三人
次の日。屋上に現れたのはシザースグレーではなく、ペーパーホワイトだった。
ペーパーホワイトはがちがちに緊張していた。
デビちゃんは屋上の扉が開かれる音で目を覚まし、ふわふわと浮遊して、ペーパーホワイトのもとまで飛んでいった。
ペーパーホワイトはデビちゃんを見つめた。そして、一つ息をついてから言った。
「来ました。」
デビちゃんはペーパーホワイトの無愛想な言葉に少し微笑みながら「ありがとう。」と言った。
「お礼をされるようなことではありません。むしろ、私がお礼をすべきなのです。魔法少女の仕事を放棄していたのに、処分にしないでいてくれて、ありがとうございます。」
ペーパーホワイトは頭を下げた。綺麗に四十五度。指先までまっすぐ伸びていた。
「そんなことするわけねぇだろ。」
デビちゃんはペーパーホワイトの後頭部を尻尾でひっぱたいた。
ペーパーホワイトは後頭部をさすりながら困ったように顔を上げた。
デビちゃんは口を大きく開き、嗚咽を漏らしながらペーパーホワイトの武器である紙吹雪を吐き出した。ひらひらと舞う紙吹雪がペーパーホワイトの手元に集まっていった。
ペーパーホワイトは小さく呟いた。
「変身。」
ペーパーホワイトの頭上に黒い天幕が現れ、身体をくるりと包み込んだ。ペーパーホワイトがその黒い天幕を翻すと、彼女の姿は久しぶりの魔法少女ペーパーホワイトに変身していた。
ペーパーホワイトは少し小さな溜息を吐いた。
緊張で身体が思うように動かなかった。
(怪人退治なんていつぶりでしょうか……。)
ペーパーホワイトが震える手を見つめていると、デビちゃんがからかうような口調で話しかけた。
「緊張してんのか?」
ペーパーホワイトは、ニヤつくデビちゃんを睨んだ。
「緊張など、しているはずありません。私は魔法少女。魔法少女はいつだって強くて冷静で格好良くて可愛くて、少し危うさを秘めていながらも、やっぱり誰にも負けない。そんな存在でなくてはならないのです。」
「お前の魔法少女ハードル高すぎないか?」
「適正です。」
ペーパーホワイトは少しだけ笑って、屋上から飛び跳ねた。そして、空中で手の中に形成した紙飛行機を空に放つ。
すると、その紙飛行機は巨大化し、ペーパーホワイトを乗せて怪人の元まで超スピードで飛び立った。
電柱の上に着地したペーパーホワイトは、静かに怪人を見下ろした。
それは猫のような怪人であった。
ペーパーホワイトは改めて自分の手のひらを見つめた。
手の震えは先ほどよりも酷くなっていた。なんだか視界がグラグラと揺れている気もした。
ペーパーホワイトにとって怪人との戦闘はトラウマを刺激するトリガーになっていた。
あの時。死の恐怖を肌で感じた。
魔法少女として活動を続けていく為の心を完全に折られてしまった。
「シザースグレーは。」
ペーパーホワイトが呟いた。
「シザースグレーはどうして折れなかったのでしょう。」
ペーパーホワイトの脳裏に、久しく顔を合わせていないシザースグレーの顔がよぎった。彼女は大丈夫なのだろうか。
「あいつのことは眠らせた。あいつ、怪人の気配を感じるとベッドから降りて立ち上がるんだもんよ。自分の状態が分からないんだ。馬鹿だから。そーゆう奴が医者に行かずに死ぬんだよな。」
デビちゃんは不謹慎に笑う。
「だから、部屋にも結界を張って出られなくしてやったぜ。いい気味だ。そろそろ休むべきなんだ、あいつは。」
その声を聞いたペーパーホワイトは、からかうような口調でデビちゃんに語り掛けた。
「前から思っていましたが、デビちゃんはシザースグレーを特別視していますね。」
ペーパーホワイトの言葉に、デビちゃんは少し時間を空けてから返答した。
「……別に、そんなことはねえよ。お前らのことだって平等に大好きだ。」
ペーパーホワイトはそれを聞くと、少しだけ頬を赤くした。
「そうですか。」
そう言うと、ペーパーホワイトは長く息を吐き、自分の頬を叩いて気合を入れた。
