その2 君の体温が欲しくて(上)
そのに 姫の温度
「思ったより枝って落ちてないもんなんだね」
そう言う姫に、頷いて返す。ほんと、映画だと簡単に集まるのにね。少なくとも学校は毎日労務技師さんが入ってるんだから、そりゃあ少ないよね。途中似合った公園で拾ってくれば良かった。
病院を抜け出した僕たちは今僕の学校に来ていた。なんでかというと僕が知っている限り、学校付近はゾンビがいなかったからと陸上部の部室に泊まることにしたからだ。
良かった鍵もってて。
「まぁ部屋があるんだから火は炊かなくてもいいかもね」
「暖かいお湯ぐらいはあっても良いと思ったんだけどな。無い物ねだりしてもしょうがないか」
そんなこと言い合いながら部室に帰る。
電気は一応つけないでおいた。これでも不法侵入なので。
「とりあえずラジオ聞こう」
暗くなってきたから先に枝を集めたりしたけど情報収集だって大事だ。
姫のリュックからラジオを取り出す。普通の小型のラジオだった。
周波数を適当にあわせて、ゾンビのことを言ってるチャンネルにする。
『……○○市のゾンビウイルス事件により、避難者が……』
「お、やってるやってる」
以外とすぐに知りたい情報をやっているチャンネルに出会えた。
が。
『……テロ組織は……国を中心として活動する……の株組織であり、目的は……だと思われ……』
なんか、ちょっと違う。それも確かに知りたいんだけど、それよりもうちょっと身近な、というか、明日に役立つ情報が欲しいというか。
でもこれがもし、本当なんだとしたら。
「ホントに巻き込まれただけなんだね、私」
「だね」
もう、この町どころか日本関係ないじゃんそれ、みたいな内容だった。ひどい。やってられない。
「テロ、ねぇ」
昨日までテレビの向こう側だった話だ。自分とは一緒縁がないと思ってた話。実際はそんなこと考えたことすら、なかったかもしれない、そんな話。
話が大きすぎて巻き込まれた実感が、ない。無さすぎる。
『使われた生物兵器は元々……が軍事利用目的で開発……』
うん。こんな話はいいや。
とりあえず、なんか食べよう。食べながら聞こう。お腹すいた。
「姫、どのくらい食べる?乾パンぐらいしかないけど」
「あ、ごめん、私要らないや」
「え、姫何も食べないの?」
聞くとお腹すいてないんだそうだ。あんなに歩いたのに?もしかして運動した後だから食べられない、とかそう言うこと?
「ちょっとだけでも良いから食べない?」
「うん。食べない」
これだけ開き直られると、姫本気で食べるきないな、って思うよね。でも体は資本です。食べてください。
「一個で良いから」
「昨日の夜ご飯がまだ消化されてない感じなの。たぶん消化器官も死んでる」
……。うん。なんか不意討ち食らった気分だ。
結局僕は姫が死んだっていうことを受け止めてない、んだと思う。
だって姫動いてるし、喋るのだ。動き方、というか動ける範囲は滅茶苦茶変わったけど、死ぬ前としゃべり方は全く変わらない。
生きてたときと変わらないのだ。
おじいちゃんが死んだときだって、その顔を見ても全然実感が沸かないし、死装束に棺桶でも全然死んでいそうになかった。すぐにでも起きそうな顔していた。棺桶の中に花を一杯敷き詰めて、やっと、あっ、と思ったのだ。
なら、姫のことなんて尚更だ。
だからこうさっきみたいなのとか、頭から血がどばどば出ているのに痛くない、とか言われるとはっとさせられる。
正直やめて欲しい。心臓に良くない。
「……じゃあ僕だけ食べるね。…いただきます」
わかってたけど、なんかひもじい。乾パンしかないのもだけど、一人だけ食べるってのもなかなかに寂しい。やっぱり姫食べない?うん、そう、食べてくれないんだ。知ってた。
姫は最初僕のことをじっと見ていた。そのうちに見つめられると食べづらいのを察したのか、僕に背を向けてラジオをいじり始めた。
後ろからだと姫の頭の傷の位置がよく見える。ガーゼ置いて包帯で巻いてあるから余計痛々しい。
「守れなくてごめん」
自分で想定していたよりも、弱い声がでた。傷は一応血は止まっているけど、生々しい。今にも開きそうで怖い。見たくない感じだ。それが姫にあるのなら、尚更。
何してんだ、僕。姫を守るのは僕だったはずなのに。
こんなに、痛そうな、傷を、作らせて。
「……ごめん」
「けっこーけっこーこけこっこー」
弱々しい僕の声とは対象的に、溌剌とした姫の声に思わず顔を上げる。
「いいんだよ、私は。もう死んじゃってるんだから。それよりもナイトに傷がなくて良かった」
「でも」
「気になるなら、そこが見えないように編み込みしてくれないかな?ナイトに髪やってもらうの結構好きだからさ」
「もちろん」
それぐらい何回だってやってあげるさ。前から姫の髪を弄るのはやっていたから編み込みぐらいお手のものだ。
僕だって一応男の子だから大きな声では言えないけど、結構髪の毛を弄ったりするのは得意だ。勿論姫の髪をいじってたからだけど。
姫ができる唯一のおしゃれだったからね。そりゃあ気合いが入る。入った結果、体育祭とか文化祭の日にクラスの女の子に頼まれるぐらいの腕前にはなった。
『……市全域に避難指示がでています。生存者は直ちに避難を。隣の市には今のところ感染者は確認されていません。』
ラジオが告げた有益な情報に耳を傾ける。そうかこの町だけだったのか。それは良かった!
