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その⑥

こんばんわ、読んでいただけましたら嬉しいです。

 ◆

 茜色の太陽が西の稜線に沈んでいく。

 太陽光の残滓が薄まり夜の不気味な足音が迫りくる時刻。


「ど、どういうことのかしら……」


 ミンメイの驚きうわずった声が今どんな皮肉な状況におかれてしまったのかを如実に物語っていた。

 あれから一週間。

 たどり着いた場所には確かに学園都市を取り囲む壮大で堅硬な城壁があったはずだった。


「本当にここが学園都市の入口なのですか? 何処を見渡しても石とレンガのガラクタだらけですよ」


「ぷぷいあぷー」


 身体がすくみ茫然としてしまったミンメイに向かってあかねは拾い上げた石ころをぽいっと転がすと「ぷぷいぷぷー」とあかねの髪を巣箱がわりにしている与太丸が大興奮した。


「与太丸ちゃん暴れたら落ちてしまいますよ」


「ぷぷぷーぷー」


「髪の毛をひっぱらないでくださーい!」


「ぷぷいあぷー」


 トタバタと戯れあうあかねと与太丸を尻目にミンメイは壊れた玩具を拾い上げるように無造作に転がっていた刃物の破片を手にとった。


 その破片から伝わるものは恨みや憎しみではなく恐怖。

 よもやこの地域までカナンなるものの手におちているなんて。

ミンメイは深く息を吐いた。


「今日はとっても疲れましたーっ。だ・け・ど、ほれほれみてください、朝から無人スーパー内をくまなく探してさばの缶詰やフルーツ缶を沢山みつけたのです! とっても大収穫なのですよ、これで雑草を引っこ抜いて食べる生活から解放なのですーっ!」


「ぷあいぷあい!」


缶詰がずっしり入っている麻袋を器用に脇に抱え満面の笑みのあかねとその頭で大興奮の与太丸。何処か幼さが残る顔立ちの妖怪(かまいたち)と幼すぎてキラキラ瞳の赤ん坊の妖怪(与太丸)に長く滑らかな黒髪を揺らしたミンメイはフリルのスカートをなびかせて向き直った。


「その言い方で採れたてほやほやの雑草サラダがゲテモノ食いのように聞こえましてよ」


「うちは草食動物ではないのです。あんなコンクリートの合間から生えた草をむしゃむしゃ食べるカピバラ生活はしたくないのです」


「ぷぷいあぷー」(←すごくあかねを応援する与太丸)


「な、何ですってーっ。この下郎、地べたに這いつくばってそこになおりなさい。学園都市から見放され部隊は全滅して、挙句の果てに男になってしまったわたしくの飢えをしのぐ食事療法をカピバラごときのエサと一緒にしないでくださいますか! 彼らのほうがよっぽど栄養のある草を食べているのですよ。さぁ、謝りなさい、カピバラに生まれてきてごめんなさいって謝りなさい。それが嫌ならすぐにありったけの缶詰を差し出すのです」


「カピバラのほうが良いえさなのですか!?」

とびっきり素っ頓狂な声をあげたあかねは蜂蜜色の目をぱちくりする。


「夜もふけてきました。今夜も闇の浸食がひどそうですわ」


「浸食がひどいということは……も、もしかしてカナンなるものが徘徊するということですか?」


「そういうことですわ」


 ミンメイは苦笑すると周囲を見渡して今晩のねぐらを吟味する。破壊された城壁。そこには生命の気配はない。ただシンとした寂寥が支配していた。


「あそこが良いです」


「ぷぷいあぷー」


 あかねと与太丸が一緒に指をさした先。もとは守衛が休息をとるための建物だっただろう廃墟が見える。


「あそこなら寒さをしのげます。もう寒空の下で野宿はきついです。大地が寝床でお空がお布団は与太丸ちゃんの教育とうちの冷え症体質によくないのです。あそこなら布団が落ちているかも、拾ったもの勝ちなのです」

 

 明け透けすぎる懇願の眼差しを向けてくるあかねに気圧されたようにミンメイはしぶしぶ了承した。


「やれやれです、太陽が沈む前に迷彩結界を展開しますわ。この消費カロリーは桃の缶詰一個分ではすまなくてよ」


「安心してください! 桃缶にサバ缶もつけるのです」


「ぷぷぷぷぷーっ」


 ミンメイは魔法のほうきを媒体にして幾何学模様の魔法陣を描く。魔力を発動すると景色が呑み込まれるように廃墟があった空間が景観から剥離されていく。


「ミンメイさんは凄いのです。流石はおちんちんのついた元魔装少女なのです!」


「ぷぷいあーぷ」


「おちんちん…… いたらないことを言う緩いのお口はこちらですか?」


ぶにゅ!


