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一人で

 シザースグレーが修行を決意してから一週間が過ぎた。

 デビちゃんの呪いを全身に受け、常人の何倍もの重力を受けたり、強制的に魔力を増やされたりしながら怪人の退治を続けてきた。


 シザースグレーは修行の中での戦闘で何度も死にかけた。今まで自分をサポートしてくれたロックブラックとペーパーホワイトがいないのだから危険度が上昇するのは当然だった。

 しかし、命を懸けているだけあって、その修業は確かな成果を生み出していた。


 屋上に登ったシザースグレーをデビちゃんが出迎えた。


 デビちゃんは最近、屋上で眠るのにハマっているらしい。シザースグレーのバッグに潜って学校にやってくると、すぐさまバッグの中から飛び立ち、屋上へ向かって眠りにつくのだった。

 そのおかげでデビちゃんの黒い身体が太陽に干されて、とてもふわふわしていた。


 シザースグレーは浮遊するデビちゃんを見ながら質問した。


「デビちゃん、太陽の光が苦手って言ってなかった?」


 デビちゃんは両手を広げて目を閉じ、太陽の光を全身に浴びながら伸びをした。


「日光浴ってやつの気持ち良さに気付いちまったんだよ。なんだか身体が満たされる感じがして気持ちいいんだぜ? お前もするか? 今なら俺の隣で寝ることを許可するぜ?」

「遠慮しとく」


 シザースグレーはデビちゃんの誘いを断りながら、ボーッと力無く空を眺めた。

 デビちゃんはシザースグレーに視線を移して問いかけた。


「それで、今日も一人か?」


 シザースグレーは溜息を吐きながらデビちゃんを睨んだ。


「毎回同じこと聞かないでよ。もうそれ十回目くらいなんだけど」


 デビちゃんは「ハハハ」と笑った。日光浴で満たされたのか、今日のデビちゃんは妙にご機嫌だった。


「次にそれ言ってきたらそのふわふわの毛を刈って、私の枕に混ぜてやるから」

「おいおい荒んでんなぁ。俺の故郷にすらそんな恐ろしいことをいう奴はいなかったぜ?」


 シザースグレーはデビちゃんの言葉を無視して「ん」と言いながら手を伸ばす。

 デビちゃんは「はいはい」と言いながら、ハサミを吐き出した。


 デビちゃんの口からハサミを引き抜くと、くるくるとバトンのように振り回してから、地面に突き立てた。すると、ハサミがカンッという締まりのいい音を鳴らした。


 小さな声で「変身」と唱えた。すると、いつもの通りにシザースグレーのことを黒い天幕が包み、魔法少女の衣装に着替えさせた。


 シザースグレーは灰色の髪の毛を揺らしながら深呼吸をした。


 デビちゃんは、黙々と変身するシザースグレーを見ながら、先程までのご機嫌な様子とは打って変わって、少し曇った表情をしていた。


 デビちゃんは修行の為とはいえ、シザースグレーに呪いをかけている。よってシザースグレーがどんな重荷を背負いながら戦っているのかを知っていた。


 同意の上で呪いをかけているとはいえ、どんどんボロボロになっていくシザースグレーを見ると、さすがに申し訳なさを感じた。


「……今日は呪い解いとくか?」


 デビちゃんの言葉にシザースグレーは笑った。


「ハハ。デビちゃんどうしたの? さっきまでのご機嫌デビちゃんはどこに行っちゃったのかな?」


 デビちゃんはシザースグレーの横顔を見て、眉間に皺を寄せた。


「お前、自分では気付いてないかもしれないけど、相当顔がやつれてるぜ? ちょっとオーバーワークなんじゃないか? 自分の限界を知らずに頑張るところはお前の悪いところだぜ?」


