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一人

その日の放課後。

 シザースグレーが帰宅しようと荷物をまとめていると、怪人の気配を察知した。シザースグレーは急いで階段を駆け上がり、屋上へ向かった。

 屋上のドアを開けると、そこには──誰もいなかった。

 シザースグレーの教室は一階で、ロックブラックとペーパーホワイトの教室は三階である。位置関係的に、シザースグレーが到着したときには、すでに二人が屋上にいないとおかしい。しかし二人の姿はなかった。

 シザースグレーはその状況に驚かなかった。なぜならば、こうなることを分かっていたからだ。

 シザースグレーは冷静にバッグのチャックを開き、デビちゃんを引きずり出した。


「デビちゃん」


 バッグの中で眠っていたデビちゃんを叩き起こそうとした。しかし、今日はその必要がなかった。

 いつも夕暮れ時にはぐっすりと眠っているデビちゃんだが、今日はたまたま目覚めていたようで、ふわふわと宙に浮き始めた。

 そして、シザースグレーを見ると、言った。


「一人でも行くのか?」


 デビちゃんは、シザースグレーしかいない屋上を見まわし、ロックブラックとペーパーホワイトの二人が来ていないことを確認した。

 そんなデビちゃんに、シザースグレーは言った。


「デビちゃん。武器」


 そう言って、デビちゃんに向けて手を差し出した。


「武器って言ってもよぉ」


 そう言ってデビちゃんは武器を出し惜しんだ。その様子を見てシザースグレーは声を荒げた。


「武器!」


 シザースグレーは声を荒げてしまってから後悔した。その声が自分の喉から出たとは思えないような恐ろしい声だったからだ。

 それに気付くと、自分がデビちゃんに対して理不尽な怒り方をしていることにも気付いた。

 デビちゃんは、シザースグレーの迫力に負けたのか、眉間に皺を寄せながら、口をあんぐりと大きく開けて、ハサミを吐き出した。


 シザースグレーはデビちゃんの口から出てきたハサミを引き抜いた。そして、俯きながら小さく「変身」と呟いた。

 シザースグレーのことを黒い天幕が覆った。数秒後、天幕を翻すようにして、魔法少女に変身したシザースグレーは登場した。


 素敵なBGMはならない。


 変身したシザースグレーは、大きく深呼吸をした。

 その深呼吸は『決意』であった。

 または『諦め』であった。


 デビちゃんが、「あー」と言いながら、喉を摩っていた。武器を吐き出すときに喉を痛めてしまったのだろうか。


「なあ、ロックブラックとペーパーホワイトのことはいいのか?」


 シザースグレーは、デビちゃんの質問に小さな声で答えた。


「いいよ。二人に無理はさせられないし」


 そう言った。そして、屋上からの夕焼けを眺めた。風が髪を撫でた。


「それにさ。私、思ったんだけど、二人はまだやり直せると思うんだ」

「?」


 シザースグレーは、授業中に見た体操服姿のロックブラックを思い出していた。そして、彼女の本当の姿は女子中学生なのだと──普通に授業を受け、普通に友達と話し、普通に楽しく暮らす。彼女はそんな、普通の少女なのだと──思った。

