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勝利と頭ナデナデ

 シザースグレーは怪人から溢れる血を見ながら額の汗を拭いて、荒い呼吸を整えるために深呼吸をした。


「やった……」


 そう小さく呟いた。そして、自分の成長を実感した。


「あ」


 しかし、シザースグレーは前のめりに倒れてしまった。変身が自動的に解除された。


「さすがに、限界だったかな……」


 身体が全く動かないのを感じて、少し苦笑した。


「そういえば、デビちゃんも今日くらいは修行やめとけって言ってたっけ……。なのに私、デビちゃんに酷いこと言ったかも。あとでなんか買ってあげよう……」


 そんなことを言いながら、霞む視界をボッーと眺めていた。

 しかし、あることに気付いて意識が覚醒する。

 魔法少女は汚れない。

 汚れたとしても手でパッパッと払えば簡単に汚れを落とすことができる。

 しかし、制服は違う。

 変身が解除されたということは、今のシザースグレーはただの制服姿。

 恐る恐る見てみると、シザースグレーの制服は怪人の血に塗れてビチャビチャになっていた。

 もう真っ赤っかである。


「あー……」


 語彙力をかなぐり捨てた哀しみの悲鳴が鬱蒼とした森の中に細く響く。

 シザースグレーはもう一度身体が動かないことを確認して「最悪」と呟いた。


「大丈夫か?」


 いつの間にか現れたデビちゃんが、倒れているシザースグレーを見て話しかけた。

 デビちゃんはシザースグレーの泥だらけ&返り血だらけの顔を見て、悲しそうに「あーあ」と苦笑した。

 シザースグレーは苦笑するデビちゃんに向けて、ピースをした。


「やったよ。この怪人はいつもより強かった気がするけど、ちゃんと倒せたよ」


 シザースグレーはそう言って微笑んだ。

 疲労で一ミリも動かせない身体。変身を維持できないほどの限界。泥と血に塗れた制服。

 デビちゃんはどこか無理のある笑顔で言った。


「途中で呪いを解いてやればよかったな」


 シザースグレーも笑顔で言った。


「呪いがかかった状態でこの怪人を倒せたということは、呪いを解除すれば簡単に倒せるっていうことでしょ? それってすごいことだよ。私強くなった。強くなったよ」


 そう言って笑い「解かないでくれてありがと」と言った。


「へいへい」


 デビちゃんは照れ隠しのように、尻尾で頭を掻いた。


「メンメン」

「え?」


 倒したはずの怪人が立ち上がっていた。

 血が抜けて、細くしぼんだ頭部は真っ黒に染まっていた。

 怪人の頭部には、もはや仮面が一つも残っていなかった。怒の仮面と楽の仮面はシザースグレーが剥がしたわけではなかった。なのになぜか地面に散らばっていた。

 仮面がないので怪人の感情が全くわからない。まるでのっぺらぼうだった。


 シザースグレーはここにきて、自分の生死に関わるミスをしていたことに気付いた。

 怪人は絶命させると消滅する。普段のシザースグレーは変身を解く前に怪人が消滅していくのをしっかり確認していた。

 しかし今回は、怪人を倒してからすぐ、シザースグレーも倒れてしまったので、その確認をしていなかった。


(……詰めが、甘々)


 怪人のしぼんだ頭の中から、皮膚を突き破って無数の触手が伸び始めた。イソギンチャクのような触手であった。

 その触手が動けないシザースグレーを襲った。手足を拘束し、宙づりにした。

 変身をしていない状態のシザースグレーでも、全ての競技で全国制覇が余裕なレベルの身体能力はもっているのだが、その程度では怪人に対抗できない。

 変身していないシザースグレーの身体は柔肌プルプルスベスべで、簡単に壊されてしまうだろう。


「仕方ねぇか……!」


 デビちゃんが尻尾を鋭く変形させた。それを見たシザースグレーは「ダメ!」と叫んだ。


「デビちゃん!」


 シザースグレーは叫んだ。


「ハサミ!」


 デビちゃんが歯を食いしばりながらシザースグレーのハサミを拾った。

 しかし、シザースグレーの手足は怪人の触手で拘束されていてハサミを渡せるような状況ではなかった。


「刺して!」


 シザースグレーがそう叫ぶと、デビちゃんは悲壮な顔をした。

 シザースグレーは覚悟を決めて頷いた。

 デビちゃんは最後まで悩んでいたが、怪人が拳を構えるのを見て決意した。


「……ッ、すまない!」


 デビちゃんはそう言って、シザースグレーの太腿にハサミを突き刺した。


「ぐっ、あああ!」


 自分の喉から出たとは思えない悲鳴だった。しかしその甲斐あって、シザースグレーは変身に成功した。魔法少女が変身するためには、専用の武器に触れていなければならないのだった。

