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探索者になるかもしれぬ

 その後、お腹が空いたワシは祀に昼飯を食べさせて貰う事になり、とりあえず近くにあったワイシャツを羽織って共にリビングへ出た。


 7畳ほどのリビングの中心には机があり、その右側には大きなテレビが、テレビの向こう側にはソファーが設置されている。


 また正面には白いレースカーテンが掛けられた窓があり、下に開いた隙間からは太陽光が漏れ出していた。


 そして今のワシはソファーに座り、3個の塩にぎりが乗った皿を太ももに乗せて食べている。


 勿論ワシの隣には、そんなワシの様子を微笑ましそうに眺める(まつる)が居る。


「美味いか?」

「無論、美味しいぞ! なるほど、味わうというのはこう言う感覚なのじゃな。人類が食にこだわりを持つ理由が分かったわい」

「塩にぎりでそうも感動されちゃ、出す飯に困るんだがな……」


 あっという間にワシは三個の塩にぎりを平らげる。気持ち的にはもっと食べたかったが、これ以上は到底食べられそうに無い。


 ――体が小さいせいで、胃袋も小さくなっておる。贅沢な願いなのは分かっているが、こんな思いをするなら大人の男に産まれたかったの。


「ふー、お腹いっぱいじゃ」

「小食だな。お前を養う俺からすれば、安上がりで助かるが」

「養う……そうか、ワシはこれから主の世話になるのか。生活に苦心してる様子じゃったのに、なんか申し訳ないの」


 それまで穏やかな表情をしていた祀の表情が、突然驚きに満ちたそれに変わる。


「お前、俺の財政状況まで知ってんのか!?」

「ワシが居る部屋で頻りに呟いておったろ、家賃で収入の半分が吹っ飛ぶと」

「確かに口癖みたいにいつも言ってたが……まさか、刀だったときからずっとそうやって俺の事を見てたのか?」

「ああ。ワシは産まれてからずっと自我を持ち続け、自身の周囲にある物を見たり聞いたりしてたのじゃ」


 絶句する祀。ワシはテーブルの上に皿を置き、話を続ける。


「この676年のじ――刀生で、ワシは多くの物を見てきた。生前の名だたる戦国武将達、江戸の喧噪、生まれたての蒸気機関車とかの」

「……マジか」


 その言葉を最後に、祀はワシから目をそらして顎に手を当て、真剣に何かを考え出した。


「とにかく、ワシは今日まで一時も意識を閉ざすことなく、人類の傍に居続けて来たのじゃ。勿論主の事も見守っておったぞ、赤子の頃から今までずっとな」

「……」

「しかし、今まで付き添ってきた人間の中でも主は指折りの苦労人じゃったな。何せ主が8歳の頃――」


 ここでようやく、ワシは祀が夢中で何かを考える姿勢を取っている事に気づく。


「……祀? おーい!」

「ああ、すまん。話はちゃんと聞いてたが、色々考えをまとめてて返事する余裕がなかったんだ」

「考え?」

「お前は名だたる戦いをその目で見て、体感して来たんだろ? その経験が、もしかしたら《《ダンジョン探索》》で活きるんじゃないかとおもってな」

「……ダンジョン探索?」


 困惑するワシを余所に、祀はスマートフォンを取り出して操作し始める。


「まあお前にそうなれって強制する気はない。あくまでも、暇ならその仕事をしてみないかって話だ。ひとまず、コレを見てくれ」


 それから程なくしてテレビの電源がパッと点くと、8秒の待機時間を経て、画面に信じられない物が映し出された。


「な、何じゃコレは……!?」


 ――それは、妖怪の様な化け物と銃を持った人間が、エジプトの神殿内部の様なレンガ造りの閉鎖空間で争っている光景だった。


 アニメやドラマの類いかとも思ったが、それらとは決定的に違う物が画面の右側に移っていた。


 ――恐らく、コレが噂に聞く『コメント欄』という物じゃろう。祀がよく民度を憂いていた概念じゃな。内容は……まあ、読まないことにする。


「これは『ダンジョン配信』だ。ダンジョンの何たるかを教えるなら、言葉より視覚で伝えた方が良いなと思ってよ」

「む、配信とやらは知ってるぞ。だがダンジョンとやらは聞き慣れぬ言葉じゃな。それはなんじゃ?」

「早速疑問が出たな。待ってろ、お前にダンジョンを解説するための原稿をいま読み上げるからな」


 祀は体をこちらに向け、スマホとワシの顔を交互に見ながら、真剣な表情で語りかけるのだった。


 祀が話を終える頃には既に配信上での戦いは終わっており、テレビに映った四人組の男女は、宝箱から一個のオーブを取り出して持ち上げていた。


 そのオーブは虹色に輝いており、四人はその輝きに夢中になっていた。コメント欄の動きも、心なしか速くなっている。


「要するにワシを人間にした遺物は、今テレビに映ってるようなダンジョンで主が取ってきたもの、ということじゃな?」

「いや、他の探索者が落としたのを拾ってきたんだ。拾った後で知ったんだが、どうやらあの薬は売れば一億は下らんらしい」

「……そんな貴重な物を、何故ワシに使ったのじゃ? 協会とやらに売り飛ばせば、主の財政難も解消できたろうに」


 それまでスマートフォンを操作していた祀だったが、ワシがその問いに反応すると、テレビを消した後に真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。


「覚えてるか? 16年前の夜、俺が実家の寝室で金縛りに遭って死の淵をさまよった事――」

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