「びえーん。この黒いの痛いのです。ごめんなさいですーっ!」


「ぷぷぷぷぷー!」


「少し反省していただきますわ」


ミンメイの小声で囁いた呪文の効果、突然、くちびるを挟んだクワガタ二匹。

 まったく予期せぬ事態にあかねも与太丸も絶叫して涙目だ。

ミンメイは漆黒のドレスの裾をはらい居住まいを正すと少し眉根をよせて


「その昆虫を外すてめにはシーチキン缶をわたくしに捧げるのですわ」とじたばたしている二人の首根っこを掴んですこすこと結界に入っていった。


 結界内から外の景色ははっきり見える。

 そう、跳梁跋扈するカナンなるものがミンメイの肉眼ではっきりと見えていた。

 ここは学園都市を取り囲む城壁の入り口だったはずですわ、ここまで闇が世界を喰らっているということなのでしょうか。

 ミンメイの胸の内は理不尽な不安。フレアから説明された現状。その言葉を具現化した破壊された城壁。切なくて、大切な宝物を土足で踏みにじられたような哀しさが布にこぼれた水のように広がっていく。


「あれ、どうしたのですか? お外にむかってセンチメンタルな顔をして」


「センチメンタルにもなりますわ。ここは故郷のない試験管ベビーのわたくしにとって初めて友人が出来た大切な場所でしたから」


「うちもその気持ちわかるよ」


「わたくしの気持ちが?」


「うちの故郷、遠野は第二次聖魔大戦の激戦区やもん。もう、豊かな森も山も……友達も……家族も……誰もいてへん。大好きなお兄ちゃんも……」


ポタリ、隠していた想いが溢れかえるように蜂蜜色の瞳からはらはらと落涙する。

 ずっと辛かった、たった一匹でカナンなるものから逃げ回り、食べるものもなく衰弱していく肉体に鞭打って生き抜こうとしていたあの頃。魔装少女の妖怪狩りに捕えられても自決せずに研究所に送られて辛酸をなめても一途に大好きだった兄の遺言を叶えるために羞恥や矜持を捨てて生き延びた。


「うち……カナンなるものに対抗する研究の為に身体中弄繰りまわされたんよ。脳みそもかき回されて。だけど、だけど」


 感情が高ぶった為だろうか? あかねの両足から力が抜けてぺたんと座ると壁を背もたれ替わりに身体をあずけて声を殺すように嗚咽をしていた。


「うちは後悔してへん……です。うちは与太丸ちゃんと出逢った。与太丸ちゃんこそうちの探していた妖怪(御仁)。それにシロという人間に逢わしてあげるって頭の上でスースー寝息をたてている与太丸ちゃんと約束したのです」


「約束……その約束はそんなに大事なものなのですか?」


「当たり前です! うちは与太丸ちゃんの母親代わりなのですよ。親の後ろ姿を見て子は育つものですーっ。なのでうちは与太丸ちゃんとの約束を守るのです。それがうちの心を支えてくれるエネルギーなのです!」


「そうか……なら、わたくしもあかねとの約束を心の支えにするかな」


「約束? 約束ってなんですか」


「もう忘れたのか? これだから元野良かまいたちは困りますわ。もう一度だけ言ってあげますから覚えるのですよ」


と言うとミンメイはおほんっと空咳をして可愛らしい声で想いのこもった言葉をのべる。


「わたくしとあかねは結婚しますの。そして初夜は……じゅるるる」


「そんな約束した覚えはないのですーっ!」


 さすがにこれは肯定できませんとばかりにあかねは全否定するが以前のような嫌悪感はない、むしろ愉快げに微笑みながら何か楽しんでいるようにみえる。


「さて、戯言もここまでにしておきましょう」


「ざ、戯言だったのですかー!?」


「ふふっ、やはりわたくしと夜の営みがやりたくて仕方がないと……この変態マゾ妖怪……じゅるるる」


「びえーん、うちは変態でもマゾでもないのです」


 柔らかく波打った前髪が御簾のように下がりその合間から見える蜂蜜色の瞳が動揺のあまり揺れる。

 そんなあかねにやれやれいったようすで立ち上がったミンメイは秀麗な顔から表情を消して「季節外れの蚊がとんでおりますわ。少し払ってきます。与太郎ちゃんの子守りはお任せいたしましたわ」と言い残してほうきを片手に朽ち果てた玄関口にむかう。


「いきなり怖い顔してどうしたのですか?」


 その言葉にミンメイは一度だけ振り返り。


「すっかり忘れていましたの……与太郎の妹、緋影の忠告(、、)を」


 可愛らしいピンク色の唇からこぼれた小さな一言に呼応したようにミンメイがすーっと消えた。

 まるで狐につままれた表情で取り残されたあかねとボロ布団の上ですーぴーと寝息をたてる与太丸だけが孤独に取り残されたのであった。


いかがでしたか?

拙い作品を最後まで読んでいただきありがとうございました。


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