そして言った。
「では、行きます!」
ペーパーホワイトは飛び跳ねた。飛び跳ねて紙を空中にまき散らした。
「ペーパーホワイト。参上。」
──
ペーパーホワイトは紙を武器にしていた。
よって、そのままの状態では彼女の攻撃に威力は無かった。しかし、彼女は紙を魔力でコーティングし、硬度を上げたり自在に操ったりして攻撃の手段としていた。
普段から魔力を多用する戦闘方法のおかげか、ペーパーホワイトの魔力量は魔法少女モノクロームの三人の中で突き抜けていた。
宙に浮いたり、紙人形を作り出したりなど、攻撃の多様さも一番豊富で、一番ユニークな戦い方ができた。
こう聞くと、弱点のない万能型に思えるかもしれないが、しっかりと弱点があった。
それは当然、単純な威力不足だ。
軟弱な紙を魔力でコーティングし、攻撃の手段にしていると言っても、彼女はあくまでサポート型。ロックブラックとシザースグレーの後ろで嫌がらせのような攻撃をするのが、彼女の役目だった。
ペーパーホワイトはネコ怪人に向けて紙吹雪を放った。その紙吹雪は一枚一枚がガラスのような硬度をしており、ネコ怪人の肌を切り裂きまくった。
「ぎいいいニャァァァァ!!!」
ネコ怪人の悲鳴を聞きながら、ペーパーホワイトは明らかに過剰な量の紙吹雪を撒き散らし続けていた。魔力でコーティングされた紙吹雪が、ネコ怪人の身体を切り裂き続けた。
ペーパーホワイトの必死な行動は、怪人に対する恐怖からきた行動であった。怪人に極力近づかないような戦い方。威力が弱く効率の悪い攻撃を遠くから大量に打ち続ける戦い方。
塵も積もればなんとやらとは、まさにこのことだった。一つ一つの威力は儚い紙吹雪だが、数千にもなれば怪人の体をぐちゃぐちゃにすることだって容易だった。
ペーパーホワイトの紙吹雪に切り刻まれ続けたネコ怪人は、ぐちゃぐちゃの肉になって消滅した。
怪人が消滅を始めるまで、実に五分もの間、ペーパーホワイトは紙吹雪を散らし続けた。ペーパーホワイトの魔力は既にオーバーヒートしていた。
「はあ、はあ。」
冷や汗を垂らした。ペーパーホワイトは怪人が消滅していく様子を眺めながら額の汗をぬぐった。
その顔は極度の緊張と恐怖から解放された反動で、薄い笑みを浮かべていた。
いつの間にか虚空から出現したデビちゃんが,ペーパーホワイトの薄ら笑いを見てからかうように言った。
「相手が柔らかい怪人でよかったな。」
「……。」
ペーパーホワイトは何も言わなかったが、しかしデビちゃんの意見は本当に正しいものだった。怪人が固い守りを持っていたら、例え紙吹雪が数千であっても十分間撒き散らし続けてもダメージを与えることはできなかっただろう。
ペーパーホワイトは今日の幸運に甘えないよう、自分の頬をつねって心を律した。
ペーパーホワイトはシザースグレーの背中を思い出した。いつも自分の前に立ち、どんな怪人に対しても勇敢に挑んでいたシザースグレーの姿を。
ペーパーホワイトは俯き、自分の手のひらを見つめた。そして、声を震わせながら言った。
「認めたくはないですが、一人で戦うことが怖いです。」
突然胸の内を明かしたペーパーホワイトを見て、デビちゃんは目を見開いた。
尻尾を振りながら、デビちゃんは言った。
「シザースグレーはそれをやろうとしていたんだよ。この先一生な。」
──
シザースグレーは夢を見ていた。
夢の中で、シザースグレーは普通の少女だった。魔法少女の戦いを傍から眺めて、憧れちゃったりなんかしている、ごく普通の少女。
「お母さん!」
シザースグレーにお母さんはいないのだが、しかし、夢の中だからだろうか。顔面を黒く乱雑に塗りつぶされたお母さんに、少女のシザースグレーは話しかけた。
「魔法少女ってかっこいいね!」
そう言うと、お母さんらしき人物は聞き覚えの全くない優しい声で言った。
「そうね。かわいくてかっこいいわね。」
