表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

第7話 王子のプロポーズ!?中身パニック編

 紅き薔薇の令嬢は笑う

 王子のプロポーズ!?中身パニック編


 


春の陽光が差し込む学院庭園。満開の桃花の下、アリシア=グラディールは静かに紅茶を飲んでいた。ティーカップを持つ指先、淑女のそれ。


だがその心中は――。


(あ~~~~~~!!何やってんだ俺ぇぇぇぇ!?)


そう、彼女の中身は元・屋台のおでん屋のおっさん。齢三十八で独身。事故死したと思ったら、目覚めたら美少女貴族に転生していた――という、よくある異世界トラブルを見事に引き当てた男である。


今は名門グラディール家の令嬢として、商人会議で論戦を繰り広げたり、かつての上司アーレントとバチバチしたりしていたが――今日という今日は、別の意味で危険だった。



「アリシア嬢。わたくしと、正式に婚約していただけませんか?」


「……は、はいぃっ!?」


告げたのは、この国の第二王子、ジークフリート=フォン=ゲルマンド。金髪碧眼、剣も魔法も文武両道の超絶イケメン。いわば「乙女ゲーム」的なこの世界の“王子枠”筆頭である。


その王子が、庭園のど真ん中で、ひざまずいて婚約を申し込んできたのである。


(おいおいおい待て、なんで俺がお姫様抱っこされるルートに入ってんだ!?)


アリシア――というか中身のおっさんは、完全に思考停止していた。



事の発端は、ほんの三日前。春季学園祭の準備会議で、アリシアが「下町風屋台」を出すと提案した時だった。


「ふむ、“おでん”というのは一体?」


「塩出汁と練り物の……いや、異国の料理でございますわ、殿下。とても温かく、庶民にも喜ばれるものですの」


王子は一口試食すると、目を見開いた。


「……これは……っ! この味、まるで母の温もり……!」


(いや母じゃねえよ!? 屋台のオヤジの出汁だよ!?)


そこから王子の暴走が始まった。毎日屋台準備に顔を出し、話しかけ、スープを褒め、いつしかアリシアの好みの茶菓子まで差し入れてくる始末。そして今日、ついに爆弾が投下されたというわけだ。


「わたくしは、あなたのその志と笑顔に、心を打たれました。商才も気品もお持ちで……何より、あなたの作るあの温かい味を、一生そばで味わいたいのです」


(味でプロポーズ!? 味が理由の結婚って聞いたことねぇぞ!?)



その後、王子の告白は瞬く間に王宮内に伝わり、アリシアは早速、王妃代理の謁見に招かれることになった。


(あああ……やばい……そろそろ限界……)


「アリシア嬢。こちらへ」


応接室に通されたアリシアは、王子の母君――王妃代行・セリーナ=フォン=ゲルマンドと対面する。表情は穏やかだが、瞳には鋭い光が宿っていた。


「あなたの作った“おでん”は確かに素晴らしい。王子もあなたを気に入っている。だが……グラディール家の名に恥じぬ、真の令嬢であると、わたくしに証明なさい」


(……ついに来たか、“中身チェック”……!)


試される。かつて日本の屋台で鍋を回し、深夜のサラリーマンの愚痴に相槌を打ち、翌朝には近所の犬に吠えられていた中年男が、“王子の婚約者候補”として振る舞えるのか!?


(こっちはアラフォー独身男性、恋愛経験:失恋2回、既読スルー100回超だぞ!)



紅茶の作法、舞踏会の所作、料理の献立説明、そして“将来の国政ビジョン”まで。


すべてにおいてアリシアは“完璧”だった。


――その中身が「おっさん」であることさえ除けば。


だが、一瞬だけ隙が出た。


「アリシア嬢は……どうして、そこまで人々の暮らしに詳しいのかしら?」


「え、ええと……えっと……」


(どうする!? “前世の記憶で毎日食材仕入れてたから”なんて言えない!)


「それは……祖父の影響ですわ!」


「祖父?」


「はい。亡き祖父は庶民の間に身を置き、さまざまな屋台文化に精通しておりましたの。私はその影響で……っ」


(頼む……じいちゃん、いてくれ……脳内設定のじいちゃん……!)


王妃は静かに頷いた。


「……面白い血を、お持ちなのですね。ならば、もう少し様子を見ましょう」


 



夜。屋敷に戻ったアリシアは、ベッドに倒れ込む。


「……はああああっ!! バレてない!? バレてないのか!?」


「お嬢様、どうなさったのですか?」


「いや何でもない、ちょっと胃が千切れそうなだけよ……」


メイドのソフィアが心配そうに温かいミルクを差し出す。


その香りに、アリシア――いや、元おでん屋のおっさんは小さく笑った。


(……まさか王子に惚れられるなんてな……こりゃあ、乙女ゲームどころか、恋愛ゲーム最終章に突入だ)


 


しかし――。


その翌朝、届けられた一通の書状が、事態をさらに揺るがす。


『王子妃候補、正式選定会議 五日後開催』


――ライバル出現。公爵令嬢・エリザベート参戦。

その名は、前世で「攻略対象を全てかっさらうチートヒロイン」として恐れられた存在だった。


(なんでよりによって“エリザ先輩”までいるんだよぉおおお!?)


アリシアの“中身バレ危機”は、まだまだ続く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