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第二章 その①

      ◆ 

「びえーん、追いかけてこないでくださーい」


嫌な空気が溢れていた。あかねはテカテカと光った額いっぱいに汗を垂れ流して、目の前の道を全力でひた走っている。

その髪が乱れた頭には子供が「キャッキャ」と喜びながらがっちりとしがみついている。あかねの暖かな体温を感じながらしがみつく純粋な子供の瞳に映る物体は不純の(カナンなるもの)だった。


「びしぇーっ、与太丸ちゃーん、それは自毛です、乙女の髪の毛をそんなにひっぱらないでぇーっ」


 全体を総合的に評価してみても現実離れした滑稽な光景だった。襲撃者の咆哮を聞きながら頭部にしがみついた子供を背負った少女が夜の帳がおりた世界、静かなはずの国道で悲鳴をあげながら走る。その滑稽すぎる姿に少女も唇を噛み締めながら羞恥を噛み締めていた。


「血管に青筋たてながらの走りは品がなくてよ。も、もう少しですの。しっかり走りきってくださいませ」


「はうぅ、ミンメイさーん、ほうきに乗って飛んでいるならうちも乗っけてくださいよ。も、もう、心拍数が急上昇ですよ」

「もっと弛んだお腹とお乳をシェープアップしてからチャレンジをお待ちしておりますわ」


「ひどいですーっ。うちはスリム美人で有名だったのですよ」


「自分でうっとりしながら美人と口走る奴なんてそこのお腹空かせているカナンなるものの餌になればいいのに」


「うっとりする暇なんていっさいないですよ。も、もう、太腿の筋肉がプルプル震えていますーっ」


 もう名実ともに餌確定しそうな少女(かまいたち)はお淑やかな片鱗も見せずに羞恥を胸に抱きながら強面な表情でほうきにまたがって飛ぶ魔装少女を睥睨すると意趣返ししたい心をおさえて背後に迫る火の海にもにた勢いで迫るカナンなるもの。


「も、もう体力の限界ですーっ」


「なんて意気地がないのでしょう。同じように逃げているわたくしはまだまだ大丈夫でしてよ」


「だったらほうきにまたがらずに与太丸ちゃんを頭に抱えて走ってみてくだしゃい」


「ぷぷぷっぷい!」(←あかねの頭部にしがみついて興奮している与太丸の叫び) 


「あら、生まれ変わった与太丸の母親は貴方でしょう。貴方の胴体に巻き付いている魂の紐がその証ですわ。未婚の母親になれてよかったですね」


「他人事だと思ってーっ」


少女(かまいたち)とその頭部で騒ぐ子供、そして魔装少女。その三人を追うがっしりとした体格のカナンなるもの(三つの狼の頭をもつモンスター)。この滑稽すぎるリアル鬼ごっこを終わらせる存在が廃墟と化したビルから静謐を保ち状況をうかがっていた。


「ひーっ! も、もう駄目ですよーっ。こんなところでストイックすぎる人生のピリオドを打ちたくないです、ううっ、最後にお腹いっぱい白いご飯を食べたかったですーっ」


あかねが瞳いっぱい涙をためてほうきで飛ぶミンメイを恨めしそうに仰ぎ見ると「わぎゃーっ」と喉が裏返るほどのを悲鳴をあげてごつごつしたアスファルト舗装の国道に転倒した。


「はい与太丸ちゃんキャッチですわ。よしよし与太丸ちゃんけがはないでしゅか? にしてもとっても愛らしいです。この魂の紐がなければ持って帰りたいぐらいですわよ。この辺りが学園と荒野の境界線なので学園防衛隊が見張っているはずですけど」


「びえーん、膝を擦りむいて血がぽたぽたでてきます。ぐすん、うちを捕えていた研究所がある学園なんて戻りたくないですが背に腹はかえられないのです。だけどだけどミンメイさんと一緒なら本当にお縄頂戴とか言われて無残に捕えられて研究所送りにならないですよね」


「大丈夫ですわ……たぶん……」


「たぶんってどういうことですかーっ!?」


「わたくしが報奨金に目がくらまなければ……日々、飲み水すら事欠くひもじい生活ですのよ」


「うわーん。目がマジですミンメイさんーっ! その瞳が仲間を売りそうで怖いですーっ」


「ふん、とんだこぼけたことを、脳たりんな脳みそで誤解しないくださいます。高貴なわたくしが何時、貴方の仲間になったのです? 覚えは全くありませんことよ」


「そんなーっ、心から感動しながら受け取った菓子パンの誓いはわすれたのですかーっ!?」


「ふ、ふふん。そんな黒の歴史……知りませんですこと……」


「びえーん、ひどいですーっ」


あかねは擦りむいた右膝を痛そうにすりすり撫ぜるとその場でしゃがみこんでほうきに乗りぷかぷかと宙を漂うミンメイを睥睨した……その先からいくつもの黒い影がビルから落ちてくる。その影は速度をあげてカナンなるものに向かっていく。


