表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/62

日本の原子爆弾開発と完成 (1946〜1953年)

開発の必然

国際情勢

• 米独伊同盟成立(1945)

• 日本は英仏と連合しつつ、

米国と全面戦争

• 米国は原爆開発に遅れ:

• 亡命科学者を十分確保できず。

• 日本:

• 1930年代後半からのユダヤ人受け入れ

• 欧州戦乱からの科学者流入。

「知の大移動」が日本へ。

---

中核科学者たち

亡命・協力した架空+史実モデルの科学者:

• アインシュタイン級の理論物理学者

• フェルミ級の実験物理学者

• 化学・冶金の専門家

• 日本側:

• 仁科芳雄を中心とする理研系。

---

日欧ユダヤ+日本物理学界の融合。

---

開発体制

計画名

八紘計画はっこうけいかく

(表向きは新型発電研究)

主拠点

拠点 役割

理化学研究所(東京郊外) 理論・設計

長野・岐阜山中 ウラン濃縮施設

朝鮮北部 原料採掘

満州 重水生産

北海道 爆縮レンズ実験

南洋群島 実験候補地

---

技術ルート

方式

• 当初:

• ウラン砲身型を検討。

• 途中で:

• プルトニウム爆縮型へ転換。

• 理由:

• 資源節約。

• 小型化可能。

• 航空搭載向き。

---

亡命科学者の助言で米国史実より合理的な判断。

---

年代別進展

1946年

• 計画正式発足。

• 理論研究開始。

• 日本軍上層部:

「戦争を決する“最後の剣”」

1947年

• 初の原子炉臨界達成(満州)。

• プルトニウム微量抽出成功。

1948年

• 爆縮実験開始。

• 同時に:

• ビキニ環礁の調査開始。

1949年

• 工業規模のプルトニウム生産。

• 爆薬レンズ設計確立。

1950年

• 実物大モックアップ完成。

• 落下試験成功。

1951年

• 実験炉増設。

• 起爆装置の信頼性向上。

• 兵器化にゴーサイン。

1952年

• 実戦型一号機完成。

• 同時にキューバ戦役開始。

• 「実験→即実戦」方針確定。

1953年初頭

• 実験準備完了。

---

ビキニ環礁核実験

なぜビキニ?

• 日本の南洋群島統治下。

• 人口希薄。

• 広大なラグーン。

• 海空からの封鎖容易。

---

史実同様、理想的実験場。

---

日本初の核実験

コードネーム:

天照あまてらす

---

実験概要

項目 内容

方式 プルトニウム爆縮型

出力 約20〜25キロトン

設置 ラグーン内の鋼製塔上

観測 艦艇・航空機・無人機

指揮 日本軍+科学評議会

1953年3月12日

---

08:30 爆発

• 閃光:

• 太陽が二つ現れたよう。

• 火球:

• 直径数百m。

• キノコ雲:

• 高度1万m以上。

• 衝撃波:

• 観測艦を揺さぶる。

---

完全成功。

---

科学者の言葉

亡命科学者の一人が残したとされる言葉:

「我々は、

人類の門を開いたのか、

地獄の扉を開いたのか。」

---

日本政府・軍の反応

• 即日:

• 御前会議。

• 結論:

「兵器として即時使用可能」

• 目標:

• キューバ基地配備 → 米本土投下。

---

国際的衝撃

米国

• 偵察で爆発を察知。

• 分析:

「日本が先に核を持った」

• 政府:

• 極秘で非常事態宣言。

• だが自国計画は遅れ。

英仏

• 日本の核保有を知り:

• 安堵と恐怖。

• 「米国に対抗できる切り札」。

ドイツ

• 冷静に受け止め:

• 核開発加速を決断。

世界

• 核時代の幕開け。

---

実戦配備

• 1953年春:

• 2〜3発の実戦型完成。

• 配備先:

• キューバ。

• 搭載機:

• 改・富嶽級重爆。

---

「次は本番」。

---

歴史的意義

この世界線では:

• 日本:

• 初の核保有国。

• 原爆:

• 抑止でなく攻勢兵器として誕生。

• 史実と逆に:

• 米国が“核の恐怖に晒される側”

---

ビキニ環礁実験は妥当?