 そしてそれは、ペーパーホワイトも同じである。

 シザースグレーは真っ赤な夕焼けを見つめたまま、静かな声で言った。


「本当の姿が魔法少女なのは、私だけでいいよ」


 シザースグレーはハサミを片手で持ち、夕焼けをバックにしながら、振り返ってデビちゃんを見た。

 デビちゃんは、逆光を手で遮りながら、シザースグレーの顔を見た。

 そしてニヤついた。


「悲劇だな、シザースグレー……。お前かっこいいぜ」


 デビちゃんがそう言った。シザースグレーはちょっと照れてしまって頭を掻いた。そして、笑ってお礼を言った。


「えへへ。ありがと」


 デビちゃんがシザースグレーに近づき、ハサミに触れた。すると、ハサミにデビちゃんの魔力が流れ込んだ。


「俺の魔力をプラスで流し込んでやる。お前らにはまだ早いと思ってたんだが、こんな状況じゃあしょうがない。苦しくなったら言えよ?」


 シザースグレーはデビちゃんの行動に驚いた。いつものデビちゃんは基本見ているだけで、本当のピンチにならないと手助けをしてくれないからだ。

 シザースグレーはデビちゃんを撫でてみた。毛並みは綺麗に整えられていた。


「言っておくが、毛並みのケアは大変なんだぜ?」

「ふふ。そうなんだ」


 シザースグレーは言った。


「ありがとね。デビちゃん」


 デビちゃんが恥ずかしそうに目線を逸らしながら「へへ」と笑った。そしてシザースグレーの手を、尻尾でペチペチと叩いた。


「俺に感謝する必要はねぇ。なにせ、これは契約だからな」


 デビちゃんの言葉に、私は「そうだったね」と微笑みながら答えた。


──


 シザースグレーが怪人の気配を辿りながら、屋根から屋根へと跳ねて行った先には神社があった。

 そこにいた怪人は、鳥居を潜れないほどに巨大なカマキリのような姿をしていた。

 その身体についている二本の大鎌は、シザースグレーの身長を遥かに凌駕しており、見るだけで震え上がるほどに酷く鋭利な形状をしていた。


 しかし、シザースグレーは逃げなかった。何故ならば、魔法少女の敗北はすなわち、人類の敗北だから。

 どんなに恐ろしくとも。仲間がいなくとも。逃げてはいけないのだ。


「出たな! 怪人カマカマ!」


 シザースグレーはカマキリ怪人の前に降り立って、ポーズを取った。

 怪人の前に登場したら、まず最初にやることはルーティンである。シザースグレーは、ロックブラックが名乗り上げるのを待った。


「……」


 そうだった。ロックブラックはいないんだった。

 仕方がないので、一人で前口上を叫ぼうかと思った。しかし、シザースグレーにも一応羞恥心がある。


(待って。さすがに一人だと、あの前口上をする気にはならないかも……)


 シザースグレーはサボった。恥ずかしかったから。


(よし。じゃあ、魔法少女モノクロームは休業。私はただのシザースグレーということで……)


「シザースグレーだ!」


 ババーン、なんて、なるはずがない。


 名乗り上げると、シザースグレーの心に力が湧き上がってきた。自分は人類を守る魔法少女。そう思うと、力を湧き上がらせずにはいられなかった。


 カマキリ怪人は、シザースグレーの自己紹介を受けて、「カマカマ」と言った。

 もちろん、シザースグレーに怪人の言葉を理解することはできなかった。

 シザースグレーは何を言っているのかわからない怪人の言葉は無視して、大きく深呼吸をした。


 一人で戦う恐怖に打ち勝つために。

 大きく息を吸って、そして吐き出す。


「吸って……吐いて……よし」


 そう声に出して自分を落ち着かせると、シザースグレーはハサミを構え、地面を蹴りながら叫んだ。


「覚悟しろ! 怪人カマカマ!」


 ──


 カマカマは、突然走り出したシザースグレーに驚き、狼狽えた。

 シザースグレーはその隙を逃さなかった。


 カマカマの懐に入り込む。そして、大きなハサミでカマカマの胴体を両断しようと試みた。

 ハサミの両刃がカマカマの胴体に迫り、そして挟み込んだ。しかし、胴体を両断することはできなかった。前回倒したクワガター(クワガタ怪人)程ではないが、このカマカマも中々に硬い身体をしていた。


(子供の頃に触ったカマキリは、そこまで硬かった印象はないんだけど……!)


 と、心のなかで文句を垂れると同時に、


(まあ、カマキリじゃなくて、カマキリ怪人だもんね!)


 と、自分を納得させた。


「カマカマ!」


 いきなり胴体を両断しようと飛び込んだシザースグレーに対し、カマカマは目尻を吊り上げながら怒りを露わにした。

 当然だ。誰だって、いきなり胴体を両断されそうになったら怒る。


 カマカマは、二本の鋭い大鎌をジャリジャリとすり合わせた。おそらく、戦闘を開始する前のルーティンなのだろう。

 カマカマは、その大きな二つの鎌を身体に引き寄せ、上半身をゆらゆらと揺らしながら、シザースグレーの様子を窺いはじめた。

 シザースグレーはハサミを構え直した。


(こんなときにロックブラックがいてくれたら)


 ──と、無意識に考えてしまった。

 敵が様子を窺ってきているときは、防御力が高いロックブラックが飛び込むことで、攻撃の起点を作り出す。それが魔法少女モノクロームの連携だった。

 しかし、彼女はいない。

 シザースグレーは、自分が情けないことを考えて



いると気付き、気合を入れ直すために頬を叩いた。

 そしてもう一度決意を固めるために、声に出して叫んだ。


「もう、あの二人には戦わせない! 私が一人で戦うんだ!」


 そう叫んだシザースグレーは、身体をゆらゆらと揺らしながら待ち構えるカマカマに向かって、全速力で地面を蹴った。


「はあ!」


 カマカマに近づいていくほどに時間の進みが遅くなっていく気がした。緊張が高まっていた。

 おそらくカマカマは、シザースグレーが間合いに入った瞬間に攻撃を繰り出してくるだろう。シザースグレーの頭の中で、沢山のシミュレーションが行われた。

 どのような攻撃が来るだろうか。横薙ぎ? 兜割?

