死の恐怖
シザースグレー達がやってきたのは、怪人クワガターと戦った緑地だった。
住宅が立ち並ぶ学校周辺で、周囲に被害を与えずに戦うには、この緑地くらいしか選択肢がなかった。
「シザースグレー。あの怪人どこ行った?」
ロックブラックが周りを警戒する。私も警戒を怠っていなかったが、途中から正確な位置を見失っていた。
「近くにいることは確実です」
そう言ったペーパーホワイトは、デビちゃんの口に手を突っ込んだ。
「おぶぇぇぇぇぇぇ!」
デビちゃんが口に手を突っ込まれて迫真の嗚咽を漏らす。しかし、ペーパーホワイトは、デビちゃんの嗚咽などには一切構わず、強引にデビちゃんの中から大量の紙吹雪を取り出した。
「私が探します」
そう言うと、デビちゃんの中から取り出した紙吹雪を、思い切り宙に放り投げた。
紙吹雪はひらひらと、不規則に舞っていた。しかし、ペーパーホワイトが手を動かすと、紙吹雪の動きが統率され、彼女の手の動きの通りに動き出した。
ペーパーホワイトが紙吹雪を操作しながら回転した。すると、紙吹雪がシザースグレー達を包み込んだ。
「索敵と防御を同時に行います。今のうちに変身しましょう」
そう言うと、ペーパーホワイトが胸に手を当て「変身」と呟いた。シザースグレーとロックブラックも、彼女に続いて変身を開始した。
チャララララララ〜ン。(素敵なBGM)
黒い天幕がシザースグレー達の頭上に現れ、それぞれを包み込む。そして数秒後、その黒い天幕を翻すようにして現れたのは、魔法少女に変身したシザースグレー達だった。
「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」
「白くて包む寛容な白。ペーパーホワイト」
「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」
「私たち!」
「「「魔法少女モノクローム!」」」
誰に聞かせるわけでもない前口上だが、ルーティンは大事だ。ババーンはまだ聞こえないが。
変身したペーパーホワイトが言った。
「まだ、見つけられません……」
シザースグレーはペーパーホワイトの肩に触れて言った。
「もう。壁を崩していいよ。たぶんだけど、あの人は私達を待ってたんだよ。私達が魔法少女に変身するのを」
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、私達を倒そうと思えば、いつだって倒せたはずじゃない? あの人を見つけたときだって、あんなに近づかれていたんだもん。たぶんあの人は私達と戦いたいんだよ」
ペーパーホワイトはシザースグレーを見つめ、そして頷いた。
ペーパーホワイトの紙吹雪の壁が徐々に崩れ、紙吹雪が彼女の手のひらに集まっていった。
そして外が見えたとき、三人は驚きの光景を目にした。
「……いる」
ロックブラックが思わず口にした。その怪人はペーパーホワイトの紙吹雪の索敵を掻い潜り、いつの間にか三人の目の前に立っていた。
最初からそこにいたとでも言うように、ただ、そこに立っていた。
「どうして私の索敵に引っかからないのですか……」
ペーパーホワイトが呟いた。
目の前に立っていた怪人は、ペーパーホワイトのつぶやきを聞いていたのか、その質問に答えた。
「魔力を抑えたからだ。外に漏れる魔力を完全にゼロにしてしまえば、俺たち魔人は索敵などには引っかからない」
まさか質問に答えてくれると思っていなかったのか、シザースグレー達は驚いて絶句した。
そう、絶句した。
なぜならば、怪人が言葉を話したから。
しかし、次の瞬間には、別の驚きがシザースグレー達三人を襲った。目の前の怪人が少しだけ目を見開いたかと思うと、あまりにも強大な魔力が、シザースグレー達を包み込んだ。
その魔力は、怖くて、恐ろしくて、絶対に立ち向かってはいけないような、そんな迫力のあるものだった。
「ぁ……ぁ……」
ロックブラックが腰を抜かしていた。一歩、二歩と後ずさり、そしてペタンと地面に尻もちをついた。
ペーパーホワイトは立つことはできているものの、歯をガチガチと震えさせ、膝も笑ってしまっていた。
それは今までに戦ったことのない圧倒的強者の魔力だった。二人はその強大な魔力に、すでに負けを確信してしまったのだ。
魔法少女モノクロームとしてたくさんの経験を積んできたシザースグレー達三人の全魔力を集めても、怪人の魔力には到底届かなかった。
シザースグレーは、その怪人の強大な魔力に包まれた瞬間、とある感想を抱いた。それはロックブラックとペーパーホワイトが感じ取ってしまったものと全く同じものだった。
(……死ぬ)
そう思った。
しかし、シザースグレーは怯える二人の前に一歩、歩み出た。
「二人は休んでて」
怯えて震える二人に対し、シザースグレーはできる限り気丈な笑顔を見せた。
彼女も内心では逃げたくて堪らなかった。しかし、自分よりも年下である二人の為に、彼女が崩れるわけにはいかなかったのだ。
シザースグレーは怪人に向け、大きな歩幅で一歩、強く踏み出した。絶対に敵わない相手を前にしてなお、しっかりと地面を踏みしめて立つこと。それが年長者であるシザースグレーの役目。自分より年下であるロックブラックとペーパーホワイトの二人を守ることこそ、年上のお姉ちゃんである自分の役目である。そう考えていた。
足を踏み出したシザースグレーを見上げて、ロックブラックが小さく「シザースグレー……」と呟いた。
「私が戦う。もし動けるようになったら、その時は全力で逃げて」
シザースグレーは怪人から目を逸らさず、二人にそう告げた。
そしてシザースグレーは、武器である巨大なハサミを、ジャキジャキと二回、大きく鳴らした。
それは、変身を次の段階へ進めるための合図だった。
シザースグレーのハサミが禍々しく、より鋭く変貌していった。そして、シザースグレーの可愛らしいドレスも、まるで悪魔のような悍ましいドレスに変わっていった。
それは、魔力を大量に消費することで使用できる、シザースグレーの必殺技。その名も──。
「両断鋏……」