約束なんてものは
安代さんが言った言葉。実はそれに対する解答という物を、俺は既に持っている。想像の範囲を超えない言葉であった。
つまりは確かに衝撃的ではあったが、それは言う人物が人物であったから。それだけ。
だからこの言葉に対する解答もすでに決まっているのだ。
「行きます!」
「えっ、ほんとですか!?」
安代さんは心底意外だという表情を見せた。その横では日比野さんも意外だという表情を表している。
そしてそんな二人に見られている俺は、ちょっとラッキーだと思っていた。人気のアイドルのライブに、そのアイドルから招待されるというのがどれだけのファンが望んでいる事か。
恥ずかしくて口が裂けても言えないのだが、俺はいつか未希に招待されるのではないかと思っていた。
未希からチケットをもらった時、その時が俺の初ライブ鑑賞になるのだと。
幼馴染の縁をフルに用いた考えであるから、誰にも言ったことがない。言えば最後、俺は校内のドリーミングファンに血祭りにあげられるだろう。驕り高ぶってんじゃねぇ、虫けらと。
「祐樹君、本当にいいの? 未希と約束してるんじゃ」
「約束? いや、してないっすけど」
約束なんて交わしていない。未希からチケットをもらえると考えていたのは俺だけの妄想。俺が未希と交わした約束なんて、明日ゲーム持ってこいと言う半ば命令のようなものしかない。
最も、最近は未希が忙しいらしく、この約束もしていないが。
俺は日比野さんが鞄から取り出したチケットを受け取る。チケットにはメンバーのデフォルメイラストと日時が書かれている。
「そういえば、用事が被ったりしていませんか?」
「大丈夫です。ライブ楽しみにして待ってますね」
学生の用事なんて80%が即日決行で、残りの20%も2~3日以内に行われるものだ。しかも、絶対にやらなきゃいけないか、と思えばそうでもないようなものが大半。
用事が詰まって忙しい忙しいって言ってるやつに限って、用事と用事の合間に結構な時間があったりする。そいつらは結局のところ、忙しいアピールをしたいだけなのだ。
これは俺という暇学生が考えた事であって、データなんかを取ったわけではないので、信頼性はゼロだ。
こんな考え、頭の片隅にも置かなくていい。
「良かった。きっと未希も喜びます」
「そうですかね……」
「そうですよ、絶対喜んでくれますから」
笑いながらいう日比野さんはとても綺麗だが、それには異議を申し立てたい。
きっとあいつは俺が見ていたと言ったら、自分がどんな風に見えたかなんてことを聞いてくるだろう。
未希がストイックな事は勿論、どんなことを聞いてくるか、大体は分かっているつもりだ。伊達に幼馴染をやっているわけじゃない。
……やばいな。幼馴染がアイドルである事への弊害に今気づいてしまった。俺は果たして、あいつに可愛いと面と向かって言えるのだろうか?
えっ、ちょっと待って! これ、結構恥ずかしいんじゃないか!? 小学校の時から顔を合わせて、遊んだこともある仲のあいつに言えんの、俺言えんの?
「祐樹君、だ、大丈夫ですか?」
「こ、小宮山さん?」
「え、俺がどうかしたんですか?」
まさか、まさかとは思うが、俺の考えている事が二人にテレパシー的に伝わってしまったのか?
「顔が赤くなってますよ?」
「へっ!?」
手を顔に当てると、顔に熱があるのが分かった。
二人が心配そうに俺を見ているが、どうして顔が赤くなったのかは言えない、絶対に。
俺は二人に何でもないと言って、
「そういえば、何でライブチケットくれるんですか? それに未希は?」
気になっていた事を聞いていく。
何で日比野さんと安代さんが、わざわざ俺に会ってまでチケットを渡しに来たのだろう? 日比野さんだけなら分かるが、初対面の安代さんまでやってくるのはおかしい。
そもそも、何で未希はここにいないんだ?
二人を見ると、言いにくそうに口元をゆがめていた。
「……もしかして、未希には言ってないんですか?」
そう言うと、二人の身体がビクッと震えた。安代さんが口元を手で押さえていると、日比野さんが彼女の肩を掴み、二人はぐるっと回った。そして、そのままこそこそと話し始める。
え、本当に言ってないの?
