魔人たちは会議しがち
そこは魔王城の会議室。そのアットホームな空間で、とある魔人が尋問を受けていた。
……とある魔人というかレインなのだが。
「おいいいい。レインんんんん」
そう言って詰め寄っているのは炎の魔人サンだった。
サンはまるで、ドラマでよく見る取調室のように、部屋を暗くして、レインを尋問していた。
「お前ぇ、魔法少女と戦ったくせに生きたまま逃がしたそうじゃねえかよォ。どういうことなんだァ? アアん?」
サンが、その暑苦しい顔をレインに近づけた。サンは体温が異常に高いので、近くにいるだけでも熱い。レインはあからさまにうっとおしそうな顔を──したかったが表情筋が動かすのが下手なのでできなかった。
取調室の端では魔人がもう一人、二人の様子を見つめていた。その魔人は霧の魔人ミストだった。 ミストは、サンの尋問にレインがどう答えるか興味があった。なぜならば、魔法少女を殺さなかった判断の理由がミストにも理解できなかったからだ。
しばらくすると、レインが右目を隠すように手を当てて俯きながら言った。
「すまない。どうして自分があんな行動をとったのかが分からない」
サンがレインの反応を受けて、机を強く叩いた。バンッ! と大きな音が鳴った。近くで様子を観察していたミストは驚いて「きゃ!」と声を漏らした。
「分からねぇってことはねぇだろォ? 自分の行動なんだからよォ……」
そう言って、サンは一枚の書類を取り出す。炎でできた書類である。サン以外には触ることができない。
「ええっとォ? なになに? 容疑者レインは魔法少女と戦い、魔法少女の意識を奪うことに成功したにもかかわらず、何故かとどめを刺さずに帰ってきました、と。……おいおい、なんだこの甘っちょろい行動はァ!」
サンがもう一度机を叩いた。机が可哀想なほどだった。
「ちょっと! 驚くから机叩くのやめてよ!」
ミストが怒鳴ると、サンは言った。
「あ、ごめん」
レインが「いや、しかし」と無表情で言った。
「本当に分からないんだ。なぜとどめを刺さずに帰ってきてしまったのか、本当に分からない」
レインがそう言うと、サンは鼻から息を吐いて椅子に座り、背もたれに寄りかかって、後頭部で手を組んだ。
「本当にどういうことだよ。記憶がなくなったとかそういうことかァ?」
レインは顎に手を当てて考え出した。
「違う。記憶はちゃんとある。俺は確かにとどめを刺そうとした。でも、あの時……」
そう言って、レインは言い淀んだ。
「あの時……何だよ」
サンが催促すると、レインはもう一度顔を伏せて言った。
「魔法少女を殺すなって、頭の中で誰かが囁いたんだ」
「……」
サンもミストも、レインの言葉に何も言わなかった。会議室に沈黙が流れ、バチバチという蛍光灯の点滅だけが聞こえていた。
「……」
その沈黙を破ったのは、取調室の扉を開けて飛び込んできた無邪気で子どもな雷の魔人サンダーだった。
「それってもしかして……洗脳なのでは!?」
サンダーは頭頂部のアホ毛の上に『はじめての洗脳』という物騒なタイトルの本を乗せながら言った。
「洗脳だ! 絶対にそうだ! 洗脳スゲぇ!」
そう言って興奮するサンダーのことを、風の魔人ウインドがニコニコと優しい笑顔で抱っこした。
「サンダーちゃん。私と一緒にスノウちゃんのとこ行ってアイス食べる?」
ウインドの言葉に、サンダーは顔を輝かせた。目を輝かせたのではない。文字通り、顔の上で雷光をパチパチと弾けさせたのだ。
「食べる!」
サンダーはそう言って、ウインドに抱っこされたまま取調室を出て行った。
ウインドは去り際に「あとでみんなの分も持ってくるね」と言って取調室のドアを閉めた。
「……洗脳はありえねェ」
サンが呟く。
「今までの魔法少女の記録に、洗脳とか催眠の魔法は存在しねェ。魔法少女の魔法ってのは身体能力の強化と魔力を使った回復くらいなもので、相手に干渉するタイプの魔法を使用する魔法少女なんていなかったんだ。ならばこれからも、そんな器用な魔法を使う魔法少女は現れねェはずだ」
ぶつぶつと小さく呟くサンに対し、いつの間にかミストの隣に座っていた奇妙な笑顔のクラウドが机に肘をついて言った。
ミストの「え、あんたいつからいたの」という言葉は無視された。
「サンは意外にデータ主義だよねぇ。戦闘狂の癖に」
「俺は別に戦闘狂じゃねェ」
「ハハハ」
((そんなわけあるか))と、クラウドとミストは頭の中で突っ込んだ。
「まあ、それよりさ。データが絶対ってことはないんじゃないの? 今までのデータがそうでも、今回の魔法少女が例外って可能性もあるんじゃない?」
クラウドの言葉にサンは強く反論した。
「例外なんてそんな簡単にあっていいものじゃねェだろ。前魔王様が残してきた何百もの魔法少女のデータに、洗脳を使う魔法少女は一人もいなかった。今回の魔法少女はたまたま洗脳を使えますだなんて、そんな都合の良いことはあってはならねェ」
サンの反論に対し、クラウドは飄々と言った。
「でも、その魔法少女のデータって相当昔のものだよねぇ。昔に比べたら、人間は相当ズル賢く進化したよ。だから洗脳を使う魔法少女が現れても不思議じゃない。と、俺は思うけどなぁ」
サンは先ほどから黙りこくっているレインを見た。
「お前はどう思うんだよ」
レインは無表情で言った。
「……分からない」
レインは無表情だったが、ミストには少し不安を抱えていそうに見えた。長年の付き合いで無表情からでも何となく感情が読み取れるのだ。
レインは、俯いた顔をあげて言った。
「もう一度行ってくる」
そう言って、レインは立ち上がった。そして取調室から出て行こうとした。
「おい。どうするつもりだ」
「俺がもう一度、魔法少女と戦って確かめる。そうすれば全てが分かる」
そう言って、レインは取調室を出て行った。
残されたサンは少し不満げな顔をして、背もたれに寄りかかった。胸の炎は心なしか勢いがないように見えた。
ミストは、何となく自分の意見を述べてみることにした。
「……洗脳。あり得ると思う」
「おうミスト、それはどうしてだ」
「……さっきクラウドが言っていたように、データを信用しすぎてはいけないというのも一つ。でも、私は違う可能性を思いついた」
サンがミストの意見に興味をもち「どういうことだ?」と身を乗り出した。クラウドも興味ありげに耳を傾けていた。
「私が考えたのは、他の可能性。洗脳を使ったのが、魔法少女じゃないって可能性だよ」
ミストは立ち上がって言った。
「つまり、第三者がいるって可能性。そう考えれば、サンのデータを否定せずに、レインの謎の行動の説明ができる」
サンはミストの意見を聞いて、もう一度背もたれに寄りかかった。
「洗脳にかけているのが、第三者って可能性は分かる。だが、もう一つ不思議な点がある」
「何?」
「……レインは敵の洗脳にかかるような雑魚じゃねぇだろ」
ミストとクラウドは大いに頷いた。