その1姫様はゾンビ(下)
「姫、背伸びた?」
「歩くことができていた頃がずっと昔だったからじゃない?」
横になっていない姫とのおしゃべりはなんだかとても新鮮だった。
彼女が補助なしでたってられたのはだいぶ昔だ。あの頃は毎日のように病院の外を散歩と称してつれ回していた。
「じゃあ、久しぶりに散歩にでもいこう。歩いて」
「それもいいね。でもあれをなんとかしなくちゃ」
そういって彼女が指差す先は、先程彼女が倒したゾンビ達。いまだにくたりと床にのびている。
「ナイト、一体何が起きたのかわかる?」
いや、全く。
むしろこっちが知りたいぐらいだ。でも姫が僕に聞くってことは、姫も何も知らないってことだ。
「ゾンビウイルスが撒かれたって、テレビが」
「ゾンビウイルス」
姫が間の抜けた顔をしている。大方映画じゃないんだからとか思っているんだと思う。
「そっ。テロなんだって」
「そっか、テロにまきこまれちゃったのか」
「多分……?で姫のことが気になって向かってみれば、電車は止まってるわ、町の人の目は虚ろだわ、しまいには襲ってくるわで大変だったよ」
「え、じゃあ病院の外はこんなんじゃなかったの!?」
「うん、襲ってきたのは病院の中だけだったよ」
「うそん」
まじかーといって姫が頭を抱える。さっさと逃げれば良かったとか言ってるからたぶん病院の中の状態が町全体だと思っていたらしい。
もしケータイとか持ってきてれば最新の情報がわかるのに今日は家においてきてしまった。
残念。
「病院にはいったらビックリしたよ。で、一階から三階までのゾンビを全部下のかいに誘導してここまで来た」
「そっか、じゃあ下にはゾンビ一杯いるのか」
「そうなるね」
帰るときのことを考えておけば良かった。姫のところに行くことしか考えてなかった。
「姫、あれについてなんか知ってる?」
あれをゾンビ、というのはなんとなく躊躇われた。僕が知っていることは全部話した。次は姫の番だ。
「ごめんなさい、あれについては私もよく知らない。けどこの病院で起こったことなら現状私が一番良く説明できると思う」
そういって姫はゆっくりと話始めた。
「なんかおかしいなと気がついたのは昨日の夜。巡回にくる看護婦さんがふだんより多かったから何かあったのかなって。寝てたら物音と悲鳴がして起こされた。目が虚ろな人が目の前にいたのは見えた。でも暗くて何も分からなかった。寝ぼけてたし。で、その人が首もとに近づいて、痛いって思ったのが最後ね。」
最後。その言い回しにもの申したかったけれど、姫の話が終わるまで黙っていることにした。なんだか姫の目がさびしそうだったからだ。
「そのつぎに目が覚めたら脈が止まってた。」
「えっ」
ごめん。やっぱり黙ってられなかった。
「どういうこと?」
「だってほんとなんだもん。心臓の音もしないし、脈もないし。触る?」
ピタリ。姫が僕の手を掴んで自分の胸にあてがう。心臓があるはずのそこは静かだった。
彼女の手をとって脈拍をとろうとするのに上手くいかない。部活でもやるし、姫の脈拍なら子供の時からとり慣れているハズなのに。
「ゾンビにやられちゃった。助けにきてくれたのに。ごめんね、ナイト」
姫の手が僕のほうに触れる。いつも通りの姫の手だ。ちゃんと暖かくて、優しい手。ちゃんと姫がいる。ならそれで良いと思った。
「……いいよ、姫が無事だったから。それより僕こそごめんね。」
辛いときに一緒にいてあげられなくて。そう言おうとしたのに、言葉にならなくて下を向いた。
「今来てくれたので十分だよナイト。さっ散歩にいこ」
彼女が僕の前を歩き出す。頷いて僕らはあるきだした。
彼女は先程僕を助けてくれたときに使った物干し竿を右手に持っていた。それにしても、
「なんで物干し竿?」
「リーチがあって、相手と距離がとれるから。あとはそこにあったから、つい?」
「姫、女の子が武器とかやっぱり危ないよ」
なにより姫に似合わないよそういうのは。
「でも助かったでしょ?」
「確かに助かったけど、女の子が危ないよ」
「じゃあナイトは包丁もってて」
厨房から貰ってきちゃった、と良いながら渡されたのは万能包丁だった。
確かに映画じゃないんだからそこら辺にあるもので武器になりそうなものっていったらこんなもんなのかもしれない。
