よく飲むね。お腹たぷんたぷんになってない?
見るからに慌てている会長の事を見て、未希はくすくすと笑った。ファンを魅了する笑顔がなんとゲスイ事よ。
「あんた、今変なこと考えたでしょ」
「滅相もございません」
なんで分かるんだよ。アイドルになったら超能力でも身につくのか?
「ゆ、祐樹君。君が副会長になってくれたらいいことがあるのさ!」
「ほう、いい事」
「何やる気になってんのよ」
未希が半目で俺の事を見てくる。いやいや、やる気になんてなってない。でもな、どんな特典があるかどうかは聞いておいても損はないだろ。
俺とその他大勢の注目を浴び、会長が立ち上がる。流石、圧倒的カリスマの持ち主だ……! 俺たちの注目の中、一体どんないい事を提示するんだ!?
会長は右手を上げて、
「副会長になったら、この学校の半分をあげよう!」
食堂に風が吹いた気がする。春だというのに、とても冷たいその風は俺たちの熱を奪い去り、どこかへ連れ去った。一人、また一人と食堂から出ていく。熱を失ってしまった彼らは、同時にここにいる理由もなくなってしまったのだ。
俺だって何でここにいるか分からなくなっちまった。隣にいる未希も何言ってんだ、こいつって言う表情で見てる。そりゃそうだ。
会長は去って行く人を見て、右手を下ろした。指がそわそわしだしている。なんて声をかければいいんだろうか、果たして誰が声をかけれるのだろうか。
しかし、ここで終わらないのが俺たちの会長だ。
「ふっ」
会長が自嘲気味に笑う。立ち上がり、ふらふらと歩いていく。歩く途中お腹を押さえているところを見ると、どうやら水でたぷんたぷんになっているようだ……。そして、もう人もまばらになった食堂の入り口までたどり着くと、俺たちの方に振り返った。
「今日はここで引き下がるとしよう。だが、覚えておくといい。私はまた君たちと出会うという事をね」
ふらふらと遠ざかっていく背中を追いかける事はしない。途中、躓いた時は駆け寄ろうかとも思ったが、何故だろう、会長が拒んでいるような気がしたのでやめた。
そして会長の背中が見えなくなった後、食堂に残っていた人は完全に解散した。
その人ごみの中には俺と未希と里奈の姿もあった。俺たちは無言で教室への身とを帰ろうと、食堂を後にした。
そして教室へと帰る途中、未希が呟く。
「あの会長は、どうして会長になれたのかしらね」
なんでだろうな、なんでだろう。
遅くなりました、申し訳ございません。
来週も更新しますので、良かったら登録お願いします。