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祭壇への道

(この道は……)

 通路を走りきった先。あっただろう扉は魔法で破壊されており、外から吹き付ける風で髪が流される。ルルディは一歩外に出て、そこがどこなのか思い出した。

(あの部屋が供物庫だったなら、この道に出るのは当然といえば当然よね……)

 緊張で喉が渇く。ごくりと唾を飲み込み、石でごつごつとした道の端まで歩いて見下ろす。

 靄がかかって地面が見えない切り立った崖。振り向いて見上げれば、容易によじ登ることのできない壁のような斜面が目に入った。

 ここは神殿から祭壇に向けて設けられた道。それは崖の縁に沿って作られた険しい場所で、お世辞にも道といえるのかも怪しい悪路だ。儀式の打ち合わせのために彼女は一度訪れたことがある。こんな形で再びやってくるとは、そのときのルルディには思いもしなかったのだが。

(しかし、困ったわね……)

 神殿に戻るわけにはいかない。おそらく魔物に襲われて逃げ場はないだろう。祭壇は行き止まりではなかったはずなので、そこに向かうしかない。

(結局、祭壇には行かなきゃいけないのか)

 自分の不思議な運命にため息をつきながらも、ルルディは祭壇に向けて走る。神殿よりも祭壇のある場所の方が低い位置にあるため、緩やかな下り坂がひたすら続く。

 必死に駆けてきたルルディは、遠くに祭壇が見えてきたところで違和感を覚えた。

(何、この感覚……)

 ぞわぞわっと肌を這っていくような不気味な気配。身の危険を感じて、ルルディは駆けながら背後を見やる。そしてその正体を理解した。

「なっ……」

 ルルディは真っ直ぐに進行方向を見据えると、その両手を大きく振って足を動かす。

 化け物がそこにいた。大柄な男くらいの背丈はあるだろう真っ黒な影だ。人型をしてはいるが、その輪郭はぼんやりとしていて揺らめいている。頭部らしき場所には巨大な一つ目と、耳まで裂けていると形容するのが相応しいだろう口が、少女を狙うかのように開かれていた。

 そんな姿の化け物が一体だけでなく複数、見えるだけで五体はいるのが確認できる。

(あれが神殿を襲撃してきたやつらの正体か……)

 見てしまったら恐怖で動けなくなるんじゃないか――そんなことも一瞬思ったルルディだったが、走った状態から、それも坂を下るように移動していたのが良かったのか、足は止まらずに動き続けている。

(逃げ切らないと、このままじゃ殺される……)

 祭壇まではこの通りしかなく一本道。右手は谷へと繋がる傾斜のきつい岩肌、左手も登ることは不可能と思える急斜面だ。挟み撃ちにされたらお仕舞いと言える場所に、ルルディは薄ら寒いものを感じる。

(生け贄になりたくないだなんて言っちゃったのが、まずかったのかもしれないわね)

 息が切れる。化け物との距離はじわじわ縮みつつあったが、まだ攻撃されるような間合いではない。

(町のみんなは無事かな……)

 不安な気持ちが急速に胸に広がる。

 その想いが足をもたつかせたようだ。ルルディは地面のくぼみに足を取られて転倒した。

 ずざざざざっ……。

 勢いと傾斜もあってルルディは地面に身体を強かに打ちつけ転がった。柔らかな素肌に無数の傷が生まれ、血で赤く滲む。

(痛いっ……)

 足首を捻ることはなかったようだが、派手に転んで体中にできた擦り傷からは痛みが次々と押し寄せる。

(でも、逃げなきゃ……)

 この化け物たちは黒の龍の血縁者に付き従う魔物たちなのだろう。生まれてからこれまで魔物に出会うことはなかったが、今対峙しているこの者たちこそがそれであるのだと本能的に感じ取った。

 じっとしているわけにもいかず起き上がろうとして、しかし、地面に影が生まれるのを見て横に転がる。

「ちょっ……」

 予期せぬ攻撃。

 黒い影の手が伸びていた。

 地面にその触手のように伸びたそれが突き刺さったかと思うと、瞬時に収縮。次の手をこちらに向かって構えていることが、ルルディが仰向けになったときに視界に飛び込んできた情報だった。

