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魔法少女の登場

よろしくお願いします!

 そよ風が優しく子どもたちの頬を撫でる。子どもたちは砂場に王国を建設中だ。水で砂を固め、スコップで成形する。ルーペを片手にレンガ模様を木の棒で描き……おいおい、妙に本格的だな?


 平和だった。母親たちがベンチのそばに立ち、中身のない話を繰り広げている。うむ。誠につまらない。内容はもっぱら旦那の愚痴だった。どこのご家庭の旦那も、休日はカーペットの上で寝転がり、昼寝をしているらしい。まるで熊みたい! アハハ! ウフフ! ……うむ。心底つまらんな!


 それが、平和である。こんな日常が、いつまでも続いていく──


「ゲゲゲー!」


 轟く雄たけび! 聞いただけで分かる! 絶対敵じゃん!


 平和が乱される? それってどういうこと? 私たちの平和って、乱されるものだったの? 脅かされるものだったの? 

 平和が乱されたらどうなるの? 私たちはもう、つまらない会話ができなくなってしまうの? 

 っていうか、平和ってなんだっけ。


「ゲゲ……」


 それは、長い舌をピロピロと震わせながら、喉を鳴らして目の前の獲物達をジッ……と見つめていた。品定めなのだろうか。お眼鏡にかなってしまうのは誰なのだろうか。


「逃げろ!」


 どこかで冷静を取り戻した誰かがそう叫んだ。その悲鳴にも似た叫び声によって、自分たちの平和が乱されたことをやっと自覚した母親たち、子供たちは、一斉に公園の出口へ駆けだした。我先に! 私に害が自分に届かぬように! (害するなら私以外の誰かにして! ってな)


 しかし、取り残された少女が一人。

 少女は膝から血を流して泣いていた。大声で泣き喚き、必死に助けを求めていた。少女にできることはそれしかない。弱い生き物だ。まあ、子供だからしょうがない。


「ゲゲ。ゲゲ」


 それは長い舌を丸めながら少女に話しかけた。少女はそれの顔を見ると、泣くことを忘れて絶句した。

 ぎょろぎょろと動く大きな目玉。少女くらいなら一口に飲み込んでしまいそうな大きな口。その口から伸びているのは粘液の滴る長い舌。

 見紛う事なき怪人だ! カエル怪人だ! 人を害する人類の敵だ! 

 もう、あまりに気持ち悪い!


 少女は立ち上がろうとする。痛む足に鞭打って。自分の命のためならば。

 しかし、少女はしゃがみ込んでしまった。立ち上がった瞬間に襲ってきたのは膝の痛み。血が脛を流れ、靴下に染み込んだ。


「ゲゲ」


 カエル怪人の舌が少女に伸びる。動けない少女にできることなど、何もなかった。


「やめてぇぇぇ!!!」


 少女に駆け寄ったのは母親だった。母親の顔は恐怖に歪み、すでに涙で顔面をぐちゃぐちゃに崩していたが、それでも大事な娘のためにと走り出していた。素晴らしい。それでこそ親だ。


「ゲ」


 しかし、そんな親の覚悟すら嘲るように踏み潰すのが怪人である。カエル怪人は舌をムチのように唸らせると、ビュン! という風切り音を鳴らして母親の腹へと突き刺した。


「あ……」


 母親は自らの腹に突き刺さったドロドロの舌を見た。そして、顔を青くして体内を逆流してきた血液を口から溢れさせた。

 それは母親の腹から舌を引き抜くと、くるくると舌を巻き「ゲゲゲッ!」と笑いながら舌鼓を打った。お気に召したようだ。趣味の悪い外道め。


「お母さん!!!」


 あーあ。少女は母親の名を叫んだが、そんなことをする前に急いで逃げるべきだった。母親が身を挺して稼いでくれた数秒を無駄にするべきではなかった。

 カエル怪人の舌が、少女に向かって伸びていった。少女の首をぬめりとなぞり、ゆっくりと巻き付いた。


「ひっ……」


 そして、二周三周と巻き付くと、カエル怪人の舌はゆっくりと少女の首を絞めていった。


「あ、が……」


 少女がカエル怪人の舌を引き剝がそうと藻掻くが、少女ごときの力ではどうすることもできなかった。粘液の舌はまるでウナギのようにぬめり、少女は力を籠めることすらできなかった。

 先程まで公園にいた平和を楽しむ民衆たちはすでに走り去ってしまった。苦しむ少女を助けようとするものなどいなかった。誰も少女を助けない。他人の子供だ。仕方ない。運が悪かった。怪人に選ばれてしまったのだから。あんなタイミングで転ぶのが悪い。少女のもがき苦しむ声は誰にも届かない。

 少女はおそらく、殺されるだろう。


 ──しかし、その時だった!