 考えながらも突き進んだ。

 カマカマの間合いに入るまで、残り0.5秒。0.4、0.3、0.2、0.1……──。


 ビュン! という風切り音が鳴り、カマカマの大鎌がシザースグレーの身体を刈り取るべく襲いかかってきた。

 目にも留まらぬ横薙ぎだった。

 シザースグレーは飛び跳ねながら迫りくる大鎌をハサミで受け流し、乗り越える形で躱した。金属と金属が擦り合わされる甲高い音と共に、ハサミと大鎌の間に大量の火花が散った。

 シザースグレーは足を止めなかった。そして、走り続けたそのままの勢いでスライディングをし、カマキリ怪人の股下に入り込んだ。

 シザースグレーはカマキリについて考えていた。カマキリは、上半身はかっこいいけど、下半身のお腹はブヨブヨで柔らかくて、簡単に切り裂けそうだな、と。

 股下に入り込んだシザースグレーはハサミを開き、その片刃をカマカマの腹部に差し込んだ。

 予想通り、カマカマの腹部は本物のカマキリ同様、非常に柔らかかった。シザースグレーはその柔らかい腹部を、ハサミの片刃で切り裂いた。


「カマァァァ!」


 カマカマが、腹部を切り裂かれた絶望的な痛みに絶叫した。シザースグレーは間髪入れずに、ハサミを腹部へ突き立てた。


「カ、カマ……」


 カマカマは、その痛みに耐えることができず、意識を手放して地面に倒れ伏した。

 カマカマの体からどぶどぶと溢れ出た体液が、神社の境内に広がった。

 戦闘終了である。それは、一瞬の出来事だった。


「よし」


 小さく呟いた。

 シザースグレーはカマカマの腹部を下から切り裂いたので、溢れ出た体液をもろに浴びてしまい、ぐちょぐちょのドロドロになっていた。

 しかし、そんなことは気にならなかった。今はまだ、カマカマの生死を見極めることに集中していた。


 改めてカマカマを見た。ハサミでつついて、動かないことを確認した。

 シザースグレーは顎に垂れる汗を拭った。そして、大きく深呼吸をした。


「……初めての一人戦闘は上手くいったね」


 カマカマを無事に退治できたことを確認すると、身体にどっと疲れが降りてきた。

 一人で命をやり取りをするのは初めての経験だったので、極度の緊張状態に陥っていた。その緊張から解放されたことで、一気に疲れが降りてきたようだった。


「……さすがに、疲れたな」


 思わず口から漏れた。しかし、シザースグレーの仕事は終わっていなかった。魔法少女は怪人を倒すことが仕事だが、その後処理についても任せられているのだ。


「神社の人に事情を説明して……。体液を掃除して……」


 ノロノロと立ち上がる。その時、シザースグレーは気付いた。カマカマの身体が、消滅を始めていなかったのだ。

 通常、怪人は絶命させると身体が消滅していく。ゆっくりと塵になって、どこかへ消えてしまうのだ。

 しかし、カマカマの身体は、消滅していく気配がなかった。

 ということは、まだ息があるということである。


(こんなに血をまき散らしているのに、まだ生きているなんて……)


 カマカマのしぶとさに、思わず感心した。しかし、それも束の間。

 シザースグレーはハサミを構えた。カマキリ怪人が、立ち上がる前にとどめを刺さなければ。


「完全に、殺しきらないと……」


 そう言って、ハサミの先端をカマカマに突き立てた──はずだった。シザースグレーのハサミは、第三者によって止められていた。

 その瞬間。背筋が凍り、身体が硬直した。

 シザースグレーは、ハサミを止めた第三者の気配を察知し、そして気付いてしまったのだ。


(この気配は、あの人だ)