 デビちゃんの言葉にシザースグレーは耳を貸さなかった。


「なあ。今日くらいは修行しなくていいんじゃないか? チートデイってやつだよ、チートデイ」


 シザースグレーはデビちゃんを横目で見ながら言った。


「チートデイなんか甘えだよ。私はもっと強くならないといけない。そんなことしてる暇はない」


 髪の毛が風に揺れた。


「なあ、今日くらいは本当に……」

「デビちゃん。しつこい」


 シザースグレーはデビちゃんの言葉を左手で封じて鋭く睨んだ。


「デビちゃん本当にどうしたの? さっきはからかってきてたくせに、急にしおらしくなっちゃってさ。似合わないよ? そういうの」


 そう言って、シザースグレーは歩き出した。


「とにかく。私にかけた呪いは解かないでね」


 そう言って、屋上から飛び跳ねた。


 ──


 シザースグレーが飛び跳ねた先には深い森があった。

 まだ太陽が輝いている時間だったが、その森の中は鬱蒼とした緑が光を遮っており、まるで夜のように暗かった。

 森の中を進むと、そこには身長二メートルほどの怪人がいた。

 その怪人は不気味な印象を抱く悪趣味な仮面を三枚つけており、それぞれが怒、哀、楽を表していた。

 シザースグレーは怪人を見つけると、ハサミを構えて声をかけた。


「怪人!」


 シザースグレーの声に怪人が振り向いた。哀の仮面が正面らしい。


「悪いけど、修行の肥やしになって」


 シザースグレーはそう言うと、間髪入れずに走り出した。恒例だった魔法少女の自己紹介はやらなかった。そんなことは頭の片隅にすら残っていなかった。


「メンメン!?」


 怪人は間抜けな声をあげながら首を振った。その大きな隙をシザースグレーが見逃すはずがなかった。

 シザースグレーはハサミを大きく開き、初手から怪人の首を両断しにかかった。


(これで首を両断できれば、それはそれで結果オーライ。受け止めたり、避けたり、反撃してきたとしたら、そこからは第二フェーズだ)


 シザースグレーは怪人の首元でハサミの口を勢いよく閉じた。


「メン!?」


 怪人は咄嗟に、自らの腕をハサミと首の間に差し込んで、首を両断されるのをガードした。怪人の腕の皮膚がざくりと刃に切り裂かれた。


「メンメン〜!」


 怪人はあまりの痛みに叫び、シザースグレーから逃げ出した。


「待て!」


 シザースグレーはその背中を追おうとしたが(ん?)と違和感を覚えて立ち止まった。

 すると、怪人も立ち止まり、シザースグレーに向き直った。

 怪人の仮面がルーレットのようにぐるぐると回り、カチンと音を立てながら怒りの仮面に変わった。すると、怪人の身体が赤く変色し、筋肉が肥大化、身体の大きさは一回り大きくなった。

 怪人の肥大化した腕は、シザースグレーの腰よりも太かった。シザースグレーが細身なことを根底においても、その腕の太さは異常だった。


「メン!」


 怪人が肥大化した手のひらで、シザースグレーのことを横薙ぎで吹き飛ばそうとする。

 その横薙ぎに対し、シザースグレーはハサミを突き立てた。相手の攻撃に合わせて鋭い先端を突き立てる。修行の中で手に入れたカウンター攻撃だった。

 怪人の手のひらにシザースグレーのハサミが突き刺さる──ことはなかった。


 怪人の手のひらは肥大化と共に硬くなっていて、せいぜい血が出る程度にしか突き刺すことができなかった。

 シザースグレーは怪人の強引な横薙ぎに吹き飛ばされた。そのまま地面を転がって、木に衝突した。


「ぐッ……」


 深い緑の木の葉が振動で舞い落ちた。

 昨日の天気は雨だった。地面がまだ少しぬかるんでいた。そのせいでシザースグレーの衣装が泥だらけに汚れた。

 しかし、シザースグレーは衣装や顔に泥がついたことなど気にもせず立ち上がる。


(この怪人、強い……)


 シザースグレーの頭には汚れのことを考えている余裕がなかった。気を抜けば今すぐにでも殺される現場だからだ。


 怪人が「メンメン!」と雄たけびを上げていた。


(あの筋肉は脅威だ。あの筋肉が凶器を持っていなくてよかった)


 シザースグレーはあの暴力の権化のような筋肉が鋭い凶器を持っている姿を想像してゾッとした。そうであれば、シザースグレーはすでに死んでいただろう。


(だから、こいつはまだマシだ)