→ 非常に妥当です。

理由:

• 地理・統治権が自然。

• 実験史との親和性。

• 後の放射能問題・国際非難の伏線にもなる。

---

日英独ポツダム会談

対米戦争終結に向けた三国首脳会談

日程

1953年7月10日〜17日

開催地

ドイツ・ポツダム

ツェツィーリエンホーフ宮殿

かつて史実で「対日降伏」を決めた場所で、

今度は**“対米最後通牒”**が準備されるという、

強い象徴性を持つ。

---

出席首脳

日本国首相:吉田茂

• 老練な外交現実主義者。

• 核を持ちながらも:

「使うためではなく、終わらせるための兵器」

という立場。

• 目的:

• 米国の完全破壊ではなく、

• 講和と戦後秩序の主導権確保。

---

英国首相:ウィンストン・チャーチル

• 再登板した“戦時の巨人”

• 史実とは逆に、今度は米国と戦う側。

• 立場:

「合衆国の覇権を砕かねば、

大英帝国に未来はない」

• 強硬派で、核使用も辞さず。

---

ドイツ国家元首:国防軍政権議長

(ルートヴィヒ・ベック級)

• ヒトラー暗殺後の内乱を収拾した象徴的人物。

• 立場:

「ドイツはこれ以上の戦争を望まない。

だが欧州と世界の安定のため、

米国の一極覇権は認めない」

• 調停役を自任。

---

会談の目的

1. 米国に対する最後通牒の策定

2. 日本の核保有を背景にした脅威の言語化

3. 対米戦後の新国際秩序の大枠合意

4. ドイツの列強復帰の既成事実化

---

会談の内実

最大の争点:核の扱い

• チャーチル:

「一発落とせば、奴らは膝を屈する。

それが戦争を終わらせる最短の道だ。」

• 吉田:

「核は“落とす”と決めた瞬間に、

世界の未来を失う。

まず“持っている”と示すだけでよい。」

• ドイツ議長:

「脅しは必要だ。

だが“文明国の言葉”でなければならぬ。」

---

結果:

• 宣言では核の存在を示唆するが、明言しない

曖昧かつ最大限の心理的圧力をかける表現に。

---

米国処遇

• 英国:

• 海軍・空軍の完全解体。

• 日本:

• 本土占領は避け、主権維持。

• ドイツ:

• 欧州への再介入を永久に封じる保証を要求。

---

**「無条件降伏」だが、“分割占領まではしない”**という折衷案。

---

会談の雰囲気

• 老練三者の冷静だが張り詰めた交渉。

• 夜ごとの少人数会談で、

• 葉巻をくゆらすチャーチル、

• 静かに数字と国力を語る吉田、

• 歴史の教訓を語るドイツ議長。

「我々は、世界の終わりか、

新しい秩序かを決めている。」

と言われたと伝わる。

---

ポツダム宣言(1953年7月17日)

正式名

「合衆国に対する日英独三国共同宣言」

通称:ポツダム宣言

署名

• 吉田茂

• ウィンストン・チャーチル

• ドイツ国防軍政権議長

---

主文構成

① 無条件降伏の要求

「われら三国は、

合衆国政府に対し、

その全軍の武装解除と

無条件降伏を要求する。」

---

② 継戦への警告(核心)

「もし合衆国政府が

この要求を拒否または黙殺するならば、

合衆国は、

迅速にして完全なる破滅を蒙るであろう。」

---

核兵器を直接書かずとも、

世界が“それ”を指すと理解する表現。

---

③ 戦後の米国

• 本土の主権は尊重。

• 占領は行わない。

• ただし:

• 全軍備の解体。

• 海軍・空軍の解散。

• 戦争指導者の処罰。

• 民主的政府の樹立。

---

史実の日本への条件の鏡像。

---

④ 海外領土と要衝

• ハワイ・フィリピン・グアム:

• 戦勝国の管理下。

• パナマ運河:

• 国際管理。

• 米州への再軍事介入を禁止。

---

⑤ 核兵器の管理

「新型破壊兵器は、

当面、戦勝国の厳重なる管理下に置かれ、

その拡散を許さぬ。」

---

事実上、日本の核独占を正当化。

---

⑥ 結語

「我らの目的は、

合衆国人民を奴隷とすることにあらず、

世界に永続の平和を確立することにあり。」

---

発表

• ベルリン・ロンドン・東京で同時発表。

• 世界中の通信社が一斉報道。

---

反応

米国

• 大統領声明:

「合衆国は屈しない」

• しかし政府内部:

• 核の実在を強く恐れ、

• 抗戦派と講和派が激突。

---

フランス

• 英国同盟国として支持。

• ただし内心:

「核使用だけは避けよ」

---

中立国

• 「核による最後通牒」という前例のなさに衝撃。

• 世界はここで:

**“核時代の開幕”**を実感。

---

歴史的意義

この世界のポツダム会談・宣言は:

• 核兵器が初めて外交の中心に据えられた瞬間。

• 日本:

• 核大国として世界秩序の中枢へ

• 英国:

• なお“大戦の勝者”としての威信を維持。

• ドイツ:

• 戦犯国から調停者・列強への復帰を国際的に印象付け。

そして史実と正反対に:

「米国が降伏を迫られる側」

となった象徴的事件として記憶される。

---

1953年8⽉6⽇、⽇本による対⽶原⼦爆撃(第⼀次核攻撃)

作戦名(日本側)

「決号作戦・甲」

― 米国本土の戦意と指導中枢を一撃で崩すことを目的とした、

史上初の大陸間戦略核爆撃作戦。

---

攻撃兵力

主力爆撃機

• 富嶽改 または後継の 超長距離爆撃機「飛鳥」

• 発進基地:

• 日本軍占領下の キューバ島

• 航続距離:

• 無着陸で米東海岸往復可能

• 搭載:

• 原子爆弾 1機1発

目標

1. ニューヨーク市(政治・経済・象徴)

2. ノーフォーク海軍基地(大西洋艦隊中枢)

「国家の心臓」と「軍事の心臓」を同時に撃つ構想。

---

作戦経過

8月6日 未明(キューバ時間)

• 飛鳥2機が夜陰に紛れて発進。

• 英国・日本の潜水艦と哨戒機が

米沿岸哨戒網の動向を事前に攪乱。

• 米軍は:

• まさかキューバから大陸間爆撃が来るとは想定せず、

• 防空態勢は限定的。

---

東部時間 07:30頃

ニューヨーク上空

• マンハッタン南部、ウォール街付近を照準。

• 高度約9,000mで投下。

炸裂

• 白昼の空に第二の太陽。

• 爆心:

• 金融街・港湾地区一帯。

• 直後:

• 摩天楼群が衝撃波で次々と崩壊。

• ハドソン川沿いに巨大な火災嵐。

• マンハッタン南半分は事実上消滅。

7:32

被害(推定):

• 即死:20〜30万人

• 負傷・被曝:50万人以上

• 米国最大の象徴都市が、数分で廃墟に。

---

東部時間 07:40頃

ノーフォーク海軍基地

• チェサピーク湾上空から侵入。

• 米大西洋艦隊の残存主力が

港内・周辺海域に停泊中。

7:42

炸裂

• 爆心:ノーフォーク工廠と泊地中央。

• 巨大な水柱と火球が同時に立ち上がり、

周囲の:

• 戦艦

• 空母

• 補給艦

が瞬時に転覆・炎上。

被害:

• 艦艇十数隻が沈没または大破。

• 海軍将兵・基地要員:

数万名規模の死傷者。

• 米海軍はこの瞬間、

大西洋での組織的戦闘能力を喪失。

---

米国側の初動

混乱

• 同時刻に二都市壊滅の報。

• 当初は:

• 「新型爆弾」

• 「巨大爆撃」

など諸説が乱れ、

“原子爆弾”と認識されるまで数時間。

ワシントンD.C.

• ホワイトハウス・議会は即時避難。

• 防空警報が全東部で発令。

• だが:

• 迎撃可能な敵影はすでに去っており、

• 為す術なし。

---

世界の反応(8/6当日)

日本

• 大本営発表:

「新型爆弾をもって敵国中枢を撃破せり」

• 国民には:

• 「戦争を終わらせる一撃」として報道。

• ただし詳細被害は伏せられる。

英国

• 直ちに:

• 日本との戦争協力を公式支持。

• 「核時代の到来」を宣言。

ドイツ

• 公式声明:

「事態を重大な関心をもって注視」

• 米国と非交戦の立場から、

慎重な中立コメント。

世界

• ラジオと新聞号外で:

• **“ニューヨーク消滅”**の文字が踊る。

• 人類史上初の

都市への核攻撃として、

世界が凍りつく。

---

戦略的意味

8/6の二発は:

• 米国に:

• 「防げない」

• 「次が来る」

という現実を突きつけ、

• 指導部に:

“継戦か、国家の存続か”

という究極の選択を迫った。

これが、

3日後のデトロイト攻撃(8/9)、

そして8/15の降伏演説へと直結する。

---

まとめ

• 日本の超長距離爆撃機「飛鳥」が

キューバから発進。

• ニューヨーク

• ノーフォーク海軍基地

に原爆2発を同日同時投下。

1953年8月6日

• 米国:

• 経済中枢と海軍中枢を一挙に失い、

• 戦争の趨勢が決定的に逆転。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