「その子を離しなさい!」


 どこからともなく聞こえてきたのは元気ハツラツな正義の声!


「大丈夫! 今助けるからね!」


 優しい声色で少女に話しかけたのは、灰色のドレスを着た灰髪の女の子!


「魔法少女……?」


 少女が呟くと、灰髪の女の子は柔らかい笑顔を浮かべた。


「そうだよ。私は魔法少女シザースグレー。あなたを助けに来たの」


──


「怪人ゲゲゲロ! あなたの好きにはさせない!」


 シザースグレーが叫ぶと、彼女の右隣りに舞い降りた魔法少女が呆れた顔をした。


「怪人ゲゲゲロって……」


 その魔法少女の名はロックブラック。黒髪を目の上でまっすぐに切り揃えた背の小さいロックブラックは、シザースグレーのネーミングセンスに「子供じゃないんだから」と苦笑いをした。


「え、ダメだったかな……」

「まあ、いいけどね」


 いいのかよ。なんだかんだロックブラックはシザースグレーのネーミングセンスを嫌っていない。毎度『子供っぽい』と文句を言うくせに二言目には『別にいいけど』だ。もっと素直に『いいね!』って言えばいいのにな。そういう年頃なのかな。


 怪人ゲゲゲロは、自分の目の前に仁王立ちしている二人の魔法少女を「ゲゲ?」と首を傾げながら見つめた。ゲゲゲロには彼女たちの行動が珍しいものに思えたのだろう。

 そりゃそうだ。だって、怪人であるゲゲゲロにとってヒトという生き物は、怯え、逃げ、泣き喚く貧弱な生き物でしかないのだから。そんな貧弱なヒトを、舌で絞殺し、丸のみにする。それがゲゲゲロとヒトとの関わり。

 それなのに、目の前の二匹のヒトは、この俺に立ち向かってくるようだ。ヒトのくせに。弱いくせに。

 こいつらもしかして、馬鹿なのか? と、そんな風にゲゲゲロは思っているのだろう。


 そこへもう一人の魔法少女が降り立った。真っ白な長髪を揺らめかせ、紙でできた羽を揺蕩わせるペーパーホワイトだ。


「酷い……。こんな……」


 ペーパーホワイトは気絶している母親を撫でた。そして、魔力を流し込んだ。

 魔法少女が持つ魔力は善の魔力である。故に、人を癒すことができる。

 また、善の魔力は悪の魔力を持つ相手にとっては劇毒である。それは逆も然り。


 三人の魔法少女はゲゲゲロに向けて決めポーズをとった。それは必ず必要な儀式だ。魔法少女は善であるため、決して不意打ちなんてしない。決めポーズとは『今からお前を殺す』という確固たる決意の宣言であり『いただきます』と同じようなものなのだ。


「「「私達!」」」


 ダン! と地面を強く踏みしめ、こぶしを握り締め、目を閉じて俯く。そして、順番に……。


「硬くて破る不染の黒! ロックブラック!」

「薄くて包む寛容の白。ペーパーホワイト」

「鋭利で切れる選択の灰色! シザースグレー!」

「「「三人合わせて!」」」

「「「魔法少女モノクローム!」」」


 『ババーン!』という効果音が聞こえてきたか? ……聞こえてこないよな。

 それはあいつらの決めポーズがまだまだ未熟からだ。

 見ろ、ロックブラックにはまだ恥があるな。ペーパーホワイトは縮こまっていやがる。体をもっと大きく使わないとダメだ。

 シザースグレーは指先がへにゃっている。もっと指の先端まで伸ばさないと完璧な決めポーズとは言えない。

 完璧な決めポーズであれば、世界が空気を読んで、おのずと『ババーン!』と効果音が流れるのだ。


「行くぞ! ゲゲゲロ!」


 ロックブラックとシザースグレーの二人が、交差しながらゲゲゲロとの距離を詰める。


「私たちで女の子を助ける! ホワイトはお母さんを守りながら女の子を回収して!」


 うん。戦闘に関しては成長してきている。最近、シザースグレーにリーダーの自覚が湧いてきた。ロックブラックとペーパーホワイトもシザースグレーの作戦を信じることができている。良い傾向だ。


