敗北
ハサミの禍々しさが、シザースグレーの手にまで侵食していった。切り刻まれるような鋭い痛みが走ったが、ロックブラックとペーパーホワイトを守るためなら、こんな痛みは屁でもなかった。
シザースグレーの側で、デビちゃんが冷や汗を垂らしていた。
シザースグレーは最後に、背後で震える二人へ優しく微笑んだ。
そして。
「……ハァッ!」
シザースグレーは地面を踏みしめて走り出した。そのスピードは常人では到達できない異次元のスピードだった。魔法少女として生まれたシザースグレーの全力。踏みしめた地面が、靴底の形に抉れるほどの。
一瞬で怪人の目の前まで接近したシザースグレーは、禍々しいハサミで怪人の首を両断しようした。
シザースグレーのハサミは滞りなく、男の首に迫った。
そして、見事首を切り落とした──ように見えた。
シザースグレーのハサミは、確かに怪人の首を両断し、その禍々しい刃を閉ざしていた。しかし怪人は表情一つ変えずに、無表情のままで言った。
「なかなかのスピードだな」
怪人はそう言って、シザースグレーのハサミを柔らかく撫でた。
「それに、造形の趣味も良い」
「……!?」
シザースグレーのハサミはしっかり怪人の首を両断していた。怪人の頭部と、胴体のつながりは、ハサミによって分断されていた。
普通の生き物は、首を断たれたら死ぬ。
(こいつ、普通じゃないッ!)
シザースグレーは後方へ飛びのいて距離を取った。彼女の頭では、今起こった事実を正常に判断できていなかった。
自分のハサミが怪人の首を両断する瞬間を、確かに見た。しかし死んでいない。
どころか、今一度確認してみると、怪人の首は何もされていないかのように繋がっているではないか。
シザースグレーは自分の手のひらを見た。
(そういえば、首を両断した瞬間。何の抵抗も感じなかった気がする)
何かを両断するときには、それなりに抵抗を感じる。硬さであったり、切りにくさであったり。
しかし、怪人の首を両断する際には何の抵抗も感じなかった。そう、まるで水のように。
シザースグレーは頭をフル回転させて考えた。可能性は二つ。
一つ。怪人が超再生能力をもっている可能性。断たれた瞬間から超再生を開始すれば、死なずに済むのかもしれない。
二つ。自分が見間違えただけで、本当は怪人の首にハサミが届いていなかった可能性。
(後者だったら嬉しいんだけど……)
シザースグレーはハサミを構え直した。怪人はシザースグレーを見ながら、ただ立っているだけだった。
シザースグレーはテレパシーで背後の二人に話しかけた。逃げられるなら自分の身の安全を確保してほしかったからだ。
(二人とも! 逃げられる!?)
……
(……二人とも?)
二人から返答がないことを不思議に思い、シザースグレーは素早く振り向いて二人を確認した。
「……え?」
そこには、前のめりに倒れ伏したロックブラックとペーパーホワイトの姿があった。
「二人とも!」
二人に駆け寄って身体を揺さぶった。
二人はただ気絶しているだけのようだったが、どうして気絶したのか原因が分からなかった。
「大丈夫だ。死んではいない」
その時、シザースグレーの肩に怪人の手が乗せられた。シザースグレーは後悔した。二人が倒れていることに動揺して、怪人に対する警戒を解いてしまったことを。
怪人はシザースグレーの肩に手を置きながら、静かな声で言った。
「まあ、あとで殺すが」
「ああああ!」
シザースグレーはがむしゃらにハサミを振り回した。そのハサミの横薙ぎは怪人の横腹に迫った。
そして──。
「……え?」
怪人の身体を貫通した。
「すまない。俺に物理攻撃は効かないんだ」
怪人はそう言って、シザースグレーの額に人差し指を近づけた。
「思ったより弱かったな」
意識が途切れる瞬間に、そんな言葉を聞いた気がした。