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第8話 氷の令嬢と、女の戦い(心理戦バトル編)

 紅き薔薇の令嬢は笑う

 氷の令嬢と、女の戦い(心理戦バトル編)


「はじめまして。アリシア=グラディール嬢。噂はかねがね」


彼女は微笑んでいた。完璧な髪型、張りのある白肌、深い紫のドレス。そこに立つ姿は、まさしく“女王”。

――エリザベート=リーベルハイム公爵令嬢。

王子の婚約候補にして、貴族社会での頂点を自他ともに認める存在。


そして何より、アリシア――いや中身おっさんにとっては、かつてプレイしていた乙女ゲームにおいて、全ルートで登場するチートキャラでもある。


(……うわあ来たよ。エリザ先輩……“正ヒロイン”。勝てるわけねぇだろこんなの)


だが――逃げられない。なぜならこれは、「第二王子妃・選定会議」。それぞれの婚約候補たちが一堂に集い、“ふさわしい者”を王族と貴族が見定める場だったのだ。


そして、開幕早々に行われた“お茶会パフォーマンス審査”で、最初に仕掛けてきたのは――もちろんエリザベート。


 



「どうぞ、お口に合うとよいのですけれど」


エリザベートが差し出したのは、白銀のティーポットから注がれるルイボスティーと、自家製のローズマカロン。


口に含んだ瞬間――華やかな薔薇の香りと、ほのかに漂うラベンダー。

その場の貴婦人たちが、うっとりと目を細める。


「なんて香り……これはまるで、宮廷の春……」


(やべぇ、女子力が濃縮されてる……)


対するアリシアの手札は……。


「えーと、こちらは“揚げじゃがとチーズの出汁風スコーン”ですの。少し温かいので、紅茶ではなく番茶を合わせて……」


会場が一瞬静まり返る。


「番茶……?」


「庶民の飲み物じゃありませんの?」


「まあまあ、ひと口だけ――」


――ザク、ホク、じゅわ。


「……っ!? なにこれ、うまっ」


「スコーンなのに、出汁……!?」


「なにかこう……こう……祖母の味……!」


(よし、ばあちゃんのレシピが刺さった!)



勝負は互角。エリザベートが高貴と技巧で攻めれば、アリシアは温もりと親しみで受け流す。


――だが、戦いはここからが本番だった。



「アリシア様は……ご兄弟はおられますの?」


エリザベートがそう問いかけた時、空気が微かに張り詰めた。


中身おっさんは、ゲーム設定だけでなく、自作の“家族エピソード”をでっち上げていたが、細かい整合性に自信がなかった。


「え、ええと、兄が一人……商会の仕事で帝都へ……」


「まあ。帝都といえば、リューディガー公が拠点をお持ちですわね。どちらに?」


「……き、きききき……貿易路のあたりですわ」


(あかん、あやしい。突っ込まれたら詰む)


エリザベートの微笑は変わらない。


「ご家族仲がよろしいのね。私? わたくしは三人兄弟ですの。末っ子のミヒャエルは、まだ七歳で、先日初めてわたくしの香水瓶を割ってしまいまして」


「それは災難でしたわね……」


「ええ。でも叱った後、泣きじゃくりながら“姉上の香りが好きだから!”なんて……かわいらしくて、もう……」


(なんだこの女神エピソード……男子全員落ちるやつだろ)



だがここで、アリシアも負けじと切り返す。


「そういえば……わたくし、小さいころに祖父に連れられて、下町の市場を見たことがございますの。あの喧騒、食材の香り……今でも、心に残っていますわ」


「まあ。まるで、庶民の気持ちを理解しているとでも?」


「ええ。人を導く者には、それが必要だと思いますわ。上から見下ろすだけでは、国は動きませんもの」


「……ふふ。興味深いお考え」


火花が散る。どちらも引かない。



会議の最後、王子ジークフリートが立ち上がる。


「どちらの意見にも、一理ある。だが、最終的に我が妃を選ぶのは私だ」


その目はアリシアを、そしてエリザベートを交互に見た。


「私は、未来の国にとって、最良の伴侶を選びたい。そのため、もう少し“私的な”時間を、それぞれと持たせてもらう」


(マジかよ!? 乙女ゲールート分岐イベント突入じゃん……)


そしてその夜――。


アリシアの部屋の扉を、ひとりの人物が叩いた。


「失礼。お茶、いただけるかしら?」


そこにいたのは、エリザベートだった。



「……私、貴女を甘く見ていたのかもしれませんわ」


「光栄ですわ。そちらこそ、完全無欠すぎてビビりましたの」


「……けれど、一つだけ理解できませんの。貴女は、なぜそんなに“王子”に興味がない顔をなさっているの?」


アリシアの手が、ぴたりと止まる。


(……バレたか)


「普通、あそこまで愛を向けられれば、もっと……浮かれるものですわ。なのに貴女は、“一歩引いた目”で見ている」


「それは――」


「まるで、人生を一周終えたような、達観したまなざし」


その言葉に、アリシア――いや中身のおっさんは、内心肝が冷える。


(こいつ……こいつ、鋭すぎる)


エリザベートは、紅茶を一口飲んだ後、静かに言った。


「貴女が何者であれ、私は貴女を敵と認めます。……でも、心から楽しいわ。この戦い」


「……それは、光栄ですわ」


(くそっ、完全に“ライバル”認定された……ッ!)


“女の戦い”は、まだ始まったばかり。

だが、その火蓋は――今、静かに切って落とされた。

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