妹みたい
シザースグレーが目覚めたのは、またも病室の中だった。窓が小さくあけられており、そよ風が頬を撫でていた。
前と違うのは、ロックブラックとペーパーホワイトがいないこと。
ズキズキと痛む頭を押さえながら体を起こした。そして、どうして今、自分がここに寝ているのかを考えた。
意識を失う直前、シザースグレーは確かに死を覚悟した。シザースグレーの記憶に残っている魔人レインの無表情は冷酷で、命を奪うことに何の躊躇もないような恐ろしさを秘めていた。
「……生きてる」
手のひらを閉じたり開いたりしながら、シザースグレーは自分の体に異常がないことを確かめた。
「……はあ」
シザースグレーは溜息を吐いた。
生きていたことは嬉しかった。嬉しすぎて泣きそうだった。でも、それ以上に、よく分からなかった。意味が分からなかった。
「なんで私は生きているの? どうしてあのレインって人は、私を殺さないんだろう」
シザースグレーには、レインの行動の一片も理解できなかった。一度目も二度目も、殺すチャンスでしかなかったのに、どうして殺さないのだろうか。
(……情け、なのかな)
しかし、あの魔人レインの表情を思い出すと、情けをかけるような男には思えなかった。あの無表情はむしろ、任務を遂行する為なら何でもするといった残忍さがよく似合った。
「あー。もう」
シザースグレーは言葉にならない苦悩の声を漏らしながら、髪の毛をぐしゃぐしゃにかき回した。
そして、もう一度ベッドに寝転がった。
その時、ドドドドドと、大きな足音がシザースグレーの耳に届いた。シザースグレーにはその足音の主が誰なのか、姿を見る前から予想できた。その足音はだんだんと近づいてきて、ついにはシザースグレーの病室のドアを大きく開け放った。
「シザースグレー!」
シザースグレーの病室に飛び込んできたのは、予想通り、ロックブラックとペーパーホワイトだった。
二人は既に大量の涙を流して、顔をぐちゃぐちゃにしていた。おそらく、中学校を抜け出して来たのだろう。彼女たちは中学校の制服を着たままだった。
「シザースグレー!」
ロックブラックがシザースグレーの名前を叫びながら、勢いよく飛びついた。そしてシザースグレーの腹に顔を埋めた。
「もうやだよぉ! もうやだよぉ!」
ロックブラックがシザースグレーに抱き着いて泣きじゃくった。
「もう、魔法少女なんてやだよぉ!」
シザースグレーは泣きじゃくるロックブラックの頭を何も言わずに撫でた。
ペーパーホワイトは涙を流しているが、ロックブラックよりは冷静だった。
「どうして。どうして一人で行ったのですか」
ペーパーホワイトは手を強く握りながら言った。シザースグレーは答えた。
「怪人が出たからだよ」
その答えに、ペーパーホワイトは怒りをあらわにしてテーブルを叩いた。
「そうなことを聞いているわけではありません!」
ペーパーホワイトは、私を睨みながら「私が聞いているのは! 私が聞いているのは……」と呟いた。
言葉に詰まってしまったペーパーホワイトに、シザースグレーは笑いかける。
「ごめんね。でも、それ以外に理由はないの。私は怪人が出たから退治しに行った。それだけなんだよ?」
シザースグレーがそう言うと、ペーパーホワイトは黙り込み、ロックブラックと同様にベッドに顔を埋めて泣き始めた。
そして消えてしまいそうな声で言った。
「違います……。シザースグレーが一人で怪人退治に向かったのは、私達が恐怖に負けて、屋上に行かなかったからです。私達が行かなかったから、シザースグレーはまた、病院に運ばれてしまったのです」
ペーパーホワイトの言葉を聞いたロックブラックも「ごめんなさい。ごめんなさい……」と呟いた。
シザースグレーはベッドに顔を埋める二人の髪の毛を柔らかく撫でながら、微笑んだ。
「いいんだよ。謝らなくて。だって、私達は魔法少女である前に、普通の女の子なんだから」
シザースグレーはロックブラックが校庭で友達と楽しそうに話している様子を思い出した。
「恐怖に負けたっていい。逃げたっていい。それが普通の女の子だよ」
二人はシザースグレーの言葉に反応を示さず、延々と泣き続けた。
シザースグレーは、前と同じ状況だな、とぼんやり考えながら、二人が泣き止むまで頭を撫で続けた。
それからしばらくして二人は泣き止んだ。しかし、二人は泣き止んでからもずっと黙ったままだった。その上、シザースグレーの手を掴んで離さなかった。
ロックブラックが右手、ペーパーホワイトが左手を掴んでいる。まるでお母さんの手を掴んで離さない子供のようだった。
病院の看護師さんに帰ることを伝えたときも、二人は俯いてシザースグレーの両隣りにぴったりくっついて離れなかった。それを見た看護師さんは言った。
「あら、三人とも仲良しね」
シザースグレーは苦笑いしながら言った。
「妹ができたみたいです」
その言葉を聞いたロックブラックが、シザースグレーの腕に強く抱き着いた。
「どうしたの?」
「……」
ロックブラックは俯いたまま何も言わなかった。
「なんだかちょっと恥ずかしいなぁ。あはは……」
シザースグレーは他の患者の目線を気にしながら、そそくさと病院を後にした。
その後、シザースグレーは手を握って離れない二人のことを、家まで送り届けた。ペーパーホワイトはすんなり帰ってくれたのだが、ロックブラックは家の前についても手を握ったまま離れなかった。
すでに日は落ち切っていた。
「そろそろ遅くなるから……ね?」
そう言うと、ロックブラックは小さな声で「ごめん……」と言って、シザースグレーから離れた。
ロックブラックの背中が妙に小さく見えた。
シザースグレーはロックブラックの背後から「謝る必要はないよ」と声をかけた。ロックブラックがその言葉に反応を返すことはなかった。