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マザーグース風・破滅ざまぁ短編集

レディバードは“飛ばされていた”だけでした 〜燃やされる側だった末娘が、家ごと全部壊します〜

作者: 本咲 サクラ
掲載日:2026/04/29

 「テントウムシ、テントウムシ。飛んで帰れ」


 この公国では、貴族の娘たちは「レディバード」と呼ばれる。

 美しく飾られ、庭園という名の檻で舞う。

 それが、当たり前だった。


 だが今、その庭園は燃えている。


 伯爵家は没落した。

 理由は、不正蓄財。


 真偽など関係ない。

 燃やすと決められたから、燃やされる。



 姉たちは逃げた。


 婚約者の元へ。

 庇護をくれる男の元へ。

 羽ばたくように、必死に。


 残ったのは、一人だけ。


 アン。


 魔力もない。

 美しさもない。

 ただ、暖を取るための器具──アンカの下に潜るしかできない、末娘。



 煙が落ちてくる。梁が軋む。


 「……まだそこにいるのか」


 下男の男だった。

 燃え落ちるはずの梁を、手で押し留めている。


 「逃げないのか」


 アンは答える。

 「飛べないもの。私はレディバードじゃないわ。ただの、地を這う虫よ」


 男は、わずかに目を細めた。

 「……違うな」


 小さく呟く。

 「“ひとり残る”のが、正解だったはずだ」


 「何の話?」


 「昔、聞いた歌だ。家が燃えて、子どもが逃げる。──一人だけ、残る」


 視線が、アンに落ちる。

 「だから、確かめに来た。お前がその『一人』かどうかを」



 炎が、軋む。


 「逃げるか?」

 男が問う。


 アンは首を振る。

 「ここが、家だから。私には、ここ以外に行く場所なんてない」


 男は少しだけ間を置いた。

 「違うな。それは“家しかない”だけだ」


 アンは、言葉を失う。


 外を見る。

 燃えている。

 ここも、すぐに同じになる。


 残る場所など、最初からなかった。



 「なら選べ」


 男が言う。


 「この家と一緒に燃えるか。

  それとも、この家を成り立たせている“仕組みごと”消すか」



 アンは目を閉じる。


 家柄。

 名前。

 娘としての価値。


 守られる側として生きるしかない、この国の決まり。


 全部、この家と一緒だった。



 「……同じよ」

 アンは小さく言った。


 「どっちも、もう無くなるなら」


 そして、目を開く。


 「消す」



 男は頷く。


 そして、アンカを指差した。

 「ここが、繋がっている」


 アンは眉を寄せる。


 「ただの暖房器具よ」


 「この国の魔力は、上から下へ、貴族が独占した余剰分を、平民の生活にだけ滴り落とす。

  アンカは、その蛇口の先──供給網の末端だ」


 男の視線が、アンへ向く。

 「お前自身は魔力を持たない。

  本来、供給網に組み込まれないはずの“空白”だ。

  だが血筋だけは繋がっている」


 「空白……?」


 「貴族の身分というアクセス権を持ちながら、

  魔力という負荷を一切通さない、この仕組みにとって唯一のバグだ。

  制御の外にある穴なんだよ」



 男は、アンカを軽く叩いた。


 「ここは末端の放熱口であると同時に、逆流を許さない逆止弁でもある。

  だが、“空白”のお前が中継点になれば、弁を破壊できる。

  流れを根こそぎひっくり返せる」



 アンは息を呑む。


 分からないままではなかった。

 この男は、燃えている家より大きなものを見ている。



 「潜れ」


 アンは、いつもと同じようにアンカの下へ潜る。


 寒さをしのぐために繰り返してきた動作を、ただ繰り返す。


 だが今回は違った。



 熱が、流れ込んでくる。


 皮膚の下を走るような、異様な感覚。



 この国の魔力は、上から下へ流れている。

 貴族が独占し、生活の中で“熱”へと変換され、消費される。


 暖炉も、灯りも、アンカも。

 すべて、その一方的な支配システムの上に成り立っている。


 だから、安定していた。


 供給量も、放熱も、上にいる者だけが制御していたからだ。



 だが──その流れが、反転した。


 アンという“接続されていない空白”を起点に、下へ流れるはずだった魔力が、巨大な圧力となって押し返される。



 末端の器具に、本来あり得ない量の力が流れ込む。

 処理しきれないエネルギーが、各地で熱へと変換され、膨れ上がる。


 そして──


 火が、起きた。


 伯爵家だけではない。


 逃げ延びた姉たちが辿り着いた屋敷でも、別の屋敷でも。


 火元は同じ。


 アンカ。

 生活を支えていた、小さな熱源。



 「おうちが燃えてる」


 それは、一つの家ではなかった。


 公国そのものだった。



 上に集められていた力が、支えを失い、逆流する熱に焼かれる。


 供給を独占していた貴族たちは、力を暴走させられ、ただの人間に落ちる。


 「どうして……!」


 叫びが上がる。


 「婚約者として君を守る」と言っていた男たちは、自分や家を守るために必死で、彼女たちを切り捨てる。



 「レディバード」は、地に落ちた。


 最初から、羽などなかったように。



 「アン、行くぞ」


 男が手を差し出す。



 アンは、アンカから這い出る。


 もう、寒くはない。



 家は、どこにも残っていない。


 だが──。



 「軽い」


 アンは呟く。


 家がない。

 名前もない。

 でも、だから、誰にも縛られない。



 「ひとり遅れた、おちびのアン」


 違う。



 彼女は、逃げ遅れたのではない。


 すべてが燃え落ち、古い仕組みが灰になるのを、最後まで見ていただけだ。



 炎の向こうで、「レディバード」たちが叫んでいる。


 アンは振り返らない。



 飛ぶための羽など、最初からいらなかった。


 自分の足で、歩けばいいのだから。

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