第48話 おいにゃこん日本こそが異世界ファンタジー
第48話 おいにゃこん日本こそが異世界ファンタジー
「それはもちろん」
「挨拶くらいしたか、直さんが家ん承諾が欲しかと。
直さんは婚姻届ば出したらそいで良かち言うてん、結婚ちそげん簡単なもんやなか」
「兄さんさ、向こうでびゃっと結婚しちゃえばそれで良くね?」
智太郎は頭ばぼりぼり掻きっせえ言いよった。
「おいも直さんも向こうのもんやなか、正式ん結婚はこっちでの手続きが要っと。
…待ちい、記入済みん婚姻届があっと」
おいは智太郎にスペースば作ってもろうた引き出しから、婚姻届ば出しっせえ広げた。
「直さんは中村直、おいよか5歳年上じゃっど。
本籍地は東京都渋谷区ちなっちょっ、じゃどん実家かどうかはわからん」
「ふうん渋谷区か…その住所だと直さんはたぶん、いいところのお嬢さんなんだろうね」
「おやっどもそげん思もちょっけ? おいもそげん思も」
こまんか子どんば教育に海外へ出せっ家は結構限られちょっ。
ましてや「ギフテッド」ん施設へ入れっとなっと、さらに限られっ。
おいはじじどんが実家ん援助で渡米した、つまいそいは実家か親戚が裕福ち事。
おいもうちが貧乏でん、じじどんが実家ん吉弘ん家が相当に裕福じゃった。
吉弘ん家が援助ばしてくいたおかげで、おいは渡米出来た。
「吉弘の家に聞いてみたら? 金持ちの事は金持ちに聞くのが一番だよ」
「私も智太郎と同じだよ、実家でも笠垣の家は付き合いが薄いし…」
次んおやっどん休みん日、おいはおやっどと吉弘ん家ば訪ねた。
吉弘ん家は親戚言うてん直接ん血縁はなかけんど、どこん親戚よい付き合いは深か。
じじどんが甥ん鎮実(しげざね)おんじょも、もうわっぜかじじどんになっちょった。
泣きっせえおいが帰国ば喜びよっおんじょに、おいは結婚すっ事ば切り出した。
「…そうか、悠もそういう歳になったか」
「相手は中村直さんち言うて、向こうで知り合うた日本人で…。
そいでおんじょにちいと頼みたか事があっと」
「何だね」
「直さんが家ん事ば知りたか、挨拶ばせんといけん」
おいは事情ば説明した。
直さんが家ん事ばちいとも話しよらん事。
鎮実おんじょは渋か顔ばしよった。
「…悠、中村直さんの実家には挨拶しない方がいいんじゃないかな」
「なして?」
「中村直さんを知っているのか、鎮実」
おやっどが鎮実おんじょに詰め寄った。
鎮実おんじょは肥えた身体ば乗り出しよった。
「渡米したまま帰って来ない子は、悠以外にも何人かいる。
非公表だが、そこに財界の重鎮のひとり娘が含まれている…それが中村直さんだ。
悠が挨拶に行くと、当然直さんの消息も中村家に知れる。
中村家は当然直さんの帰国をアメリカ側に求めるだろう」
そうじゃったな、直さんもまたアメリカから「はやとん国」へ逃げてきよった人…。
「アメリカも何かの利益があるから、直さんを留め置いた。
政治家の子であるおじさんならわかるよね、この先」
「…それは相当面倒な事になるね、鎮実」
「難しい事にはなるよね、直さんもそこは承知なんじゃないかな。
だからもうこっそり結婚して、先に事実を作ってしまった方がいいと思うんだ。
面倒な事は後で。知ってる弁護士がいる、揉めそうならうちでなんとかしよう」
「おおきに、鎮実おんじょ…」
おいはおんじょに頭ば下げた。
吉弘ん家からん帰りに、おいはおやっどに渋谷へつき合うてもろた。
直さんが本籍地ば見に行った。
そこは洋館のわっぜ太てか屋敷じゃった。
表札に「中村」ち書いてあっと、ここは直さんが実家…。
「…帰りもんそ、おやっど」
おいは挨拶すっ事も、承諾ば得っ事も諦めた。
確かに鎮実おんじょが言う通りじゃっど。
そん週末、鎮実おんじょと智太郎に保証人のサインばしてもろっせえ、
週明けにおやっどと役所ん行っせえ、おいは婚姻届ば提出した。
不備はなか、婚姻届は受理さいた。
「はやとん国」んカゴ島んナカムラ家住宅で、ぐへぐへ言いっせえ、
ゲームばしたり、BL漫画とか描いたり、声優ん雑誌とか見たりしちょっじゃろかい直さんは、
今日、たった今、結婚したち、夫が出来たち気付かんじゃろ。
毎日毎日、はんこんごた何も変わらん暮らしば送っちょっ事じゃろけ。
「悠ん危なか☆ナイトンマジック」はもう見てくいたけ?
おいが帰っまで、パンツば濡らっせえ待っててくれっけ?
「がー! また面接落ちたあ!」
結婚してん直さんが暮らしはちいとも変わりはせん。
変わったとはおいが暮らしん方じゃった。 どげん事ね、男ん方が変わっち。
「はやとん国」が通貨はこん日本と同じ「円」じゃった。
つまいここで仕事しっせえ、ちいとでん銭ば持って帰ろち、おいは考えた。
じゃどん、おいが事ば雇ってくいよっ会社はどこんもなか。
おいにゃ若さも学歴もなかった。
アメリカで飛び級しっせえ、どげん良か大学や大学院ば出てん、
日本じゃ小学校も行っちょらん、おいはただん無就学児じゃった。
家からちいと行ったとこん市場ん八百屋が、学歴不問のバイトば募集しちょって、
結局そこしか受からんかった。
「おじゃったもんせ〜、安かと、安かと! でこんが大安売いじゃっど!」
おいは八百屋んバイトんおんじょんなった。
八百屋ん仕事は肉体労働で、重か荷物も運んだりすっ。
火山島暮らしでむきむきん身体は、そこで重宝しちょった。
「悠が来てくれて助かるよ、俺ももう歳で腰が悪くてな」
八百屋んおやっどんは喜んでくいた。
おやっどんは仕入れにも連れて行ってくいた。
そんうち社員にならんかち話もしてくいたけんど、おいは断ってしもうた。
「すんもはん、おやっどん…おいは国に嫁じょがおっと」
おいは出稼ぎんおんじょじゃった。
八百屋んおやっどんは優しかったし、30年とちいとぶりん日本は何でん便利じゃったけんど、
おいにゃ不思議ん国、日本こそが異世界じゃった。
こげんおんじょが異世界暮らしはおかしか、笑われっ事も多かと。
「あ、八百屋のむきむき悠おじさんだ! もう声でわかるよ」
「『でこん』て何だよ、『でこん』て。 どこの訛りだよ!」
店でん客や若い社員らに笑われちょった。
そげんある日ん事じゃった。
退勤しっせえ店ば出っと、スーツん身なりん良かおんじょがいよった。
おやっどよいちいと上くらいじゃろけ。
「…新井悠くんだね」
「悠はおいじゃっど…何か用け?」
「私は中村秀和…中村直の父にございます」
何ち! 直さんがおやっど!




