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高校生になった俺たちは

 もうすぐ、午前最後の授業が終わる。


 俺、小宮山(こみやま)祐樹(ゆうき)は黒板の上に掛けられている時計を見た。


 授業が終わるまで、後三分。


 集中力なんてとっくに切れていた。


 教科書を開いて、ノートを取っての作業を午前中ずっとやっている人間ならば、当然の事だ。最初はあったのか、と聞かれればそれはどうかな、と返そう。


 集中力が切れているという話は、周りの奴らも一緒の様子。時計の針の動きを一心に見守る奴や、ペンをぐるぐる回している奴、机に突っ伏している奴もいる。


 俺もそいつらも、今か今かとその時を待っていた。


 黒板の前に立っている先生が、こちらに振り向く。と、同時に昼休みを告げるチャイムが鳴り響いた。

 

「っしゃぁ! おらおらおらおら!」

「待てや、ごらあああああああ!」

「パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン!」


 俺は廊下に飛び出していった連中を尻目に、鞄から弁当を取り出す。この学校の購買のパンの競争は異常だ。


 空腹により極限まで高められた殺気を武器に、容赦なしのバトルが購買部前で繰り広げられる。


 俺は二度とあそこには近づかん。

 

「祐樹~。飯食おうぜ~」

「僕も僕も~」


 二人の男が弁当を下げてやってくる。


 背の高い、少し日焼けした肌の男と、背の低い、女に間違われそうな見た目の男だ。


 背の高い方は高山(たかやま)(ひで)(なり)


 高い身長に小麦色の肌が似合うバスケマンで、バスケット界隈では有名らしい。だが、よく練習から脱走するらしく、マネージャーに引きずり回されている姿は新入生の度肝をぬかす光景ランキング、略すと度肝ランキングに堂々と入っている。


 背の低い方は須々木颯(すずきそう)()


 放送部に所属しており、ついこの間まで昼休憩に自身のコーナーを持っていたが、訳あって降板してしまった。俺はもう慣れたが、颯太が男物の制服を着ている事は衝撃的らしく、こいつもまた度肝ランキングに入っている。


「ああ、机引っ付けようぜ」


 そして俺は小宮山祐樹。


帰宅部で成績は普通、流行には少し疎く、マイペースに生きている男子高校生。度肝ランキングには入っていない。


 三人で飯を食うのは、いつもの事。高校からの縁だが、気の良い奴らだ、と今も仲良くしている。


 この教室にはいくつかのグループが出来ている。


 だからと言って、仲が悪いなんてことはなく、気の合うやつらがそれぞれ集まっているだけで、俺たちもそのグループの一つである。


 お待ちかねの二段になっている弁当を開けると、昨日の残り物と梅干が埋められている白米が姿を現した。


 二人の弁当を見ると、焼き肉が詰められていたり、鮮やかな色の野菜が詰められていた。


 うぅむ。


「なぁ、交換しないか?」

「お前、いつも言ってくるな。仕方ねぇ、ほらこの玉ねぎをやるよ。よくたれが付いてる」

「僕からはこのパプリカをあげるよ。黄色いから見栄えが良くなる」


 秀成が玉ねぎを、颯太がパプリカを白米の上に載せてくれた。


 ありがてぇ。ありがてぇ……。


「じゃあ、俺は肉じゃがの肉をもらうな」

「僕はジャガイモをもらうね」


俺の彩の少ない弁当から、茶色成分が減っていく。だが、弁当の茶色は未だ大多数を占めていた。


肉じゃがの玉ねぎだけが大量に残っている弁当は、存在感を放っている。


俺はため息をついてパプリカをかじり、ソースが染みた部分の米を食べた。小さく、ポリポリとパプリカをかじっている俺に、颯太が隣の空席を見た。


「そう言えば、今日は逢沢さんは休みなのかな?」

「今日も仕事なんだろ? 昨日の歌番組にも出てたし、大変だよな」


秀成は一度口の中にある物を飲み込み、お茶で一服し、


「俺たちってラッキーだよな。同じ学校ってだけでもあれなのに、同じクラスにもなれるなんて」

「だね。本当ならテレビやステージの上にいるのを見るだけなのに、同じ教室にいれるなんて」


二人は笑いながら、自分たちが恵まれていると言った。


そんな二人の話を聞きながら、玉ねぎをつまんでいると、視線を感じる。顔を上げると、二人が俺を見ていた。


「祐樹は近くにいるから、そのありがたさが分かってないのか? お前、ミキミキのライブ見に行ったことあるか?」

「いや、ないな」

「それも凄い話だよねぇ。確か祐樹って逢沢さんと小学校からの友人でしょ? 一度くらい見に行ってみたいな、って思わなかったの?」


颯太の言葉を聞き、俺は考えてみる。


「ないな」


二人は俺の答えを聞いて、ため息の様な、感嘆のような声を上げる。


じっとした目つきが粘っこく感じられたので、手を振って辞めるように言った。しかし、二人は辞めるどころか、声を大きくして、俺の弁当を見てくる。


こいつら、玉ねぎを狙っているのか……!?


二人から隠すように弁当をこちら側に寄せ、俺はなぜ自分があいつの仕事を見に行ったことがないか、考えてみた。


確かに一度も行ったことがないというのは薄情かもしれない。だけれど、あいつから来いと言われた事もないし、俺自身アイドルにさほど興味がないのだから仕方がないだろう。


そう言った事情を話せば、この二人は弁当を狙うのをやめてくれるだろうか。


「祐樹、肉美味かったぜ。玉ねぎ食わせてくれよ」

「僕も食べたいな」

「おれにはもうこいつしかいないんだぞ!?」


絶対に弁当箱は離すものか。話したら最後、白米しか残らねぇ。


がるるるるっと、二人に顔を向けて牽制していると、手元が軽くなった。


あれ、俺の弁当は?