 見るまでもなかった。

 シザースグレーは、つい昨日の出来事を思い出していた。

 それは、ロックブラックとペーパーホワイトの心を完全にへし折り、シザースグレーのことを一人にしたあの怪人のこと。

 その怪人は、昨日と同じ無表情のまま、シザースグレーのハサミを掴んでいた。シザースグレーがいくら力を込めても、まったく振りほどける気がしなかった。


 この怪人には、絶対に敵わない。そう思うと、身体の硬直がより酷くなって、ガクガクと震えだした。どうやって体を動かすのかよく分からなくなった。

 その怪人はシザースグレーのハサミを掴んだまま、カマカマに触れた。そして、魔力を流し込んだ。すると、カマカマの飛び散った体液や身体が、まるで逆再生でもしているかのように、カマカマの体へ集まっていった。

 シザースグレーが切り裂いた傷口も修復され、カマカマは無傷の状態に回復してしまった。「カマ?」と言いながら、カマカマが目を覚ました。

 カマカマと目が合った。カマカマがシザースグレーに気づき、「カマァ!」と叫んだ。


(死ぬ!)


 それは無意識だった。身体が勝手に動いたとでも言えばいいのか。シザースグレーの頭は完全にパニックを起こしていたのに、身体が勝手にその場から飛び跳ねた。

 すると案の定、シザースグレーが立っていた場所に、カマカマの兜割りが放たれ、凄まじい風切り音を立てながら地面を抉った。


「カマカマァァァ!」


 カマカマは非常に怒っている様子だった。それはそうだろう。一度殺されかけたのだ。

 シザースグレーはパニックを起こす脳内で、それでも今の状況を整理しようと試みた。そして、理解できたことは一つだった。


(あの男には絶対敵わないのに、カマカマの相手もしなくちゃいけないなんて)


 そんなこと出来るのか? いや、出来るわけない。

 シザースグレーは思った。


(あ、私、ここで死ぬのか)


 妙に冷静になってしまった。体の震えも止まり、頭の中がとても透き通った気がした。

 今日の夕飯を決める時みたいな感じで、なんとなく、死ぬんだなぁと思ってしまった。

 そして私は、全てを諦め──


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!」


 折れそうになった心を、絶叫することで無理矢理奮起させた。

 やけくそである。何が悪い。


「私は死にたくないんだよ!」


 今のシザースグレーには、この絶望的な状況に抗う術なんてない。それでも、シザースグレーは死にたくなかった。

 カマカマが私に向かって走ってきた。大きな巨体で俊敏に動き、大鎌を乱暴に振り回してきた。


「負けるもんかァァァァァ!」


 シザースグレーは喉が張り裂けるほどに叫び、カマカマの大鎌を顔面スレスレで回避した。そしてカマカマの頭上まで跳躍し、閉じたハサミを大きく振りかぶ──

 その時気づいた。


(あれ? 私のハサミは?)


 シザースグレーは手にハサミを持っていなかった。ハサミは怪人の手に握られていた。


(あー……)


 ハサミがなければ攻撃の手段が──。


「らあァァァァア!」


 雄たけびを上げ、踵落としを繰り出した。

 鈍器と化したシザースグレーの踵が、カマカマの脳天を勝ち割って──


「え」


 しかし、そうはならなかった。

 その場にいたはずのカマカマが、一瞬にして消え去ったのだ。

 正確に言えば、地面に吸い込まれていったのだ。

 よく見ると、カマカマが立っていた地面に、大きな水たまりができていた。先程まで存在しなかった水溜まりを見て、シザースグレーは頭を働かせた、

 そして考えだした答えは、やはりあの怪人だった。

 その怪人は、相変わらず無表情で、ただ、立っていた。シザースグレーは地面に着地すると、もう一度距離を取り直した。

 そして、その怪人と対面した。


「あなたは誰!」


 勢いに任せて考えなしに叫んだ。

 それを聞いてどうなるのかなんて、全く分かっていなかった。聞いたところで何の意味もないのに。

 シザースグレーはとにかく必死だった。もしかすると、名前を聞いたのはシザースグレーなりの時間稼ぎだったのかもしれなかった。少しでも死を遠ざけようとしたのかもしれなかった。