てっきり日本中、もしかしたら世界中がこうなっているのかと思ったりもしたから。
「じゃあ隣町まで行けばいいんだね」
「そうだね」
隣町、といっても歩いてくいくにはだいぶあるなぁ。正直歩いたことがないからどのくらいかかるのかさっぱりわからない。
でも。そっか、隣町まで行けばいいのか。
どこに行けばいいのか、今までさっぱりだった。でもこれでとりあえずゴールはわかった。後はそこにたどり着くまでに二人で滅茶苦茶頑張るだけだ。そう思ったらなんだか安心した。
安心して眠くなった。
そういえば今日はものすごい距離を歩いたり走ったりした。疲れていて当然だと思う。
色々な事があった。
ゾンビがいて。しかも追いかけてきて。姫がいない、と思ったら居て。と思ったら死んでいて。ゾンビから二人で逃げて。姫に怪我させちゃって。
いろんな事が、あったな。
感情が追いつかないぐらい、あっという間に次々と来た。
そう思ったらもう、瞼が重かった。
おやすみなさい。
姫がそういってくれた気がした。
次の日。
空はとても青かった。雨じゃなくて良かった。
雨が降っている中歩くのは大変だから。
「それじゃあ隣町まで」
「うん。行こう」
レッツゴーと陽気に拳を空に突き上げて、僕らはあるきだした。
目的地は隣町だ。
なぜ歩きかというと公共機関はみんな止まってるからだ。昨日試しに駅にもう一度いってみたけど動いてなかった。
道は最短距離でなおかつ僕がわかる道、ということになった。迷って余分な距離を歩かないで済むように。
「いい天気だね」
「うん晴れてて良かった」
まるでただフラりと散歩に出掛けるような気軽い会話をする。車も通らないし、人ともすれ違わない。とても長閑。ただ物音に過剰反応するのは僕も姫も変わらないから警戒はしている。
しているけどしすぎると疲れちゃうからね。これぐらいでちょうどいいのかもしれない。
「私初めててるてる坊主を自分のために作ったの」
見て、という姫がくるりと背を向けると、確かにそこには笑顔のてるてる坊主がリュックにキーホルダーのように垂れ下がっていた。可愛い。
「不謹慎かもだけど、こうやって外歩けるなら死んでもいいやって思っちゃうよね」
今日は朝から姫がとてもるんるんだ。それを見ていると僕もるんるんな気分になってくる。
「色々見ていけたらいいね」
「うん」
こんな風にほんわかとした会話を繰り広げながら、ゆっくりと進んでいった。
そして。
「ナイト」
「うん」
僕たちがこれから進もうとする道上に、明らかに生きてる人間がしていい動きじゃない動きをしている人が二人。ゾンビだ。
とりあえず元来た道を戻る。
「どうする?」
「どうするっていっても僕この道しか知らないや」
曲がり角を曲がり目立たないようにしゃがんで作戦会議。といってもやることはほとんどない。事前に話せることは話してあるもんね。
実を言うとここ、僕の地元じゃない。僕が住んでいるのは目的地よりも南の別の町。学校は姫の近いところを選んで進学したんだ。姫のために選んだといっても過言ではない。
でどうしてこんな話をしたのかと言うと僕この辺の地理分かんないんだよね、地元じゃないから。
さすがによく使う国道沿いならわかるからその道を使うことにした。つまり一本道外れると全然分かんなくなってしまう。
だからできればこの道を行きたいよねって言う。
「このまま突っ込む?」
「二人しか居ないしね」
ってことでこの道をいくこと続行。
「じゃあ行こう」
そういって立ち上がって手を差し出す。本物の騎士様みたいだ、なんて思いながら。ありがとうといって、姫が僕の手に触れる。
その手はとても冷たかった。
ビックリして思わず手を引っ込める。
そっかそうだよね。姫の心臓は止まってる。
思い出したのは昨日、姫の胸に手を当てたこと。確かに動いてなかった。
なら血が止まってるってことで。
あぁそうだ。昨日姫が頭から血が出たのにすぐ出なくなったのは、血が頭まで回ってなかったからなのか。
今更ながらに理解した。してしまった。
そうか、姫、死んじゃってるんだ。
「どうしたの?ナイト」
姫が心配そうな顔をしている。
その顔は確かに血色が悪くて。
「なんでもないよ。ごめん」
もう一度手は出せなかった。