 これが、シザースグレーが修行の中で編み出したメンタルの保ち方だった。相手よりも恐ろしいものを想像して、目の前の相手の格を下げるのだ。


(時間をかけて身体を削り取っていくしかないかな……。ごぼうの笹掻きみたいに……)


 ごぼうの笹掻き。これもまた、シザースグレーが修行の中で編み出した身体の硬い敵に対抗するための戦い方だった。


 身体が鉄などで出来ているわけでなければ、大概の敵は身体を削ることができる。皮膚を一枚一枚薄く笹掻きしていき、柔らかい面が露出したところでハサミを突き刺す。

 見ていられないほどグロテスクな戦い方だが、今のところ、それが一番有効な戦い方だった。


 シザースグレーは怪人に向けて走り出した。

 怪人は、迫るシザースグレーを迎え撃つようにして、大砲のような筋肉パンチを繰り出してきた。

 シザースグレーはハサミを開き、怪人のパンチをスレスレで躱す。

 そしてハサミの片刃を怪人の腕に滑らせた。


「メッ!?」


 すると、ハサミが怪人の皮膚を薄く削り取った。

 皮膚笹掻き戦法はこの怪人にも有効なようだった。

 怪人が悲痛な叫びをあげた。いつの間にか正面の仮面が哀の表情に戻っていた。

 シザースグレーは止まらずに連撃を仕掛けた。怪人の懐に潜り込み、開いたハサミの片刃を、怪人の顔面と仮面の隙間に差しこんだ。


「メン!?」


 怪人が驚いたような声を漏らした。その声を聞いてシザースグレーはニヤリと笑う。


「やっぱり仮面が弱点だよね!」


 そう叫びながら、怪人の仮面を剥がし取った。

 ベリベリと耳を塞ぎたくなるようなグロい音が鳴り、正面だった哀の仮面が宙を舞った。


「メッェェ!!」


 怪人は哀の仮面を剥がし取られた痛みに震え、顔を抑えながら逃げるように後方へ飛び退いた。

 しかし、それでもシザースグレーの猛攻は止まらなかった。

 怪人が後方へ飛び退くのに合わせ、引っ付くように前進した。

 そしてハサミを閉じ、怒の仮面に殴りかかった。

 ハサミは閉じれば鈍器になる。これも修行の最中に気づいた戦い方である。


 しかし、さすがに仮面は頑丈で、叩き割ることができなかった。手が反動で痺れた。シザースグレーは顔を歪ませ距離を取った。

 戦場が一旦落ち着いた。


 シザースグレーは痺れた手を振りながら、怪人の出方を探っていた。

 仮面を剥がし取られた怪人は怒り狂っているようで、荒い息をしながらシザースグレーを睨んでいた。

 その時、シザースグレーはあることに気付いた。怪人の側頭部━━仮面を剥がしたことで露出した側頭部が、まるでプリンのようにプルプル震えていたのだ。


(ああ、そこが弱点なのね)


 思わず口角をあげて笑った。

 怪人はシザースグレーが笑ったのを見て「メンメン!」と雄叫びをあげた。そして、一直線に走ってきた。

 巨大な身体での突進はそれだけで十分な殺傷能力があった。シザースグレーの体くらいなら押しつぶすことができるだろう。


 しかし、シザースグレーはその場に立ち、怪人を待ち構えた。別にフィジカルで勝負しようというわけではない。シザースグレーには考えがあった。

 怪人との距離が迫った。命の危険が迫った。

 シザースグレーは怪人と衝突する寸前で高く飛びあがった。

 怪人は止まることができず、シザースグレーの背後にあった木へ衝突した。

 怪人の突進はぶつかった木を根元から倒壊させた。

 怪人の頭上に飛んだシザースグレーは、怪人のプリンのようなプルプル側頭部を見た。


「どうして完全無欠は存在しないんだろうねぇ!」


 そう叫び、怪人のプルプル側頭部に向けてハサミの刺突を繰り出した。

 ずぶり。と音がして、怪人の側頭部にハサミが突き刺さった。

 プルプル側頭部が破裂して血が噴き出した。

 怪人は「メン……」と小さく呟きながら、倒壊させた木にのしかかるようにして倒れ伏した。

 怪人の血の流れ、ドクドクと絶え間なく止まらずに流れ出ていた。

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