お母さんらしき人物の言葉に、シザースグレーは満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
まるでそのお母さんを本当のお母さんとでも思っているみたいに。
「うん!」
そこへ、これまた顔面を黒く乱雑に塗りつぶされたお父さんらしき人物が走ってきた。
「おい! そんなとこにいたら危ないぞ! 魔法少女を見たいのはわかるが、戦いに巻き込まれでもしたら死んじゃうぞ!」
お父さんらしき人物の声に従って、お母さんらしき人物とシザースグレーはその場を離れた。
お母さんらしき人物がシザースグレーを抱き上げた。シザースグレーはお母さんらしき人物に質問した。
「でもお母さん。どうして魔法少女はあんなに戦えるのかな。私は皆の為だからって、そんなに優しいことできないよ」
すると、お母さんらしき人物は答えた。
「魔法少女が、そういう生き物だからよ」
その言葉にシザースグレーは首を傾げた。
「え? どういうこと?」
「魔法少女は、戦うために生まれてきたの。皆を守るために生まれてきたの。魔法少女の存在価値はみんなのために戦い、皆のために尽くすことなの。それができない魔法少女はいらないのよ。」
お母さんらしき人物の顔を見つめていた。黒く塗り潰されていて分からないが、シザースグレーには黒く塗り潰された奥で、お母さんらしき人物が微笑んでいるように見えた。
「お母さん、それってなんか……。」
そう言うと、お母さんらしき人物が割り込んで言った。
「良かったわ。貴方が魔法少女じゃなくて。」
そこで目が覚めた。
ぐっしょりと、服が汗で濡れていた。
外は大雨が降っていて、雨粒が窓を叩く音がうるさかった。
普段は夢の記憶など全く残らないのだが、今日の夢は嫌というほどに鮮明に思い出せた。
「……あは。嫌な夢。」
シザースグレーはいつの間にか流れていた涙を拭きとった。
「私は……魔法少女だよ……。」
──
ペーパーホワイトが怪人を倒した次の日。
屋上に登ってきたのはシザースグレーでもなく、ペーパーホワイトでもなく、ロックブラックだった。
ロックブラックは暗い表情のまま、屋上へ足を踏み入れた。デビちゃんは扉が開かれる音で目を覚まし、ふわふわとロックブラックに近づいた。
デビちゃんはペーパーホワイトに選択を迫ったあの日、ロックブラックの豪邸にも訪れ、あの選択を──お願いをしていた。
シザースグレーを救ってくれ。と。
「卑怯だよ……。」
ロックブラックはそう言って泣いた。
「すまん。」
デビちゃんはそう言って,ロックブラックの豪邸を後にした。
「ロックブラック。ありがとな。」
デビちゃんは屋上に登ってきたロックブラックにまず感謝を伝えた。ロックブラックはデビちゃんが素直に感謝することの珍しさに驚いて顔を上げる。
「ど、どうしたのデビちゃん。キャラ変したの?」
ロックブラックの驚いた顔を見て、デビちゃんはこれまた素直に笑った。
「確かに。お前らと出会ってから、俺のキャラはブレまくりだ。」
そう言ってデビちゃんが笑うと、ロックブラックもつられて笑った。
「ところで、ペーパーホワイトは?」
ひとしきり笑ってからデビちゃんが尋ねると、ロックブラックは溜息をついた。
「……私も、怪人を一人で倒す経験をした方がいいって言って、来てくれなかった。」
「それは……なかなかスパルタだな……じゃあ何だ? これからは交代しながらやって行くのか?」
「嫌だよそんなの。次からは引きずってでも連れてくるんだから。」
それを聞いてデビちゃんは「それがいい。」と笑った。
ロックブラックはデビちゃんが吐き出した武器を受け取った。ロックのブラックの武器は石であった。それを自分の手に装着し、手と一体化させ殴りまくるのが彼女の戦闘スタイルだ。
ロックブラックは石を手に装着した……のだが、なかなか変身をしなかった。それを見たデビちゃんはロックブラックにからかうような口調で話しかけた。
「お前、大丈夫かなぁ。」
デビちゃんがそう呟くと、ロックブラックはデビちゃんをキッと睨んだ。