でもやっぱり、頼りないなぁ。
「とりあえず病院内一周したけど、意識がありそうな人はナイトだけだったよ」
「そうなの?」
それはなんだか驚きだ。もっと姫みたいな人がいるかと思ってた。多分イレギュラーなんだろうね、と姫はいう。
「持病のせいなのか、ウイルスが突然変異したのか、それとも別のなにかか。分からないけどとりあえずラッキーってことにしておこうよ」
「うん。姫が無事でよかったよ。それより今どこに向かってるの?」
散歩というからてっきり外かと思っていたら彼女は階段を上ってしまった。勿論ついていくけど行き先を知らないのはちょっと怖いかな。状況が状況だし。
「四階に非常用の保存食があったからちょっと貰ってこようかと。ついでにその近くに非常用の滑り台もあったからそこから出ましょう」
そっか、と頷くと腹がへっては戦も出来ぬだよと返された。
確かに今日は動き回ったからお腹がすきそうだ。今そう感じないのは緊張してるだけだろう。
階段を上りきる前に姫がピタリと止まった。
どうしたの?と尋ねる前にその意味はわかった。
ゾンビ達が僕たちに気がついたのだ。
「姫、逃げよう」
そういって彼女の服の裾を引っ張ったのに姫は逆に飛び出すように向かってしまった。
「大丈夫だからそこにいて」
姫のもとに行こうとしたらそう言われてしまった。その間にも姫は次々とゾンビ達を倒していってしまう。手伝おうにも包丁では彼女のリーチに叶わない。
慣れない手つきで物干し竿を振るう姫。危なっかしくて見てられない。
「ほら、大丈夫っていったでしょ?」
そういって戻ってくる彼女はいつも通りにこやかだけど、僕はそれどころじゃない。
「本当に大丈夫!?どこも怪我してない?」
あわてて彼女の全身をチェックする。とりあえずどこも怪我はしてなさそうだ。良かった女の子が傷作るのは良くないよね。
別に良くない?という姫を目線だけで叱る。
よくないです、全然よくないです。
「突っ込んでいかないでよ危ないじゃん」
「逃げ回れるだけの体力が私にはないもん。それに頭に衝撃を与えればしばらくは動けないみたいだから」
確かにそうかもしれない。彼女は何年も立つことすらままならなかったのだから。でも
「お願いだから怖いことしないで」
さっきのは肝が冷えた。
「ごめんね」
「それは反省のごめんねじゃないんでしょ」
「うん、そう。ごめんねナイト」
強いて言えばそれは、謝れなくてごめんね、なのだ。こうなった姫は強い。何度いっても聞かない。身に染みるほどわかってる。
「じゃあ、危ないと思ったら必ず言って」
それが僕の妥協できるギリギリだ。確かに僕は弱い。本物の騎士様みたいに剣の腕があるわけでも鍛えられた体があるわけでもない。でも姫を守りたいこの気持ちは、確かに本物なんだ。
「わかった。じゃあ危ないときは助けに来てね、ナイト」
「もちろん」
僕は得意気に返して見せた。
「そこ曲がったところだよ」
目的地は、との声に前を向く。窓際に銀色の箱が存在感を示していた。緊急脱出口、そうかかれている。これが姫がさっきいっていた滑り台だろうか。
「そっちの前にこっち」
姫が指差す先にあるのはナースステーションだ。
「ここに保存食があったの」
軽やかに去る姫。それをわざと見守る。
ナースステーションの中は人がいない。それはここからでもわかる。つまり姫になにかあったときにここからなら気がつける、ということ。
そして次に音。こっちに向かってきているゾンビが壁とかに当たる衝突音。これは近いな。
先程手渡された包丁の刃の部分にそっと触れる。金属特有のひんやりとした感覚が伝わる。
今からやろうとしていることを考えるとちょっと怖い。震える手を落ち着かせようと目を瞑る。
わざとゆっくりと深呼吸を、一回。
うん、だいぶ落ち着いた。
目を瞑っている間にだいぶ近づいたゾンビ達を睨むようにみる。やってきたゾンビは2体。
そして半歩足をひく。武術はなにも習ったことはないけど空手とか柔道とか剣道とか、みんなこうしてたな、と思って真似してみた。みんながしてるってことはそれだけ重要なことなんだろうから。
右手に持った包丁を強く握り直してゾンビたちに向かっていく。
正直、とても怖い。だってこの人たち顔さえ見なければ人間に見える。
