二度目の失敗
「お前何してんの?」
そう言ったのはサンだった。今回は茶番をする雰囲気ではないみたいだ。まあ、二回目だし仕方ない。
会議室の温度が、サンの胸の炎によって上昇していた。
団扇がないとやっていられない。この会議室には残念ながらクーラーがないので、温度調節ができなかった。
「クラウド。冷房」
ミストがそう言うと、クラウドは手のひらの上に小さな雲を作り出した。その雲は小さな雨雲へと成長し、雨を降らし始めた。クラウドはその小さな雲を会議室の隅に置いた。打ち水と同じ要領だ。部屋の温度が少し下がり、ミストは息を吐いた。
「もう一度聞くぞ? お前何してんの?」
サンが問い詰めた。
「分からない」
そう答えたのはレインだった。
レインはまたしても、魔法少女を生かしたまま帰ってきてしまった。前回と同様に、魔法少女を気絶させるところまでは順調だった。しかし、なぜかとどめを刺すことができなかったのだ。
サンは背もたれに寄りかかりながら後頭部で手を組んだ。
「お前、もしかしてビビってんじゃねェの?」
サンはレインを見下して、煽るように言った。
「お前、誇り高き魔人の癖に、ビビっちゃてんじゃねェのォ!?」
ミストは(私だったら秒でブチギレてるな)と思った。しかし、レインは無表情のままだった。
「ビビってはない」
レインは無表情のままだったけれど、ミストには分かった。というか、私だけじゃなくて、クラウドもウインドも気付いていた。(あ、レインも普通にブチギレてるわ)と。
「隠さなくていいぜェ? ビビってんだろォ? ビビってるからとどめを刺さずに帰ってきちゃったんだろォ?」
サンはなおも、際限なくレインを煽り続けた。
サンの胸の炎が細かく爆発して、ボッボッ、と音を立てていた。サンの感情は顔を見なくても音で分かる。彼の胸の炎は彼の感情に直結していた。
(なんかこのままだと、二人が喧嘩を始めそうだなぁ。でも、まあそれでもいいか)とミストは思った。
(私は傍観してよー)と気楽に椅子を揺らした。
しかし、クラウドが二人の間に入って喧嘩を止めた。
「まあまあ。レインを煽るのはそのくらいにしてさ。そろそろ冷静に話し合おうよ。深刻な問題だよ? この洗脳問題はさ」
クラウドの言葉に、サンは胸の炎を落ち着かせて答えた。
「ま、そうだな。レインがビビっているんじゃなければ、本当に洗脳を疑う必要があるのかもな」
ミストは(え。案外冷静かよ)と落胆した。正直なところ、サンとレインの喧嘩を見たかったのだ。
クラウドがレインに質問をした。
「レイン。まずは何があったのかを詳しく説明してよ。そのとき何を考えていたとかも含めて」
クラウドがそう言うと、レインは無表情のまま語り始めた。
「……説明すると言っても、前回とほぼ同じだから語ることはあんまりない。ただ、前回と違うのは、ちゃんと殺さなきゃと意識していたのに殺せなかったこと」
レインは無表情のまま手を組み、テーブルに肘をついた。
「正直、自分でも何が何だか分からない。気絶した魔法少女にとどめを刺そうとした瞬間に、足が勝手に動き出して、俺はここに帰ってきてしまった」
レインの言葉を聞いた魔人たちは、何も言わずにそれぞれの思考をめぐらした。
(殺そうとしてたのに、足が勝手に動いて帰ってきちゃった? なにそれ。そんなのマジで洗脳じゃんか)
(これはレインがビビってるってわけじゃないみてぇだな。第三者による洗脳か。厄介だ)
(第三者の可能性として考えられるのは何だろう。魔法少女に協力している人間の誰かか?)
それぞれが思考する沈黙の時間を唐突に破ったのはサンダーだった。
「やっぱり洗脳だ! サンダーも洗脳したい!」
サンダーはそう言って飛び跳ねると、テーブルの上を走り、ウインドの目の前で立ち止まった。
サンダーはしゃがむと、バチバチと光る電撃を巧みに操作して、糸と十円玉の形を模した電撃の塊を作り出した。そしてそれを、アホ毛に引っ掛けウインドの目の前でゆらゆらと揺らした。
「ウインド~。あなたはだんだんサンダーにアイスを持ってきたくなぁるぅ~」
ウインドはニッコリ笑ったまま言った。
「サンダーちゃん、今日はすでに二個も食べてるよね」
サンダーは一瞬顔を顰めたが、気を取り直して言った。
「上限に構わずサンダーにアイスを食べさせたくなぁるう~」
ウインドは「仕方ないなぁ」と言って立ち上がった。するとサンダーは「いやったぁ!」と叫んで飛び跳ねた。
「洗脳は存在する! 洗脳は存在する! うおおおお!」
まるで嵐のようだ。風と雷だし、嵐そのものと言っても、あながち間違いではないのだが。
サンダーの奇行に思考を阻害されたサンがレインを見て口を開いた。
「おいレイン。お前、もう一回行ってこいよ。そんで魔法少女を殺して、ビビってるわけじゃないって証明しろ。三度目の正直ってやつだ」
先ほどサンにさんざん煽られて、めちゃくちゃブチギレていたレインだが、サンの言い分を理解したのか、立ち上がって会議室から出て行った。
「クラウド」
「分かったよ。観察してくる」
クラウドも会議室を出て行った。