「やっとおでましですの、ここまで学園領域に侵入しないと出てこないなんて学園防衛隊の質が低下していましてよ」


 その直後に「ぐおぉぉぉーん」と地響きがなりそうな断末魔が響き渡ると不思議な蛇腹色の粒子がカナンなるものの余韻(肉体)を残して闇を含んだ大気にとけて消える。そんな饗宴の余韻を楽しむまもなくあかねとミンメイ、与太丸は厳かな雰囲気を宿した一団に包囲されていた。


「一応ですが警告します。ここは魔装少女が管理する学園都市と闇の世界の境界線。部外者の侵入は刹那に排除します、なので死んでください」


そういうないなやグラビア女優ばりのセクシーな水着に似た魔装具を身にまとった少女たちがそれぞれの切っ先鋭い薙刀を構える。ただ、その相貌や髪、はたまたボディラインにいたるまですべてが同一人物。一卵性双生児よりもそっくりたちだ。


「びえーん、全方位から魔装少女にロックオンされましたーっ」


このプライスレスな状況を歯牙にもかけずミンメイは漆黒のゴスロリドレスをなびかせて淑女ほどに気品あふれる仕草で一歩前に出た。


「なぜこの地域を量産型が防衛していますの? この地域は第二自警団の管轄のはずですわ」


腰元で束ねられていた黒髪に魔力が走るとパシッとはじけて風になびく。空隙を裂く鋭い視線は峻厳の色を宿して真紅の瞳で濃密になる。ほうきを握る手に力が入っていたが「ぷいぷいーっ」とフリルをぱさぱさと揺らして遊ぶ無邪気な子供となった与太丸を抱きしめるもう片側の手は慈愛にあふれていた。


「その特徴のある科学実験に失敗したロブスター色の瞳、ひもじさのあまり家畜(人間)を助けて恋人にフラれた上に辺境に左遷された穢れなき至宝。もしかして東方遠征に出向いている第三自警団副団長のミンメイ様ではありませんか?」


「だとしたらどうなさいますの? わたくし個性の欠片もない量産型に知り合

いなどいなくてよ。まぁ、もうお亡くなりになった貴女方のオリジナルを冒涜するつもりはありませんが……それよりもわたくしたちに対しての威嚇はやめていただきませんこと」


ピンク色の唇から奏でられる可愛らしい声に包囲していた魔装少女たちはミンメイの覇気に目を奪われながらも穏当に済ますことが得策との打算もまじえたのだろう手の平に闇が宿ると薙刀が一瞬のうちに消える。


「貴女は本当にミンメイ様なのですか? 私のスカウターは本人だと判別していますが……そりにその手に抱かれている幼子は人の類ではありませんね……もしやミンメイ様のお子ですか? そして一匹とはいえ妖怪(かまいたち)を供としている……いえ、引き連れてここを通られるおつもりか?」


「ご不満があってかしら?」


「ミンメイ様、それは本心で言われているのか? もはや人類も妖怪も進化と変貌(、、、、、)をなさぬ家畜(もの)に生存する権利などはないとわれらの女王はお言葉を発しておられる。この放射能がまき散らされた世界では旧世界の生命などはわれらが保護下に置かねば生きては行けぬ脆弱なモルモット。その妖怪は研究所に渡されて報奨金をもらうが常と言うもの」


「この下っ端妖怪の懸賞金なんて二束三文だろう」


「それ以下です、土付きごぼう二本です」


「「「ごぼう二本です」」」


リーダー格の魔装少女につられるように取り囲む皆が復唱する。


「現物支給なのか……じゅるるる」


「ひえー、ミンメイさんごぼうに心が揺れていますよーっ! それってうちを引換券がわりにする気満々ではないですかーっ! ひ、ひどすぎます、みんなそろって同じ顔ばかりの真顔でうちの評価をごぼう二本だなんていいきらないでください! せめて大根三本ぐらいのプライスは必要です、ふんす!」


「すやすやすやーっ」(退屈してミンメイの腕の中で眠ってしまう与太丸)


ミンメイは嫣然とした仕草で与太丸の髪をすくう。安寧の腕の中で子供特融の高い体温を感じながら闇夜を狡猾に支配するカナンなるものの咆哮が遠くから聞こえる。


「ミンメイ様、そこに転がる死体(カナンなるもの)の匂いにつられて闇夜に蔓延る他のカナンなるものが共食いをすべくやってくるでしょう。学園都市に向かわれる前にわれらの前衛施設(ベース基地)に逗留ください。聴取したい案件もありますが私たちも伝えたい案件もありますので」


その声はどこか寂寥感が漂っていた。


闇の帳がおりてもアスファルトで覆われた国道に添うように立つ街灯に火が灯されることは二度とない。ただ、朽ち果てるまで人類が誇った栄華の残滓を漂わせるだけであった。


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