第二章 その③
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「ううっ、うちの裸を隅から隅まで見られてしもたら、もう、どこにもお嫁にいけないのですーっ」
「不景気顔ですこと、お尻にゴボウを挟んだみたいな顔しないでくださいますか」
「うちは変態じゃないですーっ」
あかねの溜息を吐きながら落ち込む姿にミンメイはキョトンと小首をかしげた。
ここはあかねやミンメイたちに与えられた本日の寝床である。床は石畳、八畳ほどの広さの空間に簡素なベッドが二つ。壁に吊るされた燭台からは暖かな温もりのある火が灯され、ぼんやりと柔らかく照らしてくれる。
「ぷーひーぷーひー」
奥側にあるベッドではお風呂場で遊び疲れた与太丸が気持ちよさそうにぐっすり眠っている。
「ミンメイさん、聞きたいことがいっぱいあります」
あかねの声にマグカップに入ったおしるこを美味しそうに満喫していたミンメイは「もう、極楽のひと時に呼ぶだなんてデリカシーがないですわ」などと少し不満をこぼして椅子に座って向き直った。
そしてゆっくりと口を開いた。
「まさか、ただで聞きたい情報を教えてもらおうなんて陳腐な猪八戒みたいなこと言わないですよね」
「ええっ、西遊記の猪八戒は陳腐なのですかーっ!?」
「ええっ、立派なチャーシューに昇天されましたよ」
「うぇー、しっかりと食べられているではないですかーっ!」
あかねはその言葉にびっくりして蜂蜜色の目を見開いた。
「ちなみに食べたのは学園都市にお住まいの魔装少女三蔵さんとそのお供でしてよ」
「仲間内の捕食!?」
「いいえ、単なるイジメでしてよ」
「イジメでたべられちゃうのですかーっ!?」
あかねはビクビクしながら大きく息を呑むとそんな救いようがない台詞に絶対に地雷は踏まないですよーっと決心するのであった。
「さて、鵜呑みにしすぎる単純妖怪をおちょくることも疲れましたわ、そろそろ聞きたいことの本題にいきましょう」
その言葉にあかねは俯いていた相貌をあげてミンメイを上目遣いで覗き見る。その真紅の瞳が「もう、冷やかしはしませんわ」と雄弁に語る。
「じゃあ……聞きます」
「ええ、何でもお尋ねになられて結構ですわ」
あかねは真剣な表情を浮かべておもむろにゴクリと息を呑む。
静まり返った部屋に緊張感が漂う。
「どうして与太丸ちゃんは赤ちゃんになったのですか?」
「知りませんわ」
「では、与太丸ちゅんとうちを結んでいる、この金色の紐はなんですか?」
「知りませんわ。あっ、そういえば特殊なへその緒だからとれちゃったら二人とも死んじゃうって緋影が言っていましたわ」
「うちと与太丸ちゃん、し、死んじゃうのですかーっ!? だ、だったら緋影さんは何処に行ったのですか」
「知りませんわ。わたくしが居座っていた辺境の町を出るときにはもう消えていましたから」
「一番の事情通が蒸発なのですかーっ!?」
あかねはがっくりと項垂れると人目も気にせずげんなりして肩を落とす。
その視線の向こうには「すぴぴぴー」と寝息をたてる与太丸が天使の笑顔でよだれをたらして眠っていた。
「ところで貴女はどうするおつもりですの?」
ミンメイは部屋の隅に鎮座した簡素な造りのベッドに腰をおろす。
すると小首を傾げながらピンク色の唇に人差し指をあてた。
艶やかな黒髪から魔力を含んだバニラエッセンスのような心地良い香りが部屋中に広がりあかねと与太丸を優しく包み込む。
「どうすると言いますと?」
どっぷりと項垂れていたあかねはいじいじと指でズボンをこねくり回しながら小さな声でこたえる。
「わかっていらっしゃらないの!? この子は鈍感なうえにデリカシーがないですわ。わたくしのお口からはっきりと言ったほうがよろしくて?」
「はっきりと言ってください……もう、何を言われても驚きませんから……」
ミンメイはあかねの虫の息クラスの声を聴くと「しかたありませんわ」とささやき腕を組みながら立ち上がる。そして真紅の瞳でしっかりとあかねを見据えて。
「今晩、セッ○スをするとき上が好みですの? 下が好みですの? と言っているのです。ちゃんと雰囲気を察しなさい!」
「セ、セッ○ス !? ミンメイさんのほうがよっぽどデリカシーがないですーっ!」
突然の規格外発言に顔を真赤にしたあかねはわなわなと肩を震わせて咆哮する。
「あら、なんて剣幕……それとも興奮してフロンティアスピリッツに花が咲きまして。貴女が何を言っても驚かないっていいましたから率直に申し上げただけですわ」
燭台の光に照らされたミンメイの姿は妖艶そのものだ。銀幕に彩られた娼婦のようにつまびらかに欲望を語った言葉に情操教育の欠片も見当たらない。
「ミンメイさんの欲望が明け透けすぎるだけですーっ。無粋なのです」
あかねの訴えに耳を傾けるつもりがまったくないミンメイはベッドの上でふぅと嘆息「わたくしはあかねの裸を見たでしょ……だから嫁にもらってあげるといいましたこと……本気なのですよ」と頬を朱に染めて黒のドレス姿の身体を前かがみに丸めると両足をブラブラさせる。
「ほ、本気なのですか」
「ええ、わたくしの心に一点の曇りもなく言いきれますわ」
ミンメイの言葉に部屋の空気がピンと張りつめる。
兄と別れてずっと辛酸をなめてきたあかねは酷く想いが揺れていた。うちだけを見てくれる夫……それは憧れであり安らぎ。その想いの代弁がミンメイの言葉だった。
「え、えっと……うちは……」
自分の渇望する想いと使命に揺れる心を抑えながら、あかねは胸に手を当てて気持ちを整える。早鐘のごとく跳ね上がる心音が体温とともにはっきりと手のひらから伝わってくる。
「沢山の想いが輻輳して逡巡されていますように見て取れますわ。まぁ、学園都市に着いたら建設的なお返事を聞かせてくださいね」
あかねを翻弄していたミンメイは上機嫌に口角をあげるとベッドに転がり上布団をかぶった。
――兄者……うち、どうしたらいいんやろ――
その夜、布団にもぐったあかねは夜明けで懊悩することとなった。
安らかに寝息をたてる与太丸をぐっと抱きしめながら。