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その3 幸せな日々は過ぎる時が早い


結局、隣町には一人っ子一人居なかった。話し合いをした結果、県境まで海岸沿いを歩いていくことになった。それが一番早そうだったから。

正直、ショックだった。

道のりは一気に長くなったし、この分心配しなければいけないことが増えた。

だから落ち込むと思っていた。そんなことにはならなかったけど。


「海!初めて見た!」


何故なら、海にテンションが上がる姫がいたからだ。そして今。海を前にした姫はとてもテンションが高い。


「私、一回海に来てみたかったの!なんか思っていたより汚いけど、綺麗ね!」


このはしゃぎようである。はしゃぎすぎて、矛盾してしまっているし。もう全く。

でもこれだけはしゃいでいる姫を久しぶりに見た。といってもゾンビになってからなんだかずっと元気だけど。

でもそれって空元気なのかなって思ったりもしていた。ゾンビになってしまったのだ。落ち込まないはずはない。そんな様子はないからもしかしたら無理してるのかな、と。


でも今は本気で嬉しいみたいで砂浜をぴょんぴょんと跳ねている。砂の感覚が始めてで楽しいんだそうだ。

そんな姫に引っ張られてこっちも落ち込まずにすんでいる。


「海の中、入ってみてもいいかな?魚いるかな?」

「多分魚はいないと思うけど良いんじゃない?」

「やったっ」

「僕、先にシャワー浴びてくるね」


何せこんな生活になってから一度もお風呂に入れていないのだ。ちょっと限界。

石鹸なしのシャワーでも良いから入りたい。


「じゃあ私も」

「じゃあ一緒に行こうか」


二人並んで歩き出す。それが自然になってきたのが嬉しい。だって姫は歩くことどころか起き上がるのも辛そうだったから。

それがこうして楽しそうに隣を歩いていることは凄いことだな、と思う。少なくともこうなる前はこんな風に二人で歩けるなんて思っても見なかった。ましてやこんな病院から離れたところを。


「あのね、シャワーしか浴びないのもやったことないの。病院ではいつもお風呂だったから」

「そっか。じゃあ楽しみだね」

「ええ。自分で髪洗うのなんて凄い久しぶりよ!自分で出来るかしら」

「昔はやってたんだろ?出来るよ」

「頑張ってみる」


小さく拳を握り込んでみせる姫。

こんな風に今まで出来なかったことを、積み重ねて行けたらいい。そう思った。

そしてささやかながらその手伝いが出来たら、良いな。


「どうしたの?それ」


シャワールームから出てきた姫は僕の手、というか手に持っているもの、を凝視した。


「貰ってきちゃった」


僕の手の中にあるもの。それはタオルだったり、砂を掘る用の玩具だったりと色々だ。


「売店のメモに住所と連絡先書いてきた。後で払いに来るよ」

「そんなんでいいの?」

「お店の人も今はお金取りに来れないしいいんじゃないかな?」


非常事態なんだからこれぐらい目こぼししてくれないかな、と思ってる。買ったものをリストアップして合計金がくまで書いて添えてきたから大丈夫だろう。

最初は首をかしげていた姫も目の前にある始めてのものの誘惑には勝てなかったらしく、僕から受け取ったものを広げて見せた。


「あれ?このタオルボタンがついてるのね?」

「それ、頭からかぶるんだ。」


子供用のキャラが描いてあったり、ちょっと丈が足りないけど。姫が使ったこと無さそうだったからついついこれを選んでしまった。ラップタオル、という名前らしい。正式名称始めて知ったよ。


「へー、てるてる坊主みたいね」


物珍しそうにしている彼女の髪を持っているハンドタオルでふいてやる。姫の髪はさらさらしていてやっぱり女の子なんだな、と思った。


「ありがとう、ナイト」

「いいえー。これぐらい御安い御用ですよ」


振り返った姫が全力で笑顔だったから、これぐらいホント御安い。


裸足で二人、海岸を歩く。波が来るとくるぶしまで来る水が冷たくて気持ちいい。


「夕日が綺麗だね、ナイト」

「うん、綺麗だね」


夕日に照らされた海が並々と光るのを見ながら歩く。姫といるから尚更綺麗に見えるのは姫には内緒だ。


「海に沈む夕日って良く写真で見るけどこんなに綺麗なら残しておきたい気持ち、分かるな」


ぱしゃんと水をやりながら姫はちょっとさみしそうだ。


「私綺麗な写真見るたびに嫉妬してた。私にはこんな世界見れないのにって。勿論、相手はそんな気持ちじゃないってわかってるけど」

「それは、」

「ばかね、ナイトのことじゃないわよ。写真をいっぱいくれたのはナイトだったけど、貴方の写真は綺麗なのより可愛いのが多いじゃない、猫とか犬とかてんとう虫とか」

「それは姫が好きそうだなぁって思ったから」

「だから別にいいのよ、ナイトから貰う分には。だってナイト最後に必ず行ってくれるでしょう?いつか一緒に行こうね、って」


そう言う姫の笑顔はなんだかちょっぴり誇らしげで


「だから約束果たそうと花火持ってるナイトはもっと好き」

「あ、いや、これはですね」


なんでばれたの!?サプライズしようと思ってたのに!でもまぁこういうしてやったり、みたいな姫の顔もいいよねってことで。


「せっかくだから花火をしようか」


といっても手持ち花火だけだけど。打ち上げ花火は音が大きくなっちゃいそうでゾンビたちが来そうだから、持ってこなかった。


「一回やってみたかったの。嬉しい」


そういって、姫は僕が差し出した花火セットを受け取った。実はこのセット、ネズミ花火が入ってる。花火じたいは驚かせられなかったけど、ネズミ花火でしょうぶだ!!


「やっぱり浴衣があれば良かったかな」

「そうなの?」

「そうなの」


夜姫と一緒に僕たちは再び海岸沿いに来ていた。目的はやはり花火をするためだ。


「マッチ一個だけ使おうか。後は花火同士で火をつければいいか。ちょっと危ないけど」


本当はそんな危ないこと姫にさせたくないんだけどマッチは今貴重品だから。仕方ないね。


「姫、長袖にしたんだ」

「やっぱり夜は冷えるみたいで」


そんなやり取りをしながらてきぱきと準備をしていく。といってもあんまり用意するものもないけど。


「じゃあ始めようか」

「何色かな?」

「さぁ?楽しみだね」


うん、と頷く彼女の花火に火をつけてやる。ひゅと引火した火は勢い良く火花を散らしながら、燃えていく。


「ピンクだ!いや黄色?」


変わっていく火の色に戸惑う姫を見ながらやって良かったなと思う。

今日は特に姫が楽しそうだった。

こんな風に少しずついろんなことをさせて上げられたらいいな。

こんな日々がずっと続くのならこの逃亡生活もそんな悪くないかもしれない。


「あー、弱くなってきちゃった」


この花火のように先が短いことも知らずに。

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