というかきっと今まで人間だったろう人たちだ。そう言う意味でもとても辛い。
でもさっき姫に約束させた。危険になったら僕が助けにいくって。なら、僕はこれくらいのピンチを自力でどうにかできなければならない。
包丁を振り上げて、思いっきり頭に落とす。
やっぱり頭が弱点なのか、少しの力で頭を両手で抱えて動かなくなっていく。だがそれを悠長に見ている暇はない。
二歩そのまま下がってタックルしてきたもう片方のゾンビを避ける。前傾姿勢のまま姿勢を崩したゾンビの片足をちょいと掬って転ばせる。
たいした受け身も取らず勢いそのままに転んだゾンビはそのまま目を回した。
よし。
そう思ったと同時に両手が汗でびっしょりだったことに気がついた。よほど怖かったんだなと、まるで他人みたいに思う。
でもこの選択を後悔しない。
それより気になったことがある。
さっきのゾンビ二体のことだ。今までで一番スピードが早かった気がする。
「ナイトっ、さっきのゾンビ早くなかった?」
「姫もそう思う?」
姫もそう感じたならほぼそうなんだろう。
……急いでここから離れた方が良いかもしれない。
姫の左手には銀色のリュックザックがあった。ちなみに一つはもう彼女が背負っている。
「懐中電灯とか災害用ラジオとかいれちゃったから重くなっちゃた。大丈夫?」
そう言われて受けとる。確かに重いけど持てない重さではない。これはラジオと懐中電灯以外にも入ってるな。
「何が入ってるの?」
「乾パンとか、水とかマッチとかマスク諸々。因みに一番思いのが水です」
「水」
「相手がウイルスな以上飲み食いは出来るだけ未開封なやつが良いかと思って」
なるほど。公園の水道借りれば良いやと思っていたけど確かにその方が良いかもしれない。
「といっても持てる量は少ないから持ってるやつが無くなったら自販機で買おう。お金、持ってる?」
「電車の定期と合わせて七百円ぐらいなら入ってると思う」
「わかった」
ちょっと心もとないかもしれない。お金おこづかいまえだからとけちらずにもう少し持っておけば良かった。心許ないのはお金だけじゃないけど。
「あ」
二人で物音がした方をむくとそこには体力のゾンビが。
十体ぐらいいる上に、みな手に何か持っている。しかも、歩くスピードが今までと段違いだ。
「あれはやばいよ」
「うん逃げよう」
会話もそこそこに滑り台を展開させる。
使い方は書いてあるけれど、何せ始めてやることだからもたついてしまう。
「やばいよ急がないと」
「これ、下に人がいないといけないんじゃない?」
「いやもうこれで脱出するしかないよ」
とりあえず展開させればがしゃんと大きな音がしてしたまで滑り台が延びる。
本当にこれで良いのかどうか分からないけど、やるしかない。
ゾンビ達が近づいてくる。もうかなり近い。
「ナイト、先にいって」
「はぁ!?姫の方が先だろ」
ここで思わぬ問題が発生した。
どちらが先に下に行くかだ。
「姫が先でしょ。当たり前だ」
僕はここに姫を守りに来ているんだから当たり前だ。
「私はもう死んじゃってるんだからナイトが先に決まってるでしょ」
でもそういって姫は譲らない。それどころかもう、とため息をつくと同時に僕を目一杯突き飛ばす。
僕の体は傾いてそのまま滑り台に向かう。
「危ないっ」
ゆっくりと傾いている間に見えたのは、姫に向かって振り落とされるナイフ。
とっさに手を伸ばすけれど、足りない。
姫が振り返ったけどそれじゃあ間に合わない。
そのまま、ナイフが振り落とされて。
刺さった。
彼女が落ちてくるのを受け止めて一緒に滑り落ちていく。生暖かい血が姫から溢れて溢れる。
頭から落ちたから顔が地面に擦れていくけれど、そんなのは気にならない。
「姫、姫、」
勝手に声が出ていく。姫を呼ばずにはいられなかった。
「大丈夫だよ、ナイト」
のほほんといつも通りにいう姫に面食らって黙る。彼女は自分に刺さったナイフをいとも簡単に抜いて見せる。
「痛くないよ、もう死んでるからね。」
その異様な光景に頭を殴られたような衝撃を受けた。
データ
姫 死んでる。まだわずかに暖かい。ほとんど見た目の変化なし。痛覚なし。本人いわく「軽い!自分の体じゃないみたい」
ナイト 姫を救いに行ったら姫が既に死んでいたショック。混乱している。




