蛍の里
弱々しい光を放ちながら、一匹の蛍が曲線を描いていた。蛍の数がすっかり減ってしまったことに村人たちは落胆を隠せないでいた。かつて無数の蛍が飛び交い、幻想的な風景を作り出していたこの周辺は、蛍の里として全国に名が知れ渡っていた。だが近年、周辺の開発が進み、蛍の住処である川の汚れが目立つようになっていた。清らかだった川の水は濁り、表面に油膜が浮かんでいることも珍しくなかった。
「蛍はどこへ行ってしまったの?」
煌びやかな蛍の舞を鮮明な記憶として覚えている子供たちは言った。大人たちは答えに窮した。すっかり観光客が減ってしまい、経済的にも困窮していたため、村の存亡をかけて川の浄化に取り組んでいた。だが、蛍の数は減って行くばかりだった。蛍の里に期待して、遥々やって来た人々もがっかりして帰って行った。なんとかして蛍の数を増やせないか? なんとかして鮮やかで煌びやかな蛍の里を取り戻すことはできないか? 村人たちは考えていた。川の浄化だけでは足りないことは明らかだった。清流でなくても生きて行ける蛍はいないものだろうか? そんなことを考える輩もいた。どんな手段を使ってでも蛍を取り戻したい。そんな村人たちの思いを痛切に感じ取っていた村の長は、遺伝子工学の権威であるK教授の下を訪れた。
「生命力の強い虫の遺伝子を埋め込めば、なんとかなるかもしれない」
教授は言った。
「生命力の強い虫って何ですか?」
「ハエとか蚊が良いでしょうな」
そしてハエと蚊のたくましい遺伝子を埋め込まれた蛍が誕生した。長はその蛍を持ち帰った。
遺伝子操作を施されたその蛍の繁殖力には凄まじいものがあった。瞬く間に里にはたくさんの蛍が飛び交うようになった。蛍の里を訪れる人が増え、村は活気を取り戻した。観光客の減少に伴って閉店していた店も戻って来た。相乗効果でこれからも観光客は増えそうだった。だが、しばらくすると蛍の里を訪れる人が減った。村人たちは途方に暮れた。これだけの蛍がいるのに、どうしてだろうと思っていた。
その頃、都会のあちこちでは遺伝子操作を施されたたくましい蛍たちが繁殖していた。わざわざ遠くに出掛けなくても、蛍はすぐそばにいた。