「は?」
デビちゃんはロックブラックを煽るように過剰な演技をしながら言った。
「いやな? 魔人にボコられた時、一番ぐちょぐちょに泣いてたのはお前だったなぁと思ってよ。」
「は!? 私は泣いてない!」
「……その嘘は無理あるだろ。」
「泣いてないったら泣いてない!」
「あっそ。」
ロックブラックはデビちゃんを無視するように「変身!」と叫んだ。すると、彼女の体はたちまち黒い天幕に包まれ、魔法少女へと変身した。
ロックブラックは拳を打ち鳴らし、デビちゃんを睨んで言った。
「デビちゃんは怪人を倒した後に殴る。」
デビちゃんは安心したように微笑んだが、すぐに不吉な笑みへと表情を変えて言った。
「怪人と戦った後にそれだけの元気が残ってるといいな。」
「私を誰だと思ってるの。魔法少女ロックブラックは、もう何にも負けないんだ。」
そう言ったロックブラックだったが、デビちゃんには彼女の手が震えているのが分かっていた。
デビちゃんは彼女の頭を尻尾で叩き、そして言った。
「ハハ。やってみろ。」
ロックブラックは屋上から飛び跳ね、屋根を伝って怪人の下まで走った。
住宅街のど真ん中で民間人に詰め寄っていたのは、大きな剣を持った鎧の怪人だった。
「ヨロヨロォー」
そんなことを言いながら、剣を片手に、民間人の前で"何か"をしていた。
「待て!」
その間に飛び降り、ロックブラックは名乗りを上げた。
「民間人に手出しはさせないぞ! ロックブラック参上!」
ブラックロックは名乗り上げるとともに、鎧怪人の腹に一撃をお見舞いした。
しかし、鎧怪人は少し後ずさるだけで、ロックブラックの攻撃によってダメージを受けた様子はなかった。
当然だった。鎧怪人の身体は鎧であり、物理攻撃が簡単に効くような相手ではないのだから。
ロックブラックはこの前のペーパーホワイトと同様に焦っていた。とにかく早く決着をつけてしまおうと雑な攻撃をしてしまった。鎧怪人はロックブラックの攻撃にイラついたのか、力任せにその巨大な剣を振り下ろした。
ロックブラックは追い詰められていた民間人を抱きかかえて、攻撃を回避し、飛び跳ねて距離を取った。
「あ、ありがとう……。」
ロックブラックの腕の中で、大学生くらいのお姉さんがお礼を言った。
「どういたしまして。」
ロックブラックはお姉さんに笑顔を見せた。その笑顔はお姉さんに恐怖を与えないための演技であり、虚勢だった。
ロックブラックの心は恐怖で埋め尽くされていた。今にも泣きだしてしまいそうなほどに。
「ダメダメダメ! 弱気になっちゃダメ!」
ロックブラックは姿勢を整え、鎧怪人を見た。鎧怪人はコンクリートを粉砕した大剣を重そうに持ち上げてロックブラックを睨んだ。
しばしの沈黙が流れた。
ロックブラックは考えていた。どのようにすれば怪人にダメージが与えられるのかを。
(私は不器用だからペーパーホワイトのような繊細な魔法は使えない。できる魔法と言えば、せいぜい身体能力を強化するくらい。でも、相手の身体は鎧。身体能力を強化したところで、物理攻撃が聞くかどうか……。)
ロックブラックが考えているうちに、鎧怪人は行動を開始していた。そのごつい見た目に似合わない気の抜けた、しかし大きな雄たけびを上げながら、剣を振り下ろした。
「ヨロォー!」
ロックブラックは背後に飛び跳ねることでその攻撃をかわしたが、鎧怪人が振り下ろした剣がコンクリートを破壊し、飛び散った石の礫がロックブラックを襲った。
「くっ!」
石の礫を腕で防ぎながら考えた。
いや、正確には……諦めた。
地面に着地したロックブラックは石と化している自分の拳を打ち合わせて叫んだ。
「どうせ私には、脳筋でぶん殴ることしかできないのよ!!!」
石と化している拳から徐々に、腕、肩とどんどん石化が侵食していった。ロックブラックは苦悶の表情を浮かべた。
