第三章 その①
こんばんわ。
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その光景に思わず喉が詰まった。自分とあまり変わらない少女が自分とは変わりすぎる姿でその場に立っていた。
それが今、ミンメイの前に立つ襲撃者だ。
沈鬱に澱んだ表情、真っ黒な絶望感を感じさせる眼。
ただ、果てしなく研ぎ澄まされた白銀の髪だけは有無を言わせぬカリスマを感じさせる。
「まさか貴女がいるなんて驚きましたわ」
「それはこちらのセリフだよ……ミンメイ」
ミンメイの正眼に捉えた少女の口調はとてもぎこちない。その奥に数人の
元人間(、、、)が機械音を立てて少女の後ろで憎悪に狂う蛇のような怒気を噛み殺して控えていた。
「お言葉を返すようで嫌ですがここは学園都市が統括する地域のはず、知己とはいえ貴女が、いえ貴女たち人間が居てはならない土地ですわ」
「そうだよ。ほんの数日前までは」
「貴女方がやったのですか?」
「まさか、僕たちが魔装少女とことを構えても一文の得にもならないしカナンなるものに漁夫の利を与えても癪だからね」
「その割には重武装のサイボーグたちを引き連れていますわね……シロ」
わざとらしく声を上げたミンメイは強くほうきを握ると金色の粒子が飛び交い薙刀に変化し、黒革に包まれた手の甲に幾何学模様の紋章が浮ぶ。
ミンメイの危険性を十二分に認識したのだろう重装備のサイボーグたちが視覚的範囲に収まらない位置取りで飛び出し跳ねる。ただ、目の前の少女、シロだけばその場から動く気配を見せない。
「隠すつもりはないから言うけど僕たちはこの危険地域の偵察。むしろミンメイがこの場にいることに驚いているよ。この地域及び第二障壁地区、第三障壁地区もカナンなるものの襲撃で壊滅しているはずだから」
「そんな大切な情報を提供していただけるなんて凄くあやしいですわ。魔装少女のわたくしにそのような情報を提供してシロたちに何か見返りがありますの? それともフェイクかしら」
ミンメイの額に汗がにじむ。その抑揚のない声に含まれた緊張感がすべてを物語っている。
「それは僕が聞きたいよ。こんな廃墟にミンメイがいるなんてどういうことかな?」
「ふふふっ、それは乙女の嗜みですわ」
「僕も乙女だけどそんな嗜みはないな」
「それは半分サイボーグだからですわ」
「ああ、そうかもね。もうこの肉体は半分機械だからね」
ニコリともせずにシロはただ現実を首肯する。そこにはかつてのとぼけた雰囲気はなりを潜めた機械仕掛けの少女がただミンメイを見据えていた。
「ミンメイ、素直に捕まってくれないかな? 身の安全は僕が保証する、そうすれば昔話は投獄先でゆっくりとできる」
「困りましたわ。淑女たるわたくしに対しての言葉、シロのお誘いの真贋を判別するには下賤なオイルの匂いをプンプンさせる男が多すぎましてよ」
薙刀が鋭く紅い閃光を煌めかせて横凪にはらわれる。
すると辺り一帯から石が削り合うような時限爆弾のタイマーと錯覚する異質な音が響くと前もって仕組まれたような幾何学模様の魔法陣が無数に現れて大きな光を放ち、熱風が廃墟を呑み込む。
「シロ、知己としての忠告ですわ。喧嘩を売るならもっと相手を確かめたほうが良くてよ。全滅しないうちに直ぐに尻尾をまいて忍びの里に引き上げなさい」
静かに肩を竦めたシロの白銀の髪の上空に両手で抱えても持ちきれないほどの光の弾が異形の獣を狙い撃ちする。
やや幅広く隊列を組んでいたサイボーグたちは各々の武器を駆使して無限に生まれ出る光の弾を迎撃していた。
「突然の出逢いで驚いたけど流石は光と闇魔法を双方にとり憑かれている(、、、、、、、、)魔装少女だね。僕も面倒な魔装少女との戦いはしたくないけど、この地域一帯の調査活動を継続する必要にかられているんだ。カナンなるものが何故屈強なる戦力を保有する学園都市を自分たちの力を持ち崩してまで襲っているのか? ただ、それが知りたいだけ」
全身を覆っていた黒いコートを脱ぎ捨てる。シロの唇が忌々しさと恍惚を併せ持った言葉を吐き出しながらかすかに眉を歪める。
重武装のサイボーグたちは必死に光の弾を迎撃しているがシロは余裕を崩すことはない。
シロの周辺に展開されている護身具が幅広い鈍色の金属が激しく回転すると自分の意思を持ったように複雑に動き光の弾に瞬間的接触して消滅させる。
