でびちゃんの親心
シザースグレーは荒い呼吸をしながら両断したライオン怪人の身体を見つめていた。
ライオン怪人の爪は鋭く、その牙は一度噛みつかれれば重傷どころではない禍々しさだった。しかし、シザースグレーはほぼ無傷でライオン怪人を退治することに成功した。
シザースグレーはハサミに反射した自分の姿を見つめた。
「強く……なってる。それも、すごく。」
シザースグレーは自分の実力が向上しているのを感じて思わずニヤついた。修行の成果を感じることは修行を続けるために一番大事なことである。それがなければモチベーションなど保てるはずがない。
ライオン怪人の身体はゆっくりと消滅していった。シザースグレーはそれを見届けると、変身を解いて「ふう。」と息を吐いた。
虚空からデビちゃんが現れた。シザースグレーが無言でハサミを渡すと、デビちゃんは大きな口を開けてハサミを飲み込んだ。
「……。」
デビちゃんが話しかけてきた。
「おい。大丈夫か?」
シザースグレーはデビちゃんの質問の意図が理解できなかった。だから、素直に「なんで?」と聞き返した。
デビちゃんは「何でも何も。」と呆れながら言った。
「荒れた呼吸が治まってないぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
デビちゃんの言葉にシザースグレーは首を傾げ、自分のおでこを触りながら言った。
「自分じゃよく分かんないや。デビちゃんが触ってよ。」
シザースグレーはそう言って、デビちゃんにおでこを差し出した。デビちゃんはシザースグレーのおでこに触れた。
そして、目を見開いて、次に呆れた顔をした。
「これは……完全にアウトだ。信じられないくらい熱いぞ。さっさと帰って休まないとダメだな。」
デビちゃんの言葉を聞いて、シザースグレーは言った。
「大丈夫。デビちゃんは心配性だよ。私ね? 病気になったことがないの。だから大丈夫。」
「いや、これは病気とかではなく……。」
シザースグレーはデビちゃんに対してガッツポーズをして見せたが、しかし、次の瞬間にはふらふらと倒れ始めた。
「お、おい。シザースグレー!」
デビちゃんが倒れたシザースグレーに近づいて身体を支えた。
「おい!大丈夫か!」
頭がぐらぐらしていた。そういえば、体の節々が痛かった。そして、妙にふわふわしていた。
(なんだろうこれ。)
シザースグレーの「病気になったことがない」という発言は嘘でもなんでもなく、彼女は本当に病気になったことがなかった。それは、魔法少女の魔力による影響だった。
シザースグレーにとって、『だるい』という感覚は初めてのものであった。
デビちゃんは小さな声で「仕方ねえな。」と呟き、シザースグレーの身体を持ち上げて浮遊した。
「これは熱とかじゃなくて、魔人の魔力を取り込んじまった副作用だよ。」
デビちゃんの小さな体が、シザースグレーを持ち上げている様子は不自然極まりなかった。
サイズ感としては,人間が車を担ぎ上げている感じだった。
(デビちゃんってこんなに力持ちだったんだぁ。)
デビちゃんはシザースグレーの家のドアを尻尾で開け、シザースグレーをベッドに転がした。
シザースグレーの視界の端に、自分を見つめるデビちゃんの顔が写っていた。その顔はどこか、悔しそうな顔をしていた。
シザースグレーはその悔しそうな顔を見たとき、(最近、デビちゃんは笑顔を見ていないなぁ。)と思った。
(デビちゃんは悪魔のようにニヤリと笑っているのがよく似合っていたのに。)
しばらくすると、デビちゃんは部屋の窓を開けて外に飛んでいった。
飛び立つ前に何かの魔法を使用したようだったが、シザースグレーの虚な頭ではそれがなんだか分からなかった。
──
コンコン。と窓が叩かれた。
そこは森の中にある不思議な高い塔。誰も知らない、知ることができないその塔の内部には、大きな螺旋階段があった。
その螺旋階段の壁一面には、もはや数えることなど不可能なのではないかと思えてしまうほどの本が並べられていた。
そこに暮らしているのは、魔法少女ペーパーホワイトだった。
塔の最上階。居住スぺースにて、ペーパーホワイトは今日も本の世界に潜っていた。しかし、ノックの音で本の世界から引き戻された。
ペーパーホワイトはハンモックから降りて窓にかかっているカーテンを開いた。すると、そこには小さな翼を動かしながら、ふわふわと浮遊しているデビちゃんがいた。
ペーパーホワイトが窓を開けると、デビちゃんは「よう。」と言って遠慮なく部屋の中に入り、テーブルの上に座った。
ペーパーホワイトが無表情で機械のように告げた。
「何用ですか。まだ三日間は猶予があるはずです。」
ペーパーホワイトが言った三日間の猶予とは、デビちゃんにもちかけられた『魔法少女を続けるか、魔法少女をやめるか。』という選択の話だった。
デビちゃんは以前、ロックブラックにこの話をもちかけた後、ペーパーホワイトにも同じ話をしていたのだ。
デビちゃんはペーパーホワイトの言葉に答えた。
「そうなんだけどな。そんな悠長なことを言っていられなくなっちまった。」
デビちゃんはテーブルの上に置いてあった読みかけの本から栞を抜き取ってピラピラと振った。
「シザースグレーがよ。倒れちまったんだよな。」
ペーパーホワイトはデビちゃんが栞を抜き取ったことには表情を変えなかった。しかし、シザースグレーの情報を聞いて顔を真っ青にした。
そして、走り出した。
「どこへ行く!」
デビちゃんがペーパーホワイトの背中に叫んだ。
すると、ペーパーホワイトの身体が、何かに拘束されたかのように動かなくなった。
ペーパーホワイトはゆっくりと振り返りながら、深刻な顔をして言った。
「シザースグレーの所に……行くんです!」
デビちゃんはペーパーホワイトに近づき、静かな声で言った。
「お前が今からしなくちゃいけないのは、シザースグレーを見舞いに行くことではなく、シザースグレーの代わりとなって魔法少女に復帰するかどうか考えることだ。それが、見舞いに行くよりもシザースグレーのためになる。」
デビちゃんがそう言うと、ペーパーホワイトは泣きそうな表情を隠すように俯いて黙り込んだ。
「考える時間はあっただろ? 悪いが今すぐ答えを出してくれ。」
デビちゃんがペーパーホワイトの頭の上に、さっき抜き取った栞を乗せた。
黙っているペーパーホワイトを見て、デビちゃんはさらに続けた。
「お前らの気持ちは分かっている。分かっているし、すごく同情もしている。だけどな。お前ら以上に苦しんでいるのがシザースグレーなんだよ。あいつはお前らが休んでいる間に、一人でクソほどきつい修行をして、何度も怪我して死にかけて、そんなことをして無理矢理実力を向上させた。それでも、無理なもんは無理だった。俺はこれ以上、アイツに無理はさせたくないんだよ。その気持ちはお前も同じだろ?」
デビちゃんの言葉にペーパーホワイトは小さく頷いた。
「あの時は、魔法少女を続けるか、それとも止めるかって二択を迫ったけどな。今回はお願いだ。どうか、シザースグレーを救ってくれやしないか。」




