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とある貴婦人~ポケット一杯のワン・シーン

作者: かい さとし

『艦隊これくしょん』が生まれる前に書いた、貴婦人氷川丸のお話です。

  

 とある貴婦人


       

 生まれたときからすでに、彼女は貴婦人としての将来を約束さ


れていた。


 初めて社交界にその姿を現した時、人々はすっかり魅了された。


黒のドレスにしなやかな肢体を身に包んだ姿は気品に溢れていた。


 彼女が社交界の華になるのはそう時間はかからなかった。さま


ざまな国の著名人、貴族、王族。いや、身分は問わない。彼女の


微笑みに、誰もが秋の柔らかい陽ざしに包まれた気分になった。


おだやかな物腰、さりげない気使い。持って生まれた純心さから


くる優しさといたわり。彼女と一緒にいるだけで、誰もが打ち解


け合い、食事や会話を楽しみ、笑い、ときにゲームに興じ、さよ


ならの時がくるのを忘れて満ち足りた時間を過ごす。


そして誰もが笑顔で去ってゆく。彼女は、たおやかな微笑で人々


を見送る。


 彼女は幸せだった。



 

 夢のような時は移ろい、雲は乱れ、風が強まり、太平の波が騒


がしくなってきた。海の彼方の国との仲が悪くなったのだ。


漠然とした不安に押し包まれ、かつて訪れた海の彼方の国で出会


った人々を思い、彼女も息苦しさを覚えずにはいられなかった。


 ある日とうとう、海の彼方との国と戦争が始まってしまった。


否応なく彼女も戦乱の渦に巻き込まれ、国の求めに応じ、彼女は


不安と黒のドレスを脱ぎ去り、緑のラインが引かれた白衣を身に


まとい、騎士に見守られながら南の戦場へ赴いた。戦場でも彼女


は気品を失わなかった。その姿を、戦場に現れた白鳥と称えた兵


士もいた。


 彼女は黙々と自分に課された任務に励んだ。幾多の命が失われ


るのを彼女は見た。負傷した兵士の悲しみの声を聞いた。彼女に


は二人の妹がいた。いずれも従軍していたが、相次いで敵弾に倒


れた。彼女自身も三度負傷した。傷が癒えると、熾烈な戦場へと


赴むく。悲嘆にくれることもせず、ただただ、自分に課された義


務に忠実だった。


 あまりに悲しみが多すぎた。だから彼女は前だけを見ていた。


「いつかきっと、また」


 その思いだけが彼女を支えていた。


 国は戦に破れた。彼女は生き残った。彼女は、気品と誇りを失


わなかった。




 時は流れ、平らぎが蘇り、彼女も貴婦人に戻った。


 彼女も歳を取った。若い頃のように活発に動き回ることなく、


明るい陽ざし中、揺り椅子でまどろんでいる。とはいえそれでも


お洒落は忘れない。エメラルド・グリーンのドレス? プレミア


ムブルーのドレス? いいえ、やっぱりお気に入りの黒のドレス。


 以前のように高貴な人々は訪れなくなったけれども、その代わ


り若い人々が訪れる。ときに彼女のもとで、結婚式の宴も開かれ


る。


 彼女は結婚式が好きだ。幾多の命が失われていくのを垣間見た


からかも知れない。希望と未来という言葉が似合う若いカップル


の門出を、目を細め、笑みを湛えて見守っている。


 今、老いた彼女は波に揺られ、淡い光につつまれた、しあわせ


だった昔日の夢を見ながらまどろんでいる。



これは氷川丸の物語。

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