「ところでわたくし不思議に思うことがありますの、素直にお答えになられたなら優美な食事をする時間を邪魔されたこと許して差し上げますわよ」
ミンメイのお腹が「きゅるる」と鳴くと独りごちりながら一気にシロとの間合いをつめる。鋭く薙刀を横に払うと鈍色の金属が我先に真っ二つになりスクラップとして地面に転がり落ちていく。
「僕もミンメイにはお茶を飲みながら懇親を深めて色々とお話がしたいよ」
シロは同意の言葉を口走るがその言葉とは裏腹に鋭く薙ぎ払われた薙刀をがっちりと素手で受け止める。
言葉と行動の温度差にミンメイの紅色の瞳が僅かに揺れる。
グゴゴゴゴッ! と異質音が反芻する。シロは空いているもう片側の手を突き出す。
「クッ」
穴があいた掌から無数のレーザーが一瞬ぎらりとミンメイに牙を向くが貫かれたはずのミンメイが陽炎の如く揺れて薙刀と共に霧散した。
その刹那、シロも消えたミンメイに感嘆したようすで再び鈍色の金属を周囲に展開する。
「天才魔装少女ミンメイも完全に光を遮断できなかったみたいだね」
「わたくしは高級遮光カーテンではありませんわ。そんな優雅の片鱗も持たないキカイダー的な反則技は嫌いでしてよ」
邪気のない呆れた微笑みのミンメイだが薙刀の柄を握る手に滴る鮮血が心を穏やかにさせない。
その先には無表情のままミンメイを見つめるシロがいる。
「もう少しで貴女の仲間入りするところでしたわ」
「クスッ、それは無理だよ。魔装少女は肉体そのものが機械アレルギーの塊だからね。僕のように美しい姿にはなれないよ」
「それは勘違いでしてよ。そんな物騒で品が無い装飾品はこちらからご遠慮願いますわ」
ミンメイはぷいっと顔を背ける。
「そう言うなよ。僕はこの肉体を気に入っているよ」
「わたくしを貴女のような感性音痴と一緒にしないでくださいます。それに何故存在していますの? その姿は夜を徘徊する死人にも見えません。遺伝子培養? それともコピー?」
「そんなに僕に気があるのかい?」
わざとらしい驚きの声をあげたシロにそんな尻軽的概念なんて縁もゆかりみないですわと言いたげなシラッとした表情でその場に膝を付き、右手の紋章を光らせると新たな幾何学模様の魔法陣が大地に形成された。
「シロ、貴女が……いえ、オリジナルと出逢ったあの日にその肉体を糧に(、、、、、、、)わたくしにお食事を恵んでいただいたお礼として頼まれたことを実行いたしますわ」
突然だった、聴覚に劈く甲高い咆哮が情け容赦なく闇の空を歪める。
「わたくしの中に眠るもう一つの魂……おいでませ……」
深紅の瞳が鋭さをます。大きく広がった紋章の光に上半身から下半身を覆っていた漆黒のドレスが霧散していく。篝火をうけたような淡い光がミンメイの美しい肉体に艶めかしさを加える。
ただ広い空間だった無機質な廃墟から忘れ去られていた生の息吹が掘り起こされる。
「こ、これはいったい!?」
肌を撫でるだけで心が陶酔する錯覚と感触が脳髄まで伝播する。愛らしいまるびをおびた艶かしい肉体にシロの視線は釘付けになった。
「ち、ちんこがはえてる、ど、どこで取り付けたんだ!?」
シロは驚きのあまり胡乱すぎる眼差しに暴言を吐く。
「とっても勘違いされていますわ」
「僕が勘違いだって」
「これは機能もバッチリすぎる天然モノ、学園都市図書館の古文書に記載してあります絵を元に培養養殖ではなくてよ……それに」
ミンメイに向き合うシロはその圧倒的威圧感に震撼していた。
「欲望というもう一人のわたくしがシロの肉体を欲していますの……この高鳴る鼓動はシロを隅々まで犯したい気持ちの現れですわ」
ミンメイは乾いた笑いを響かせてシロの肩を抱いた。唇が閉ざされたままのシロの蒼白な顔にペロリと舌をはわせた。
「僕に何をする気なんだ」
肉食獣と対峙したような恐怖と緊張感にシロの声が上擦る。
「さぁ、わたくしにもわかりませんわ……ただ、我が身の魂魄と欲望のままに」
「や、やめろ、僕は僕は」
もうシロの仲間たちは介入してこない。辺りは重装備のサイボークたちであった残骸が生きることと無縁の姿となって転がっていた。
深い闇は再び静寂をとりもどした。ただ、艶かしく広がる嬌声をのぞいては。
いかがでしたか?
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今後とも宜しくお願いします。