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その2 君の体温が欲しくて(下)


結局、あの二匹のゾンビは姫が物干し竿で吹き飛ばした。僕は何も出来なかった。


「ねぇ、ナイト。なんかあった?」

「いいや、何もないよ?」


それからと言うものの、僕はなんとなく姫との距離が計り損ねていた。

……なんとなくギクシャクしてしまっている、気がする。僕の気のせいだったらそれで良いんだけど、姫はこういうの結構気がつく所があるからこんなこと考えている時点で駄目な気もする。

要は必要以上に考えてしまってると言うことなのだ。


僕としても今の感じを何とかしたい所なので、少し考えてみた。歩きながらただただ考えていた。

僕は姫の手が冷たかったのがショックだった。まるで姫が死んじゃってるみたいで嫌だった。でも姫は姫が言う通りもう死んでいるのだ。例え僕に喋りかけてもはにかんで見せても。


ちらりと姫の方を盗み見る。だけど姫は気がついてこっちに笑って見せた。この子が死んでるなんて信じられない。

もしかしたら姫みたいに自分で心臓が止まっている感覚が分かればいいのかもしれない。あるいは映画みたいに見た目がもう人っぽくないとか。そうすれば明らかに違う所があれば分かりやすくて、自分でも納得出来るのかもしれない。

そういえば映画はゾンビ化が始まってからしばらくたってからスタートするものばかり見ていた気がする。それは僕がつけようとしている踏ん切りをカットするための策なのかもしれないな。


でも現実はそうじゃない。姫は多少顔色が悪いけどそれだけだ。他は生きてる時と変わらない。

それになりより、僕は認めたくないのだ。


姫が死んでしまったということを。


僕は認めたくない。

これで堂々巡りだ。認めたくないとか駄々を捏ねてるだけと言うか。とにかく原因が自分にしかないのだから自分でどうにかするしかない。

……ほんと辛い。


「……少し休もっか」

「そうだね。もうすぐお昼だし」


姫の提案に乗っかって、木陰で休むことにした。ペットボトルを取り出して水を飲む。これが終わったら次は自販機で買おう。


「……」

沈黙が気まずい。


「ラジオつけておこっか」

姫の返事を待たずにラジオをつける。流れてきたのは流行りの最新曲。

とりあえずこれで気まずくはない、と思う。というか休もうっていう姫の提案からして気を使わせてしまった感じがする。騎士失格だ。


ラジオから流れる曲を聞いているフリをしていると、突然曲がプツリと切れた。

『曲の途中ですが緊急ニュースが入りました』

焦った人の声がそのニュースの重大さを物語っている。

『……市の……ウイルス、通称ゾンビウイルスによる被害がまた確認されました。被害者は該当地域外にて、発病そのまま警察に取り押さえられました。また、この事件をふまえて避難地域が県全体に拡大され、隣接する地域にも避難勧告が出されました。繰り返します……』


ラジオはまだニュースをやっているが僕たちは聞く気にすらならなかった。


「どうしよう、ナイト」


不安そうにぽつりとこぼす姫に全面的同意だ。

ただ、ここで不安がっては男が廃る気がする。


「県外までさすがに歩いては行けないよね。山超えないとだし」


ここから一番近い県境は確かに近いけど山越えのルートになる。さすがにそれをする気にはなれない。


「とりあえず、市だけ越えてみよう。避難が遅れた人たちに会えるかもしれないし。それにこの市だけしか避難してなかったってことはここのゾンビが多いってことだし。とりあえずここから脱出するのを優先しよう」


