サンダー!!!!!!
「……ただいま。」
会議室に戻ったクラウドをミスト達が出迎えた。
クラウドはいつも通りの張り付けられた笑顔だったが、しかしミスト達はクラウドの異常を目ざとく察知していた。
「クラウド。大丈夫?」
ミストがクラウドに話しかけた。するとクラウドは張り付けられた笑顔のまま答えた。
「いやぁ。参ったよ本当。洗脳にかかっているのはレインだけだと思っていたのに、いつの間にか俺もかかっていたみたいだ。」
クラウドはヘラヘラと笑いながら椅子に座り手を組んだ。そんなクラウドを見て、ミストは思わず冷や汗を垂らした。
「それが本当なら、笑い事じゃないんだけど……。」
そう言ってクラウドを見つめた。
「いやいや、睨まないでよミスト。俺が悪いことをしたわけじゃないでしょ?」
「別に睨んでない……。」
クラウドは少し真面目な顔をすると、静かに言った。
「でも、いつ洗脳をかけられたんだろうね。あの魔法少女は洗脳をかけるような魔法も使っていなかったし、そんなそぶりすら見せなかったんだけどね。」
クラウドは笑った。
「洗脳。かかってみたいと思ってたけど、いざかかってみると気分は最悪だね。まじで、鬱だよ。」
ミストはこんなにも心にダメージを受けたクラウドを見たことがなかった。
クラウドは日頃から結構鬱になって部屋に閉じこもるのだが、それは定番ネタみたいなものだ。ほっとけば治った。
しかし、今回の鬱はきっと本物だ。
「魔法少女が洗脳したわけじゃないなら、私が適当に言った説が有力になってきちゃうね。魔法少女じゃない誰かが私達を洗脳してるって説。」
ミストはそう言いながら、頭の中を整理した。
「しかし、他の誰かっていったい誰なんだ? おそらく洗脳の内容は『魔法少女にとどめを刺せなくなってしまうこと』なわけだけれど、そんな中途半端な洗脳をかけて得をする奴っていったい誰なんだろう。」
ミストがぶつぶつと呟いていると、サンダーがテーブルの上に飛び乗って叫んだ。
「犯人が誰か分からないから警戒のしようがないね!」
サンダーがテーブルの上を歩いてミストの前に来た。
「でもね。一個だけ解決方法があるよ!」
ミストはサンダーのニコニコな笑顔を見た。
「解決方法って?」
「ここから魔法少女を排除しちゃえばいいんだよ!」
そう言ったサンダーは、アホ毛を無邪気に揺らした。ミストはサンダーの無邪気な意見に思わず微笑んだ。
「ふふ。確かにそうかもしれないけど、ここから魔法少女たちを攻撃することなんてできないでしょ?」
ミストがそう言うと、サンダーがニッコリ笑った。
「できるよ!」
ミストはサンダーの頭を撫でた。正直、信じていなかった。サンダーはお馬鹿さんなので、今回もただのおふざけだと思っていたのだ。
ミストは先ほどからずっと俯いているクラウドに話しかけた。
「レインとクラウドがかけられた洗脳が本物だとしたら、二人は未来永劫、魔法少女を殺すことはできない?」
「……かもね。」
ミストに意見をスルーされたサンダーが頬を膨らませて地団駄を踏んだ。その振動でテーブルの上に乗っていた食器やおもちゃが床に落ちていった。
それをウインドが手を使わずにふわりと受け止めた。そしてウインドはサンダーを叱った。
「サンダーちゃん。ダメでしょ!」
「だってぇ!」
サンダーはウインドに抱きつきながら「だってミストが無視するぅぅぅ!」と泣いた。ミストは思わず苦笑いをした。
「魔法少女なんて、サンダーにかかればここから排除できるのにぃ。」
サンダーの言葉にミストは首をかしげた。
「え、本当にできるの?」
「さっきからそう言ってる!」
サンダーはアホ毛をゆらゆらと揺らしながら目をつぶって集中し始めた。
サンダーの周りにバチバチと魔力が漂い始めた。ミストはサンダーが集中している様を久しぶりに見た気がして少し驚いた。サンダーもこんな真面目な顔ができるんだなと。
サンダーは真剣な顔で静かに言った。
「サンダーには全部が見えてるから、魔法少女の居場所もわかる。だから、ここから雷を落として魔法少女を排除してやる。」
ミストは驚きの表情でサンダーを見つめた。先ほどからメンタルがぶっ壊れ続けているクラウドも驚きの表情でサンダーを見た。
「そ、そんなことができるの?」
ミストが問うと、サンダーは「さっきからできるって言ってるでしょ! 二回目!」と答えた。
サンダーはモゴモゴと何かを唱えだした。
「ビリビリゴロゴロバリバリドンガラ……。」
ミストとクラウド、そしてずっと黙ってニコニコしていたウインドもサンダーを見つめた。
「ビリビリゴロゴロ……。」
サンダーは詠唱を続けた。
「バリバリ……ドンガラ……。」
サンダーが詠唱を続けた。
「ビリ、ビリ……ゴロ、ゴロ……。」
サンダーが詠唱を続けた──のだが、その表情が段々と曇り始めていた。
「あ、あれ? あれれ?」
そして、あからさまに狼狽え始めた。ミストは嫌な予感がして息を呑んだ。
(待って。そんなことある……?)
ミストは最悪の場合を想像してしまった。最悪の場合とはすなわち『サンダーがすでに洗脳されている』ことであった。
サンダーは外に出ると何日も帰ってこれなくなるほどの迷子体質であり、魔王様の命令でほぼ軟禁状態の暮らしを続けていた。
要するに、魔王城からほぼ出ていない。人間界にも行っていない。
(魔王城から出ていないサンダーがすでに洗脳されている? もしそうだとしたら、まだ魔法少女に会ったことのない私もウインドも……。サンだって洗脳されている可能性があるじゃないか……。)
「サ、サンダー?」
ミストが声をかけると、サンダーは黙り込んで俯いた。ミストは自分の体温が急激に下がっていくのを感じた。
そして、天真爛漫なサンダーは、突然その丸い目から涙を零した。
「……ふえぇ。」
サンダーが嗚咽を漏らしながら泣き始めた。サンダーは「ウインドぉ〜。」と言いながら、ウインドに抱きついた。
「あらら……サンダーちゃん、どうしたの?」
「わかんない。わかんないよぉ。」
サンダーはそう言ってウインドの胸に顔を埋めて泣き出した。
その様子を見ながらクラウドは「ハハ……。」と顔を青くしながらミストを見た。
ミストもクラウドを見た。ミストの顔は絶望を浮かべていた。
「嘘でしょ。すでに洗脳にかかっているというの……?」
ミストが椅子に体重を預けて天井を仰ぎ見ると、クラウドが小さな声で言った。
「これは、やばいね。」
サンダーがしくしくと泣き続ける音が会議室に響いた。