顔を見ようとして、二人の前へと回り込むと、又二人の身体はビクッと震えた。
面白いな、この二人。
安代さんが不安そうに日比野さんの顔を見ると、日比野さんはぐっと前に出た。
「はい、確かに未希には言っていません」
日比野さんは言い切った。後ろで安代さんが口を押さえて驚いているが、言ってよかったのだろうか。
「だから、なにとぞ未希には内緒にしておいてください……」
あ、やっぱり駄目だったんだ。
語尾が弱弱しくなっていきながら、日比野さんは俺に向かい頭を下げた。
日比野さんが頭を下げると、安代さんも頭を下げた。
「頭を上げてくださいよ、二人とも!」
二人の肩に手を置いて、頭を上げてくれる様に頼む。こんな夜中の公園で、二人の女性に頭を下げられているなんて絵面が最悪すぎる。そして何より、俺の良心が耐えらんねえ!
俺の願いが通じたのか、二人は顔を上げてくれた。
そして、日比野さんが俺に話しかけてくる。
「祐樹君、未希には内緒にしてもらえますか?」
「いや、内緒って言われても、理由を言ってもらわなきゃ」
「……実は、最近未希の調子が良くなくって」
未希の調子が悪い?
本当にと思ってしまい、首を傾げると日比野さんは頷きを繰り返す。
未希の調子が悪いって言われても、そんなそぶりは一切見えなかったけれど。
「調子が悪いって言うのは、踊りにキレがないとか仕事への意識が空回りしちゃってるという事です」
「あー、なるほど」
日比野さんの言った事に納得を覚える。
確かに、アイドル関係でなら俺にはわからない。未希は仕事で起こった事を話してくれはするが、いつも面白い事だけだ。きっと面白くない事、気に入らない事もあるはずなのに、そんな事は一切話さない。
幼馴染としてはストレス解消の相手になってやりたいが、話さない事には意味があるのだろうと思い、未希には言っていない。
「未希ちゃん、一生懸命頑張っているんですけど、それが辛そうで。だから、あなたがライブに来たって言えば、調子も取り戻すんじゃないかなって」
安代さんの言葉は、本当に未希を心配している事が伝わってくる。未希と仲がいいからこそ、何とかしてやりたいと思っているのだろう。
だけど、何でそれが未希に内緒にしておいてほしいってことになるんだ?
それに、二人の言葉を聞いて、俺の中に新しい疑問が生まれた。
「未希の事を心配しているのは、安代さんだけなんですか? もしかして、あいつグループの中でうまくいってないんじゃ……」
「そ、そんな事無いです! 今日は日比野さんと仕事をしていたのが私と未希ちゃんだけだったってだけで、皆未希ちゃんの事は心配しています!」
「ごめん、ごめんなさい! そんなに必死に否定しなくても、半分冗談だから!」
俺の意地が悪かったよ、ごめんなさい! 逆にそこまで否定されたら信ぴょう性が高くなってくるわ。
安代さんは荒くなった息を整えながら、言葉を続けていく。
「それでどうにか助けてあげたいと思って、日比野さんに相談したら、小宮山さんの事を教えてもらって」
「未希が家族とグループメンバー以外で心を開いているのは、祐樹君しかいないと思ったので。だから、今日二人で会いに来たんです」
「なるほど」
俺は二人の言葉を聞いて、やっと理解した。未希がどれだけ心配されているのかを。
アイドルの、グループのメンバーの一人の調子が悪い。マネージャーが付き添うからと言って、その幼馴染に会いに行こうなんて思わないだろう、普通。
でも、安代さんは会いに来たんだ。
あいつ、いい人と仕事してるんだな。
「安代さん、ありがとう」
「えっ、あ、どういたしまして……?」
意味が分かっていない様だけれど、それでいい。分かられたら、恥ずかしいからな。
そして、未希の調子を取り戻すために協力は惜しまない。全力を尽くそう。
「じゃあ、俺がライブに行くって未希に伝えたらいいんですね。二人の事は話さずに、俺が行きたいと思ったからって」
「はい! そしたら、きっと未希の調子も良くなって、ライブも成功すると思います!」
オッケー! なら、明日にでも未希に伝えよう。
俺たちは頷きを繰り返し、一緒に公園の出口へと歩いていく。
出口までたどり着くと、日比野さんと安代さんが、別れを告げた。
「では、手筈通りにお願いします。祐樹君、きょうはこれで」
「小宮山さん、よろしくお願いしますね!」
二人に手を振って、別れを告げると俺もまた帰路へと着いて行く。
行きとは違い、ゆっくり歩いて帰る事で、俺はかみしめていた。
「……日比野さんと安代さん、可愛かったなぁ」
次回は一週間後を予定しています。
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