 ペーパーホワイトが手の中からマジックのように帯状の紙を何mも生み出す。生み出された帯はペーパーホワイトの長い手足となって自由に動き出した。


「ハッ!」


 シザースグレーの一閃がゲゲゲロの腹を貫こうとする。しかし、ゲゲゲロは半歩下がる最小の動きでその一閃を躱してみせた。


「おら!」


 ロックブラックの大振りの拳がゲゲゲロの脳天を襲う。しかし、ゲゲゲロは舌を伸ばしてその拳を受け止めた。

  へえ、あの舌、いいなぁ。柔らかくもなれば硬くもなる汎用性の高い武器だ。柔らかくして衝撃を受け止め、固くして刺したり殴ったり。

 結構羨ましい。俺にもあんな舌があればなぁ。……ビジュアル面には難アリだが。

 ゲゲゲロはあの舌で何人ものヒトを殺し、食してきたのだろうな。


 ただし、ゲゲゲロは防戦一方だ。当然だ。ゲゲゲロは攻撃に転じることができない。なぜならば、舌の先で未だに少女を捕まえているからだ。

 ゲゲゲロが少女を解放しないのは魔法少女を舐めているからだろう。

 こんなヒトの小さなメスに負けるはずがないだろうと舐め腐っているのだろう。

 事実、ゲゲゲロは二人の魔法少女に対し自分の一番の武器である舌を使わず、まるで武人の如き身のこなしのみで渡り合っていた。


 魔法少女たちは必死で気付いていないだろうが、もし舌を使われていたらすでにやられていたのだろうな。十秒もったかどうかさえ怪しいなー。まだまだこんなんじゃ鍛錬が足りない。


「うッ……!」


 魔法少女の悲鳴ではなかった。それはゲゲゲロの舌の先にて振り回されている少女の悲鳴だった。少女の首に巻かれた舌が締め付けを強くしていた。ゲゲゲロは防戦一方な状況に嫌気が差し、優先順位を改めたのだ。


「やめろ!」


 少女の苦しむ声に釣られて飛び込んだのはロックブラックだった。

 あーあ、その飛び込みは迂闊すぎるぞ。

 ロックブラックの拳はゲゲゲロに容易くいなされた。そして、ゲゲゲロの渾身の蹴り上げがロックブラックの腹にめり込んだ。


「あがっ……」


 そう呻き、ロックブラックはゲゲゲロの目の前に倒れ伏した。


「ブラック!」


 それを救おうとしてシザースグレーまでもが反射的に飛び込んでいく。おいおい。それじゃだめだって。例え仲間が危険に晒されていようとも、冷静に状況を判断する頭がなければ、救えるものも救えないぞ。


 ……ここまでかな。


 ゲゲゲロの拳がシザースグレーの顔面に襲いかかる。シザースグレーはその拳をかろうじて防いだものの、遠く吹き飛ばされてしまった。そこへゲゲゲロは容赦なく追い打ちをかける。高く跳躍し、シザースグレーの腹に全体重を乗せたプレスを──。


「ゲ……?」


 ゲゲゲロは着地できなかった。ゲゲゲロはまるで、ランドセルにぶら下がったキーホルダーのようにぶらんぶらんと揺れていた。


 一体何が起こったのか。ゲゲゲロは自在に動くギョロギョロの目を精一杯に動かして状況を把握した。


 そして気付いた。なにやら、自分の頭に長い針のようなものが刺さっているぞ?


 そうともさ。それは俺の尻尾だぜ。お前の舌に負けないくらい、便利な俺の尻尾だぜ。

 そして、ゲゲゲロは死んだ。

 ゲゲゲロの舌から力が抜け、少女は解放された。少女は母親のもとに走った。


「お母さん! お母さん!」


 母親はまだ意識を失ったままだった。


「大丈夫。そのうちに目を覚ますから」


 母親の看病をしていたペーパーホワイトが少女の頭を撫でた。


「……」


 シザースグレーはドサリと地面に落ちたゲゲゲロの体を見つめて呆然としていた。


(私は、もう少しで死んでいた……)


 背筋に寒気が走る。覚悟はしていたが、やはり死を感じるのは恐ろしい。シザースグレーは「この感覚には慣れないな……」と静かに呟いた。


「よぉ」


 木の陰から顔を出したのは小さなマスコット。シザースグレーたち魔法少女モノクロームの監督役である通称デビちゃんだった。

 まあ、俺なのだが。

 シザースグレーはデビちゃんのことを見ると、「ふぅ」と息を吐いた。


「デビちゃん。助けてくれてありがと」


 デビちゃんは尻尾を振ってゲゲゲロの血を落としてから「いいよ」と小さく言った。


「それより、お前らまだまだ弱いな。もっともっと訓練が必要だ」

「うん。そうだね」

「まあ、今のゲゲゲロはそれなりに強かったが、あのくらいはチョチョイのチョイで倒してくんねぇと、この先不安だぜ」


 シザースグレーは「ごめんね」と頭を掻いた。


「謝る必要はねぇよ。それよりも、そろそろロックブラックの心配をしてやらねぇと、アイツまた泣くぞ」

 そう言うと、シザースグレーは「そうだった!」と叫んでロックブラックの元に走った。


「ブラック大丈夫!?」

「来るのが遅いぃぃ! もっと心配して!!!」


 まあ、あの調子なら大丈夫だろ。

 魔法少女モノクロームの実力はまだまだ発展途上だ。

ありがとうございました!

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