「くっ……」

 ぎりっと奥歯に力を入れ、辺りに注意を向ける。投げられるようなものもないし、相手をひきつけておけそうなものも何もない。あるとすれば、壁のように切り立った空に向かう斜面と、転がるというよりも落下するだろうとしか考えられない地面に延びる崖があるだけだ。

(ここが限界みたいね……)

 明らかに狙ってきているのがわかり、体勢を立て直そうとするが間に合わない。先頭にいた影の化け物の手が矢のように放たれる。

(殺されるくらいなら、せめて――)

 もう逃げ場はない。ルルディは決意すると、影の攻撃を転がることで避けきり、そのまま谷底に向かう斜面へと身体を転がす。

(生け贄の儀式に則って死んでやるわよ――)

 吸い込まれるように、ルルディの小さな身体は谷底へと落下していった。



(ここはどこかしら……)

 崖から落ちたはずであるのに、不思議と痛みを感じない。それどころか手足の感覚もなかった。

 深い闇に閉ざされた空間。そこに立っているでも、横たわっているでもなく、中空に浮かぶような、しいて言うならば水中にいるかのような奇妙な感覚にルルディは襲われた。あまりにも暗いので目を閉じたままなのかと錯覚するが、注意してみても変わらないのでそういうことでもないらしい。

(……死者が訪れる場所なのかな?)

 この場所が現実ではないらしいことはなんとなくわかった。とはいえ、ここでどうしたらいいのかはわからない。永遠にこのままというわけではないだろう、そう期待するが何の変化も見られないことに恐怖を覚え始める。

(このまま……独りぼっちで居続けるの……?)

 自身の肩を抱くような動きを想像し、しかし身体が存在しないことに改めて気付かされる。それがさらなる恐怖を引き寄せる。

(やだ……こんなの嫌だよっ……!)

 舞を踊りたくない、生け贄になりたくない、死にたくない、もっと世界を見て回りたい――そんなことを願ってしまったことの仕打ちだとしたらと妄想し、気分が悪くなる。今さら謝ったところで、この現状を打破できるとは考えられない。ルルディは絶望しかけ、そこであるものを感じ取った。

(なに……?)

 ひんやりとした静かなうねり。魔力の塊のようで、それだけではない生命の流れのような不確かなもの――それが自身の周りに満ちていることにルルディは気付く。暗闇であるのに、その存在を青い色として知覚できた。

『少女よ……』

 声がする。正確には奇妙な音として聞き取れるのだが、ルルディにはそれが言葉として認識できた。そんな体験に戸惑っていると、声は続く。

『汝、生きることを望むか?』

「……え?」

 まさかそんな問いを掛けられるとは思っておらず、ルルディは素っ頓狂な声を出す。

『汝は、生きることを望むか?』

 再び同じように問われて、聞き間違えていなかったことを確信する。ルルディは応じた。

「あたし、もっと生きたい! 生きて、いろんなことを見て学びたい! こんなところで死にたくないっ!」

 必死に叫ぶ。心からの強い願いを。叶えてもらえなくたって構わない。ただその思いを、誰かに聞いてもらいたかった。

(生け贄に選ばれなかったら、お兄様のあとを追って旅をしたかった……お兄様にはお別れの言葉を言えなかったから……まだ生きていて良いのなら、会いたいよ、お兄様……)

 しばしの沈黙。それがとてつもなく長く感じられたが、やがて声がした。

『……汝が願い、汝の肉体と引き換えに叶えよう。我が手足となり、命を全うせよ』

 その返事の意味するところを理解できぬまま、意識が無秩序にかき乱される。ルルディは自分という存在を見失い、その境界が曖昧になっていくのを感じた。世界に散らばるあらゆる精神と感応し、そして新たなる一つのものに収束されていく。その塊が自分であると認識すると同時に、身体の感覚が戻ってくる――。


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