1914年:開戦 ― 史実とほぼ同じ、だが“米国の距離感”が違う
◆ サラエボ事件 → 総力戦へ
• 1914年6月:サラエボ事件。
• 7〜8月:
• ドイツ → ロシア → フランス → 英国
という連鎖参戦。
• 米国:
• 史実同様厳格な中立宣言。
• ただしこの世界線では:
「最後まで欧州戦争には関わらない」
という孤立主義がより強い。
◆ 西部戦線:シュリーフェン計画と塹壕化
• ドイツ軍、ベルギー侵攻 → マルヌで阻止。
• 1914年末には:
• 北海〜スイス国境まで塹壕線固定。
• ここまでは史実とほぼ同じ。
◆ 東部戦線:ドイツ優勢
• タンネンベルクで独軍がロシア軍撃破。
• 東部は機動戦が続く。
◆ 日本の参戦(1914年8月)
• 日英同盟に基づき:
• 日本がドイツに宣戦。
• 目的は:
• 山東半島・青島のドイツ拠点。
• 南洋群島のドイツ領。
ただしこの時点では:
**日本は「極東限定の協力者」**で、
欧州派兵などは全く想定されていない。
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1914〜1915年:海と植民地での戦争
◆ 日本の行動
• 1914年11月:
• 青島攻略。
• 1914〜15年:
• マリアナ・マーシャル・カロリン諸島を占領。
• 英国にとって:
• 極東の脅威が消え、
インド洋・豪州の防衛負担が激減。
この時点で:
英国は日本を「頼れる同盟国」と強く認識し始める。
◆ 海上戦
• 英国が:
• 北海封鎖を強化。
• ドイツ:
• 通商破壊に潜水艦を使用。
この世界線では:
• 1915年時点では:
• まだ無制限潜水艦戦には踏み切らない。
• 米国を刺激することへの警戒が、
史実以上に強い。
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米国の立場(1914–15)
米国は:
• 参戦せず。
• 兵器・物資は:
• 主に英仏に売るが、
• 「戦争に巻き込まれない」ことを最優先。
• ウィルソン政権:
• 仲介者気取りの外交。
• 「講和を目指す中立大国」という自己像。
史実よりも:
“欧州の外”に立つ姿勢がはっきりしている。
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1915年:膠着と消耗の始まり
◆ 西部戦線
• シャンパーニュ、アルトワ攻勢など:
• いずれも大損害で失敗。
• 塹壕・機関銃・砲兵戦が常態化。
各国が悟る:
「これは短期決戦では終わらない」。
◆ 東部戦線
• ゴルリツェ・タルヌフ攻勢:
• ドイツ・オーストリアがロシアを大きく後退させる。
• ロシア帝国の:
• 兵站・産業の弱さが露呈。
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1915年:潜水艦戦とルシタニア
この世界線では:
• ドイツは:
• 制限付き潜水艦戦を実施。
• 史実同様:
• 1915年、ルシタニア号事件は起こる可能性が高い。
• 多数の民間人(米国人含む)死亡。
しかし:
• 米国の反応:
• 強い抗議はするが、
• 「参戦論」までは高まらない。
• ウィルソン:
• 史実以上に「中立維持」を強調。
結果:
ドイツは一時的に
潜水艦活動を再び抑制。
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1916年:地獄の消耗戦
◆ ヴェルダン(1916)
• ドイツが:
• 「フランスを血の海に沈める」作戦。
• 結果:
• 双方数十万の死傷者。
• 戦線はほぼ動かず。
◆ ソンム(1916)
• 英仏の大攻勢。
• 初日の英軍損害は壊滅的。
• 戦車初登場も決定打にならず。
1916年末には:
**西部戦線は“史上最大の消耗地獄”**となり、
どの国も勝利の展望を描けなくなる。
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ロシアの動揺
• 1916年:
• ブルシーロフ攻勢で一時奮戦。
• しかし:
• 食糧不足
• 皇帝政への不満
• 厭戦気分
すでに:
革命の芽が各地に広がり始める。
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1916年末:各国の戦略的認識
この世界線で、1916年末には:
ドイツ
• 陸上では:
• 英仏を決定的に崩せない。
• 海上では:
• 封鎖で経済が締め上げられる。
•
「潜水艦戦を本格化しなければ勝てない」
という声が強まる。
英仏
• 人的損耗が限界に近づく。
• だが:
• 海上封鎖と植民地資源で
持久戦に自信。
日本
• 極東での戦闘は終結。
• 英国から:
• 海軍護衛・輸送支援の要請が増える。
• 日本国内では:
• 「欧州で血を流すべきか?」
という議論が芽生え始める。
米国
• 依然中立。
• 世論:
• 参戦反対が多数。
• 政府:
• “戦後の仲裁者”になる構想を描く。
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前半の総括(1914–1916)
この世界の第一次大戦前半は:
軍事的展開は史実とほぼ同じ
しかし米国不参戦によって、
「決定打のない消耗戦」がより色濃くなる。
結果:
• 欧州は:
• 出口の見えない地獄。
• 各国は:
• 「新しい手」を探し始める。
• 日本は:
• まだ“脇役”だが、
後に主役級になる伏線が張られる。
• ドイツは:
• 次の一手として
無制限潜水艦戦を真剣に検討。