 手足を完全に拘束され、武器を握ることができないシザースグレーが変身する方法は、武器を咥えるか、身体のどこかに突き刺すかくらいしかないのだった。

 シザースグレーは力任せに怪人の顔面を蹴り飛ばし、触手から逃れた。しかし地面に上手く着地することができず、無様に転がった。


「うう」


 地面に転がったシザースグレーは、ハサミが突き刺さっている左足の壮絶な痛みに耐えながら怪人を見た。

 しかし、怪人は既に姿を消していた。

 どこに行ったのかと周りを見回すと、シザースグレーに降り注いでいた木漏れ日がふいに遮られた。

 シザースグレーは顔をあげた。


「ッ!」


 シザースグレーの上に、大きな物体が迫っていた。それは、怪人のボディプレスだった。


(ああ、死んだ)


 そしてシザースグレーは、目を閉じた──


 ──


「やめろ」


 シザースグレーが目を開けると、怪人の全体重を片手だけで支えている男がいた。

 巨大な怪人が片手の上に乗っている様子は、あまりにも不自然で、夢でも見ているのかと思った。

 その男は、シザースグレーをボコボコに痛めつけ、ロックブラックとペーパーホワイトの心を修復不可能なほどに折り砕いたあの男。

 魔人レインだった。

 レインはボディプレスを阻止したまま、怪人の身体に魔力を流し込んだ。すると、怪人の身体はみるみる修復されていった。

 シザースグレーが与えたダメージの全ては、たったの数秒で完治された。


「……メン?」


 怪人は首をかしげて周りを見た。そしてレインを見つけると慌ててお辞儀をした。

 レインは指先から水滴を一粒垂らし、地面に水溜りを作り出した。

 そして、作り出した水溜りに怪人を押し込んだ。


「お前は帰れ」


 レインがそう言うと、怪人は「メンメン」と何かを言いながら水溜まりの中に入っていった。

 シザースグレーはその一部始終を見て、とにかく困惑していた。

 もう何も理解できずにとにかくポカンとしていた。


(私を守った?)


 それが、ポカンと思考を放棄した頭に浮かんだ考えだった。

 あのまま怪人に踏みつけられていれば、シザースグレーは押し潰されて死んでいた。

 それを敵だと思っていたレインが阻止してくれた。


(??? どういうこと?)


 レインは困惑するシザースグレーに近づいた。

 シザースグレーは逃げようと思ったのだが、体を上手く動かせなかった。それはそうだ。太腿にハサミが突き刺さったのだから。

 レインは無表情のまま、シザースグレーに話しかけた。


「大丈夫か?」


 そう言われたシザースグレーはさらに困惑した。


「は?」と、声を漏らした。


「どどどどど、どういうつもり、ですか?」


 シザースグレーは足の痛みすら忘れてひたすらに首をひねった。まるでフクロウみたいだった。

 レインはそんなシザースグレーの様子を気にすることなく、シザースグレーの怪我の具合を観察していた。

 そして、レインは頷いた。


「魔人の魔力は魔法少女には毒かもしれない。少し痛むかもしれないが、頑張ってくれ」


 レインはそう言って、シザースグレーの頭を撫でた。


「えええええ!?」


 シザースグレーは頭を撫でられ、その意味の分からなさからぶっ壊れた。

 しかし、すぐさま理性を取り戻すことになる。


「ぐッ……ああッ!!!!!」


 レインがシザースグレーの頭を撫でながら魔力を流し込んでいたのだ。

 シザースグレーはつんざくような悲鳴を上げた。魔人の魔力を注ぎ込まれているからなのか、よく分からないが、とにかく全身に形容し難い痛みが走った。

 しかしながら、こんなに痛いのに足の傷が塞がっていた。

 それ以外の小さな傷もレインの魔力によって綺麗に完治していた。

 シザースグレーの傷が完治した後、レインは立ち上がって呟いた。


「よし」


 その一言だけ呟くと、レインはシザースグレーに背を向けて歩きだした。

 シザースグレーは痛みに耐えきれず涙を流し、半分意識を失っていた。

 しかし、レインに傷を治してもらったことだけは分かっていたので、その背中に向けて声をかけた。


「あの、ありがとう、ございます」


 その途切れ途切れの感謝の言葉がレインに届いたかどうかはわからない。

 シザースグレーはお礼を言った後、すぐに気を失ってしまった。

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