「…うん。そうだね、そうしよっか。」


とりあえずご飯を食べたらすぐに行動しようということになった。ご飯を食べるには暗い空気になってしまった。愚痴ってもしかたないけと。


「ねぇ、ナイト。ちょっと私の腕掴んでみて」


お昼ご飯を取らずに水入りのペットボトルを太陽に透かして遊んでいた姫がそういって腕を僕の前につき出してきた。


「……別にいいけど、どうかしたの?」

「ちょっと強く握って見てほしいの」


なんだそれ、と思いつつ彼女の腕を取る。一瞬冷たくててを引きそうになったけど、思いとどまる。……わかってたのにね、今回は。


「強くってどれくらい?」

「私が痛いって言うまで段々強くしていって」


言われた通りに少しずつ力を込めていく。勿論ちょっと力を入れるだけだ。相手は女の子なんだから。

と思っていたのに一向に姫が痛いと言わない。真剣な目で捕まれた自分の腕を見つめている。


「流石にこれ以上強くするのは躊躇うんだど」

「本気でそう言ってる?」

「うん」


流石にこれ以上は人にやるのは躊躇います。

例え同期生の男にやるのだって、ちょっと大丈夫?って聞くぐらいになってしまう。


「……そう。ならもういいや。ありがとう」


残念そうに言われてパッと手を離す。

久しぶりに見た姫の顔はなんだか暗い。

そういえばなんだか元気がなかったような気もする。僕がそれどころじゃなかったから、そこまで気が回らなかっただけで。


「姫、どうしたの?」


姫はどこか遠くを見るように目を一周させると、うーんと独りごちる。


「感覚というか触覚が無くなってる気がして」

「触覚?」

「そう。さわってる感じとかさっきみたいな物理的な痛みとか、そう言ったものが感じられなくなってる」


それ、もしかしなくても大事なんじゃあ……。


「だから力加減が出来なくて。さっきも吹き飛ばしちゃったし。不便ね」

「いやそれ、不便ねですむことじゃないと思うな」


すかさず突っ込むとなんとも呑気な返答が。


「最初はものをちゃんとつかめてるのか不安だったけどね。慣れたし」

「またあっけらかんとそう言うことを言う……」

「だって死んじゃってるんだもの、私。こうしてナイトとおしゃべり出来ているだけで儲けものよ?」


姫が自分のことを、自分が死んでしまったことをいとも簡単に言って見せる。

気にしてるのはまるで僕だけみたいじゃないか。いや、自分だけなんだろうな。


「で、ナイトはどうしたの?」


うっ。自分のこと突かれると痛いなあ。でもちゃんと話さなくちゃ駄目かな。姫も話してくれたんだし。


「……さっき姫の手を取ろうとしたら想像より冷たくてびっくりした」

「そう。自分で触っても分からないから気づけなかったや。ごめんね」


そうか、感覚がないってことは冷たいのも分からないのか。それにしてもごめんね、なんて。謝るのは僕の方なのになぁ。


「僕の方こそ、ごめん。それがショックで姫のことちょっと避けた」

「うん、いいよ。その代わりもう避けないでね」

「うん。絶対に」


約束しようと小指を出した僕に懐かしいなぁといいながら姫が小指を絡めてくれた。

指切り元万。裏切ったら針千本飲ーます。

昔は良くやった指遊びを僕の誓いにしたのだから、破らないようにしないと。





食べ終わったら宣言通りにさっさと隣町に向かうことになった。といってものんびり呑気には先程と変わらない。急いでいざと言うときに逃げるだけの体力が無かったら、やばいからね。


とか思ってたらフラグになっちゃってたらしい。ゾンビがわらわらと沢山向かってきたのに気がついた。


「逃げるよ、ナイト」

「待って」


何でそんなこといったのかと言うと、僕の友達がいたから。……ゾンビになって、いるけど。


「ユウ」


いつものように呼び掛ける。案外大きな声がでて、ゾンビが一斉にこっちを向いた。


「何してるのナイト!逃げるよ!」


追いかけてくるゾンビの群れ。その中にユウをみつけてしまった。他のゾンビと変わらない。

笑うと悪がきっぽくて、野球が好きなユウの姿はどこにも見当たらない。ただ、表情がかけ離れたがらんどうのユウの姿があるだけだ。


「じゃあ、また明日」

「おい!内藤、おまえまだ、親来てねぇだろ」


そう学校で話していたのが最後になってしまったのか。ちゃんと彼の話を聞いて上げてれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

いや、そんなことはきっとないな。でも僕がゾンビになったユウを見なくてもすんだのかも。


なんて。ありもしない過ぎた過去をぐるぐると考えて。


そのたびに、目の前の何の表情も浮かんでいない濁った瞳のユウに傷ついて。


もっといっぱい喋りたかった。

喋っておけば、良かった。


逃げなきゃ行けないと頭の片隅できちんと理解しているのに、どうしてか体が動かない。ついでに目も、ユウを見つめたまま動かない。


「ナイト」


短く呼ばれた自分の名にやっと体が動く。振り向いた先にいたのはこちらに手を伸ばした姫。

その顔は必死で。がらんどう、なんかじゃなくて。


そう気づいてしまえば、体温なんて、気にならなかった。


彼女の手をとり、共に駆け出す。

どこか安心したような横顔を盗み見て、どこかほっとした。


「手、取ってくれて良かった」


そう言って笑う姫に僕も笑う。


「姫の手は冷たいけれど、姫の笑った顔は暖かいから」


こうして一緒に笑える。

それだけあれば十分だ。




データ

姫→痛覚だけじゃなくて触覚もなくなってきたよ!空腹もない。寒さも暑さも感じなくて楽チンだね!

騎→姫が死んでるのを痛感した。泣きたい。

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