1940年5月開始のバルバロッサ作戦
作戦前提と独の有利条件
西方消耗ゼロ
• フランス戦なし。
• 空軍・機甲戦力が史実より健在。
補給の後ろ盾:米独協商
• 米国から:
• 石油、潤滑油、トラック、鉄鋼、工作機械、食料。
• 1940年春:
• 「欧州復興・通商援助法」の名目で、
• 事実上の対独レンドリース開始。
---
独の最大の弱点=資源が大幅緩和。
ソ連の不利条件
• 冬戦争なし → 教訓も得られず。
• 粛清後の再建途上。
• 英仏米の支援ゼロ。
• 工業疎開も未着手。
---
**「史実より弱い赤軍」**が相手。
---
開戦:1940年5月15日未明
開幕奇襲
• Luftwaffe:
• 国境近くのソ連飛行場を集中爆撃。
• 数日で赤軍航空戦力の大半を地上破壊。
• 砲撃後:
• 機甲部隊が一斉突破。
---
三大軍集団の進撃
北方軍集団(レニングラード方面)
• 東プロイセン → バルト三国。
• フィンランド:
• 冬戦争がないため健在。
• 独の侵攻に呼応し、
• 事実上の同盟として北から圧迫。
• 6月末:
• リガ陥落。
• 7月:
• レニングラード包囲。
---
史実より1か月以上早く包囲成立。
---
中央軍集団(モスクワ主攻)
• ブレスト=リトフスク → ミンスク → スモレンスク。
• 5月末:
• 国境会戦で赤軍主力包囲。
• 6月中旬:
• ミンスク陥落。
• 7月初:
• スモレンスク攻略。
---
史実では7〜8月の展開が、
この世界では5〜6月に前倒し。
---
南方軍集団
• リヴィウ → キエフ。
• 装甲集団が:
• 大包囲で赤軍南西方面軍を壊滅。
• 7月:
• キエフ包囲。
• 8月:
• キエフ陥落。
---
ウクライナの穀倉地帯と工業地帯を早期掌握。
---
1940年夏:赤軍の崩壊
• 開戦2か月で:
• 捕虜200万超。
• 装備喪失は史実以上。
• 指揮:
• 混乱と粛清の後遺症。
• スターリン:
• 初期に動揺し、指導停止状態。
---
前線は連続的に崩壊。
---
1940年8〜9月:モスクワ決戦
中央軍集団の突進
• 8月:
• ヴャジマ、ブリャンスクで再大包囲。
• 9月上旬:
• モスクワ外郭到達。
モスクワ
• 工業疎開:
• ほとんど未実施。
• 防御陣地:
• 急造のみ。
• 赤軍予備:
• 極東からの転用も間に合わず。
9月下旬:
• 独軍が市内突入。
• 10月初:
モスクワ陥落。
---
史実で“届かなかった”地点に、
秋のうちに到達。
---
1940年秋:南北の決着
レニングラード
• 7月包囲 → 9月総攻撃。
• フィンランド軍の協力で:
• 北から遮断。
• 10月:
レニングラード陥落。
南方
• ドニエプル渡河。
• 10〜11月:
• ハリコフ、ドネツ盆地占領。
• コーカサスへの道を開く。
---
1940年冬:ソ連国家の危機
• 首都喪失。
• 西部工業地帯の大半喪失。
• 補給崩壊。
• 英米支援ゼロ。
政治状況
• 政府は:
• クイビシェフ方面へ退避を試みるが、
• 権威は急落。
• 1940年末:
• 共産党内部で分裂。
• 地方軍閥化の兆し。
---
**「国家としての崩壊過程」**に入る。
---
国際反応
英仏日
• 驚愕。
• だが:
• 「独とソ連の相討ち」を期待していたが、
• 実際は独の一方的勝利。
• それでも:
• すぐに攻勢には出ず、
• 事態を見極め。
米国
• 政府:
• 「欧州秩序の再編」と表現。
• 独への:
• 輸出枠拡大。
• クレジット供与。
• 世論:
• 親独・反共が優勢。
---
米独関係は“事実上の同盟”に近づく。
---
この世界のバルバロッサの本質
観点 この世界線
開戦時期 1940年5月(史実より早い)
西方戦 なし
米国 対独支援、対ソ不支援
赤軍 再建途上・孤立
結果 1940年内に首都含む中枢喪失
---
独が史実以上の成功を収め、
ソ連は“敗戦国家”として崩壊に向かう。
---
結論
この世界のバルバロッサ作戦は:
準備万端の独軍が、
孤立無援・未再建の赤軍を電撃的に粉砕
1940年秋までにモスクワ・レニングラード陥落
1940年冬、ソ連は事実上の崩壊状態
米国は独の“兵站国家”として機能
という、
**史実とは逆の“決定的勝利の東方戦争”**になります。