 

「まぁまぁ、二人とも。祐樹には祐樹なりの事情があるんだから。ね、祐樹!」

 

 振り向くと、左の掌に弁当箱をのせた、笑顔の女の子が立っていた。


 こいつの名前は、間中里奈。中学からの友人で、購買で必ず戦果を獲得してくる猛者の一人だ。


「あんたら、もうすぐ昼休み終わるよ。ほら、ちゃっちゃっと食べる!」

 

 俺たちは言われるがままに飯を食うスピードを上げた。途中、白米の量が多いなと思ったが、玉ねぎの可能性を追求した俺は無事完食した。

 



 昼休憩が終わり、午後の授業が始まる。午後最初の授業は美術だ。お世辞にも美的センスがあるとは言えない俺だが、一生懸命絵をかいた。その結果、2点をもらう事に成功。勿論、10点満点だ。


 その次は英語。英語の教師は伊倉(いくら)先生というジョージ・クルーニーが大好きな、若い女の先生だ。気さくで授業も面白いと評判もいい。


「頑張って! 小宮山君、さぁ、話しかけて!」

「は、はい」

「英語で! さぁ!」

「イ、イエス! ミス,イクラ!」


 今日は運が悪い事に、授業の内容はコミュニケーションだった。俺の隣が休んでいるから、ペアになっているのは伊倉先生だ。


 伊倉先生は俺の可能性を引き出そうと頑張ってくれているのだが、どうにもやりづらい。調子はどう、というお決まりの文句から趣味、好きな教科、苦手な物などと続いている。


 脳の中にある単語を絞り出して何とか会話を続けているが、先生、俺はもう限界だよ。


 早くチャイムが鳴ってくれと願いながら、搾りかすのような英語を話していると、教室のドアが開いた。


「すいません。遅れました……」


 そこにいたのは、茶髪のショートカットの女の子。

 端正な顔立ちはメイクでさらに磨き上げられ、その魅力を増している。俺たちと同じ高校生とは思えない大人びた雰囲気を纏った彼女が現れただけで、教室が華やいだ気さえする。


 流石、度肝ランキング堂々の1位。まあ、そんな称号なんかより超人気アイドルって言った方が衝撃度は上だから、こいつにランキングは無意味だ。


 綺麗な髪はよく手入れされており、同じ制服を着ているというのに他の女子生徒とは何かが違うと思わせる。


 国民的アイドルグループのメンバー、逢沢未希は少し息を切らし、こちらに歩いてくる。

 

「逢沢さん! よかった、来てくれて。じゃあ、ペア、交代しましょうか」

「はい」


 机に鞄を置いて、教科書を取り出そうとしている彼女は少しだけ汗をかいている様だった。


 どれだけ、必死になって学校に来たのだろうか。


「よう、久しぶり」

「久しぶり、いつ見ても変わらない顔してるわね」

「そうそう、顔なんて変わるかよ」


 未希は笑顔を見せて、覗き込むように俺を見る。


 この瞬間、男連中の視線を集めているのは、まさしく俺だった。席替えの日が待ち遠しい。いつ殺されるか、分かったもんじゃない。


 未希が教科書を取り出し、さあ、やるぞ、と向き直った所でチャイムが鳴る。


 助かった、という気持ちが胸の中に広がる。これ以上は、俺の頭がパンクしそうだ。


 後はホームルームだけなのでどれだけ気を休めていてもいい時間だし、気楽に行かせてもらうとしよう。


 隣にいる逢沢は授業が終わると同時、里奈と数人に囲まれて、楽しそうに話している。クラスの男連中がちらちらと見ているが、お前ら俺に気づかれてるんだから、絶対にばれているからな。


 しばらくすると教室のドアが開かれる。そこに立っているのは少しやぼったい印象のおじさん、我らが担任、ヤベセンだ。

 

「おーい、席に着けー。お、逢沢良く間に合ったなぁ」

「おはようございます、先生」

「ん、おはよう。もう夕方に近いけどな」


 教室に少しばかり笑いが起きる。ヤベセンは軽い感じの雰囲気が気に入られており、人気がある。


 他のクラスにもヤベセンが好きだというやつがいるので、俺たちはうらやましがられている。まぁ、確かにいい先生だ。


 そして、何点か連絡事項を話し終えたヤベセンは、ホームルームの終わりを告げる。


「じゃあ、終わり。気を付けて帰れよー」


 クラスがざわつく中、俺は早々と帰る準備を済ませる。隣に座っていたはずの未希はもういない。ヤベセンの号令と同時に、急ぎ足で出ていってしまったのだ。


 俺も見習う様に寄り道もせずに帰宅すると、ズボンのポケットに入れているスマホが着信を告げた。


 画面にかかれているのは、美しき隣人。


 高校に入学してから、勝手に名前を変えられたその連絡先は、


『出るのがおそい! 何してたのよ!』

「悪い、今帰ったとこなんだ」

『あら、そうなの。もう大丈夫?』

「大丈夫大丈夫、そっちは?」

『今はマネージャーさんの車に乗って、レッスンスタジオに向かってる。ぎりぎりになっちゃったから』


 幼馴染、逢沢未希からの連絡を意味するものだ。


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