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主の願いを叶えよう!

「覚えてるか? 16年前の夜、俺が実家の寝室で金縛りに遭って死の淵をさまよった事」


 そう言う(まつる)の表情は、内容からは想像出来ないくらい晴れやかだった。


「うむ、覚えておるぞ。主の周りに悪霊が溜まっているのを見たワシは、守護霊となってそれらを斬り伏せたのじゃ。同じ事を何度かやった事があるから、さほど苦戦はせんかったが」


 祀は『やっぱりか』と言わんばかりに軽く頷き、話を続ける。


「生命薬を手にしたときにな、コレでお前にあの時のお礼が出来るかも知れないって思ったんだ。生命薬を売らずに使ったのは、コレが一番大きい」


 ワシは思わず驚き、少し身を引いて両手を胸の前で振る。


「お、お礼なんてせずとも良いのだぞ! ワシは厄除けの宝刀として、すべきことをしたまでの事じゃからな!」

「いいやさせてくれ。お前に救われたお陰で、探索者としてギリギリ食っていける今があるからな」

「ワシのお陰で……?」

「あの夜、悪霊を次々斬っていく白い影を見て、俺もあんな風に格好良い英雄になりたいって思い始めたんだ。丁度その頃、探索者って職業が人気になり出した頃だったからさ――」

「それから毎日欠かさず鍛錬を積み、つい一ヶ月前にようやく探索者デビューが適った、と」


 目を丸くする祀。


「妙だと思ったんじゃ。その日から主は、ボロボロになって帰ってくることが多くなったからの。今になって、その謎が解けたわい」

「ああそうだった。お前はずっと寝室で、俺の事を見てたんだもんな」

「うむ。だからこそ、ワシを思うならもっと自分の事を労って欲しいんじゃ。それこそが、ワシへの最大の礼になると思え」


 祀は溜息をついた後、右手を目元を覆って首を振る。


「……そうも言ってられない事情があるんだよ」

「頑固なやつじゃのー! 主が元気ならそれでいいと言うておろうに!」

「いやこだわりとかじゃなくて、普通に金の問題だ。週五で毎日ダンジョンに通ってようやく生活費をまかなえるって感じでさ……」


 ――そういえば、家賃が収入の半分を占めるとか言うておったの。ここが京都府宇治市の駅チカ物件である事を考えれば、祀の今の手取りでは到底贅沢出来ないじゃろう。


 そう思ったワシは、いたってスムーズにある決意を固め、ソファーの上に立って祀の肩に右手を置く。


「なら、ワシが稼ぎ頭になろう!」

「気持ちは嬉しいが、お前に恩返しをする金をお前に稼いで貰うのは何か……」

「遠慮するな! ワシへの恩返しを果たす事が主の願いなら、ワシは喜んでそれを手伝おう。そのためにダンジョン探索者になる必要があるというなら、進んでそうなろう!」


 祀は少しの間ウンウン唸ったあと、溜息をつく。


「……そうまで言われたら、状況的にも頼むしかねえな。だがその前に一つ、解消すべき重大な懸念点がある」


 祀は立ち上がり、頭上からワシの体を上から下まで一通り見回す。


「果たしてそんなナリで戦えるのか、っていう疑問だ」

「なっ! ワシの実力を疑うと言うのか! ワシは233年間戦場におった猛者じゃぞ!?」


 頬を膨らませて抗議するワシに、祀は冷静に返す。


「確かに記憶はあるだろうが、惜しくもそれが今のお前が強い事の保証にはならないだろ?」

「むぐ、確かにの……」


 ――そうじゃった。ワシは確かに武器として剣の達人に振るわれた経験があるが、今のワシがその通りに剣を振るえるとは限らない。もしワシに実力が無ければ、祀の事を手伝えぬ……!


 何も言えずに固まるワシの肩に置いた祀は、咳払いをして注目を暗に乞う。


「色々言ったが、やってみなきゃ分からないのもまた事実だ。服を着た後で、戦えるかを確かめに探索者協会に行くぞ」

「! 確かめられるのか!?」

「ああ。どっちにしろ探索者になる為には、協会で試験を受けなきゃならないからな。煽られたのが悔しいなら、そこで才能を発揮して俺の度肝を抜いて見せろ」


 祀から送られてきた挑発的な目線。今まで抑えていた『戦士』の血が、これに反応して湧き上がってきた。


「上等じゃ。ワシが主の頼れる剣である事、証明してやろう」

「楽しみだ。だがまずは――」


 祀は続きを言い掛けて突然背を向け、さっきまでワシがいた部屋に駆け込む。


 それからはタンスを開けて何かを探るような物音をしばらく立てた後、檜で出来た細長い箱を持って部屋から出てきた。


「! もしやそれは!」

「ああ。19年前に俺が七五三で着てた着物だ。お守り代わりに持って来たんだが、こんなところで役に立つとはな」

「着せてくれ着せてくれ! やはり着るなら和服が一番じゃ!」


 はしゃぐワシを余所に、祀は箱を開けて消臭剤を丹念に振りかけるのじゃった。


 ◇  ◇  ◇


 結論から言うと、サイズはピッタリだった。着物は重いはずなのに、まるで手足の一部かのようになじむ。


 箱の中には黒い袴と赤い着物、そして黒と赤の緩やかなグラデーションが施された袴があった。


 ――懐かしい。幼い頃の祀はこの着物をみて、青が良かったとゴネてた記憶がある。


 こうして物思いにふける余力がワシにあるのも、祀がスマホをみながらどうにか着付けをしてくれたお陰だろう。


 そして当の祀は汗だくのままソファーにぐったりとしており、時折テーブルの上に乗ったコップから水分を補給しながら、ワシが映った鏡をジッと見ている。


「うむ、似合っとるの~ワシ。ちと着物はカビ臭いが、慣れじゃ慣れ」

「……大変だった……コレを毎日はさすがに嫌だぜ?」

「安心せい。着物は毎日洗うものでも無いし、どうにか自分で着付けが出来るようにしておくからの」

「無理すんなよ。それはそうと、これでようやく――」

「外に出られる様になったという訳じゃな! よし! 主の体力が回復したら、探索者協会に向かうぞ!」

「いいや待つ必要は無い」


 祀は懐から小さな丸形フラスコ瓶を取り出し、封をしていたコルクを抜いて中身を口に流し込む。


 すると、それまでほのかに青かった祀の顔色が一気に良くなり、祀はワシの目の前でスッと立って見せる。


「レア度Fの遺物、回復薬。コレを飲めば、ちょっとした疲労なら完全に消えてくれんのさ」

「……ヒ○ポンかの?」

「違う! 遺物だよ遺物! とにかく俺は大丈夫だから、早く行くぞ」

「う、うむ。見たところ元気そうじゃし、気にせんことにしよう……」


 ――これが、遺物とやらが流通しだした現代か。便利じゃなと思う半面、どこか違和感を感じるのはワシだけじゃろうか?

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