 シザースグレーの問いかけに怪人は、意外にも素直に返答した。


「俺はレイン。魔人レインだ」

「魔人……?」


 魔人。シザースグレーはそんな言葉を知らなかった。怪人なら嫌というほど知っていたが、魔人については聞いたことすらなかった。


「魔人って何!?」


 シザースグレーはまた、考えなしに叫んだ。

 魔人レインは答えた。


「魔人とは、魔族の中でも知力が高く、言葉を話すことができ、なおかつ人型の者のことを言う」


 シザースグレーは慌てふためく頭の片隅で(なんか優しい)と思った。


「今日はお前一人なのか?」


 魔人レインが微動だにせず、口だけを動かして聞いた。シザースグレーは耳に入ってきたその質問に対し、無意識で反応した。


「そうです。あなたが二人の心を折ったから!」


 その言葉を聞いて、やはり魔人レインは無表情のまま続けた。


「……そうか。ではなぜ、お前はここにいる」


 シザースグレーは自分がなんて答えたのかを覚えていなかったし、さらなる質問になんと答えればいいのかも全く分からなかった。

 しかし、とにかく何かを答えないといけないと思った。シザースグレーは頭に浮かんだ言葉をそのまま飛ばした。


「私は魔法少女としてみんなを守らないといけない!」


 魔人レインはその言葉を聞いて、なおも無表情のまま続けた。


「そうか。なら、お前の心も折るとしよう」

「!?!?!?!?」


 どうしてそうなったの!? コミュニケーションが上手に取れなかった結果なの!?

 シザースグレーの身体が大きくビクリと震えた。それは魔人レインの強大な魔力を感じ取ったからだった。

 魔人レインの周りに水の球体が浮遊し始めた。その球体それぞれから尋常ではないほどの魔力が発されており、そのせいで周囲の空気が振動していた。

 魔力だけで空気が振動するって、どういうことなんだ!?

 それはシザースグレーと魔人レインの、魔力量の差を実感させる絶望そのものだった。


(……こんな大量の魔力をもつ敵に敵うわけない! ロックブラックとペーパーホワイトの二人がいたとしても、絶対に、万が一にも敵うわけがない!)


 シザースグレーの身体が、周りの空気と同様に震え始めた。

 身体は恐怖から与えられる過剰なストレスに耐えられなそうだった。そこへ極度の緊張と、その緊張からくる疲労が積み重なり、精神の限界を自覚した。


「やだァ!」


 そう叫んだ。しかし、シザースグレーの身体は意思に反して、後ずさっていなかった。

 精神はすでに負けを認めて逃げ出したい気持ちに溢れていた。

 今すぐにでも逃げ出したい。一人で頑張ろうとせず、あの二人のように魔法少女なんかやめて、普通の少女に戻ってしまえばよかったと本気で後悔している。

 それでも、シザースグレーの中の"魔法少女"は、魔人レインに向けて、大きな一歩を踏み出していた。


「ううううううううああああああああ!!!!!」


 シザースグレーは神速とも呼べる素早さでレインに接近した。そして、レインに奪われていたハサミを掴み、思い切り引っ張った。レインはシザースグレーの動きに反応していたようだが、ハサミを手放した。


 まるで(くれてやる)とでもいうようにハサミを手放したレインの対応に、シザースグレーは腹を立てた。しかし、そんなことはどうでもよかった。

 シザースグレーはハサミを二回、ジャキジャキと動かした。すると、ハサミが禍々しく変貌し、その禍々しさはシザースグレーの身体までもを蝕んでいった。


「あああああああああああ!」


 もはや、技名を述べる冷静さすら失っていた。

 次の瞬間。シザースグレーの身体が、まるでブレるようにして掻き消えた。シザースグレーは今までに出したことのない最高速で、魔人レインの背後に回り込んでいた。

 そして、その禍々しい両刃で魔人レインの胴体を両断しようとした。


 ジャキン! と音を鳴らしながら、ハサミの両刃が閉じられた──しかし、魔人レインはいつもと同じように無表情で、ただ、立っていた。

 シザースグレーのハサミが胴体を貫通しているはずなのだが、そんなことは気にもせず、ただ、立っていた。

 胴体を両断したのに、魔人レインが微動だにしない。それを目の当たりにして、とぼけた表情をしているシザースグレーに、魔人レインは人差し指を近づけた。

 シザースグレーは思った。


(あーそうだった。効かないんだった)


 魔人レインはシザースグレーのおでこを、優しくトンとつついた。その瞬間、シザースグレーの意識が途絶えた。

 シザースグレーは暗転した視界の端に、レインの無表情を、しかし、どこか憐れみに満ちた無表情を見た気がした。

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