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人間の集合的正義感


「まあ、修行が必要なんだろうな」


 シザースグレーの部屋にて、ふわふわと浮遊するデビちゃんが言った。


「あの怪人、いや魔人と言っていたか? 今のシザースグレーがあいつに勝てる見込みはゼロだ。どうやっても勝てねぇよ。万が一の奇跡が起こっても勝てねぇ」


 シザースグレーは暖かいココアを一口すすり、ほうと息を吐いた。そしてテーブルに突っ伏し、宙に浮くデビちゃんを見上げた。


「……そうだね。修行しなきゃだね。二人の分も、私一人でできるように」


 ロックブラックとペーパーホワイト。二人の戦線復帰は絶望的だろう。お見舞いに来てくれた二人の態度は、そう考えるのに十分すぎるほど弱っていた。

 いつもは冗談を言ってからかってくるロックブラックが、今日は縋り付くように腕を抱きしめていた。

 いつもは触れ合いを避けたがるペーパーホワイトが、今日は自ら手を繋いできた。


 きっと、いつものキャラクターを保てるほど、精神状態が安定していなかったのだろう。

 それほどまでに、魔法少女としての人生に疲れてしまっているのだろう。


 

シザースグレーは、二人を咎めるつもりはなかった。毛頭なかった。

 シザースグレーは寧ろ、二人には魔法少女なんかやめてもらいたいと思っていた。

 二人には命を危険にさらすようなことはしないで、普通の少女として生きて行ってほしいと思っていた。


 シザースグレーは既に覚悟をした。

 この先、一人で戦っていく覚悟を。


 デビちゃんがキッチンから、デビちゃん専用の小さなコップにココアを入れて持ってきた。コップをテーブルに置き、尻尾でかき混ぜながらデビちゃんは言った。


「歴代の魔法少女で修行をしたやつなんかいないみたいだけどな。基本、魔法少女は最初から激強で、怪人に負けることなんてなかったらしいし」


 デビちゃんはココアをかき混ぜた尻尾を舐める。


「まあ時代は変わるし、お前には必要ってことなんだろう」


 シザースグレーはデビちゃんの言葉に首を傾げた。知らないことがあったのだ。


「歴代の魔法少女? 魔法少女って私たちの前にもいたの?」


 シザースグレーがそう言うと、デビちゃんは目を見開いた。


「お前。魔法少女の癖に、魔法少女の歴史とか知らないのか?」


 シザースグレーはデビちゃんの反応に少し不安を感じた。それって、知らないと非常識なのだろうか。


「えっと、知らないかも……。それって、知っておかないと恥ずかしいことだったりするの……?」


 デビちゃんは少し固まった後に、溜息を吐いた。


「知っとくべきだろうよ。お前は魔法少女なんだから。俺でさえ調べたんだぜ? わざわざ図書館に忍び込んで」


 シザースグレーは「そうなんだ……」と呟く。顔が熱くなっているのを感じた。


「教えてくれる?」


 シザースグレーがそう言うと、デビちゃんはココアを一口啜ってから「上目遣いはずるいぜ」と言った。


「俺もうろ覚えな所あるから、詳しくは自分で調べろよ?」

「うん」


 デビちゃんは、魔法少女の歴史について、シザースグレーに語りはじめた。


「まず初めに、魔法少女。それは、人間の集合的正義感を具現化して生み出された存在らしい」

「集合的正義感……?」


 難しい言葉を使わないでほしかった。


「まあなんだ。人間に『正義のヒーローってどんな感じ?』って聞いたアンケートがあるとして、一番票を集めたのが魔法少女だったから、ほんとに魔法少女作ってみましたって感じだよ」

「へぇ~……」


 シザースグレーにはデビちゃんが言っていることがよく理解できていなかったけれど、話の続きを聞くために一応相槌を打った。

 デビちゃんは、ココアを飲みながら続けた。


「人間の正義の具現化。それが魔法少女。人間が求めたから魔法少女が生みだされた。人間に生み出された魔法少女は、人間の期待に応えなくてはいけない」

「……」


『人間の期待に応えないといけない。』


 それは、常々感じていることだった。人々は、魔法少女が怪人を倒してくれると信じている。

 シザースグレー達魔法少女は、その期待を背負いながら、今まで人間を守ってきた。

 ロックブラックとペーパーホワイトが、挫けてしまったのは、その重すぎる期待にも原因があるのかもしれなかった。

 彼女達は、期待されるストレスに耐えられなかったのかもしれない。


 デビちゃんは「まあ、こんなの古めかしい本に書いてあったことだから、知っていたところで何の役にも立たないかもだけどな」と言った。


「それよりも」


 デビちゃんは、シザースグレーを尻尾で小突いた。


「俺は、お前のさっきの質問に驚きを隠せないんだよ。『私たち以前にも、魔法少女がいたの?』って、その質問は、ヤバいぜ」


 シザースグレーはデビちゃんの尻尾を払いのけながら言った。


「知らなかったし、知る機会もなかったんだよ。仕方ないじゃん。今から知ればいいでしょ」


 シザースグレーはデビちゃんに「教えて」と言った。すると、デビちゃんは「仕方ねえなぁ」と言いながら宙がえりをした。


「まず、お前らの一個前、先代の魔法少女がいたのは、二百年程前と言われている」

「二百年程前? そんな昔の話なの?」

「そうだ。お前ら魔法少女モノクロームは、約二百年ぶりの魔法少女なんだ」


 デビちゃんは宙を漂いながらココアを啜った。


「先代の魔法少女についての情報はあまり残っていないが、とにかく強かったらしい。天を駆け、地を割り、海を燃やす。そんな魔法少女だったと書かれていた」


 デビちゃんは「それに比べて」と続ける。


「お前らは弱いよな。お前らは天を駆けることも出来なければ、地を割ることも出来ないし、海を燃やすことも出来ない」

「そんなの普通出来ないよ」


 シザースグレーがそう言うと、デビちゃんは笑った。


「お前らは普通じゃなくて、魔法少女だろ」

「……」

(普通……だもん。私はともかく、あの二人は。)


 デビちゃんは「まあ、とにかくよ」と言って話を戻した。


「修行、するか? するなら俺がお前に呪いをかけてやるよ。俺の呪いは便利だからな。修行に最適なやつもあるぜ?」


 シザースグレーは顎に手を当てて少し悩み、小さな声で「やっぱりやらなきゃだめだよね」と言ってデビちゃんを見た。


「やるよ。修行。デビちゃん、お願いできる?」


 そう言うと、デビちゃんは悪魔らしい不気味な笑みを浮かべて「任せろ」と胸を叩いた。

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