まだ、ロックブラックはこの必殺技を使いこなすことができていなかった。それはシザースグレーの『両断鋏』と同じように、自分の武器に魔力を流し込み一時的な進化を可能にする必殺技。
その名も──。
「連黒弾岩!」
ロックブラックの両腕は、真っ黒な岩石と化していた。
鎧怪人がロックブラックに向け、大ぶりの横薙ぎを放った。ロックブラックはその横薙ぎを腕を盾にして受け止めると、そのままスライドさせ、摩擦による火花を散らしながら鎧怪人の懐に入り込んだ。
そしてその勢いのまま、ロックブラックは怪人の腹を思いきりぶん殴った。
「ヨロッ!?」
すると、鎧怪人の鎧が凹んだ。
鎧怪人が焦ったような声をあげた。ロックブラックの心はいまだに恐怖でいっぱいだったが、その声を聞いて少し余裕が生まれた。
「そこね! あんたの弱点はそこなのね!」
ロックブラックが鎧怪人との距離を詰めた。鎧怪人も負けじと大剣を振るうが、ロックブラックの両腕を砕くことはできなかった。
「ていうか、よく見れば思いっきりハートマークが書いてあるじゃないのよ!」
先程ロックブラックが凹ませたお腹。そこに、あからさまなハートマークが刻まれていた。
ロックブラックがハートマークを殴ったのはおそらく無意識だが、無意識が運良く功を奏した。
ロックブラックは鎧怪人の大剣を受け止めると、鎧の隙間に手を差し込んだ。
「ヨロッ!?」
ロックブラックは狂気に満ちた顔で叫んだ。
「たぶん痛いわよ!」
そう叫ぶと,ロックブラックは全身に力を込めて、鎧怪人の鎧、すなわち皮をバキバキと剥がし取った。
鎧怪人にとっては、生きたまま皮を剥がれているかのような生き地獄であった。悲痛な悲鳴をあげながら、後ずさった。
ロックブラックはその隙を見逃さなかった。後ずさり隙を見せた鎧怪人の体内に手を突っ込んだ。
そこには、ハートマークの拍動する内臓があった。
「分かりやすくて助かったわ!」
ロックブラックは鎧怪人の体内に突っ込んだ手でその内臓を掴み、ブチブチと無理矢理摘出した。
「ヨ……。」
ハートマークの内臓を取られた鎧怪人は、大きな音を立てながら崩れ去った。
そこには、ただの鎧が転がっていた。
「はあ……はあ……。」
ロックブラックの両腕が真っ黒な岩石から、少女の柔肌へ戻っていった。そして彼女は力尽きたように地面に手をついて荒い呼吸をした。
それでも怪人が消滅しているかどうかの確認は怠らなかった。
ロックブラックは疲れによるぼやけが酷い目でしっかりと鎧怪人が消滅していくのを確認すると、その場に仰向けで寝転がった。
「よう。お疲れ。」
怪人を見事退治してみせたロックブラックに、デビちゃんがスポーツドリンクを手渡した。ロックブラックはスポーツドリンクを受け取りながら、デビちゃんに微笑んだ。
「怪人退治って……こんなに疲れるものだっけ?」
ロックブラックの言葉に、デビちゃんは意地汚く笑いながら返答する。
「へへ。それはお前が怖がってるからだよ。」
「誰が、何を怖がってるって?」
ロックブラックはデビちゃんを睨んだ。鋭い目線で睨まれたデビちゃんは、しかし高笑いをして言った。
「元気じゃねぇかよ。ロックブラック。よかったよかった。」
ロックブラックは怪人との戦闘が始まる前のことを思い出していた。
「そういえば、デビちゃんのことを殴る約束があったんだよね。」
「約束ではねえぞ。」
ロックブラックはのろのろと立ち上がると、デビちゃんに向けて拳を振り下ろした。
「デビちゃんはいつもうるさい!」
しかし、疲れ切ったロックブラックの攻撃がデビちゃんに当たるはずもなく、デビちゃんはゆらりと回避しながら馬鹿にするように笑った。
「お前のためを思ってんだよ。もっと冷静になれってことだ。ハハハ。」
「それは他の二人がやってくれるからいいの! 私の役目は相手に特攻して隙を作ることなの!」
ロックブラックはそれから、何度もデビちゃんに拳を振るったが、遂に彼女が力尽きて眠ってしまうまで、彼女の拳がデビちゃんに当たることはなかった。