第7話 王子のプロポーズ!?中身パニック編
紅き薔薇の令嬢は笑う
王子のプロポーズ!?中身パニック編
春の陽光が差し込む学院庭園。満開の桃花の下、アリシア=グラディールは静かに紅茶を飲んでいた。ティーカップを持つ指先、淑女のそれ。
だがその心中は――。
(あ~~~~~~!!何やってんだ俺ぇぇぇぇ!?)
そう、彼女の中身は元・屋台のおでん屋のおっさん。齢三十八で独身。事故死したと思ったら、目覚めたら美少女貴族に転生していた――という、よくある異世界トラブルを見事に引き当てた男である。
今は名門グラディール家の令嬢として、商人会議で論戦を繰り広げたり、かつての上司アーレントとバチバチしたりしていたが――今日という今日は、別の意味で危険だった。
「アリシア嬢。わたくしと、正式に婚約していただけませんか?」
「……は、はいぃっ!?」
告げたのは、この国の第二王子、ジークフリート=フォン=ゲルマンド。金髪碧眼、剣も魔法も文武両道の超絶イケメン。いわば「乙女ゲーム」的なこの世界の“王子枠”筆頭である。
その王子が、庭園のど真ん中で、ひざまずいて婚約を申し込んできたのである。
(おいおいおい待て、なんで俺がお姫様抱っこされるルートに入ってんだ!?)
アリシア――というか中身のおっさんは、完全に思考停止していた。
*
事の発端は、ほんの三日前。春季学園祭の準備会議で、アリシアが「下町風屋台」を出すと提案した時だった。
「ふむ、“おでん”というのは一体?」
「塩出汁と練り物の……いや、異国の料理でございますわ、殿下。とても温かく、庶民にも喜ばれるものですの」
王子は一口試食すると、目を見開いた。
「……これは……っ! この味、まるで母の温もり……!」
(いや母じゃねえよ!? 屋台のオヤジの出汁だよ!?)
そこから王子の暴走が始まった。毎日屋台準備に顔を出し、話しかけ、スープを褒め、いつしかアリシアの好みの茶菓子まで差し入れてくる始末。そして今日、ついに爆弾が投下されたというわけだ。
「わたくしは、あなたのその志と笑顔に、心を打たれました。商才も気品もお持ちで……何より、あなたの作るあの温かい味を、一生そばで味わいたいのです」
(味でプロポーズ!? 味が理由の結婚って聞いたことねぇぞ!?)
*
その後、王子の告白は瞬く間に王宮内に伝わり、アリシアは早速、王妃代理の謁見に招かれることになった。
(あああ……やばい……そろそろ限界……)
「アリシア嬢。こちらへ」
応接室に通されたアリシアは、王子の母君――王妃代行・セリーナ=フォン=ゲルマンドと対面する。表情は穏やかだが、瞳には鋭い光が宿っていた。
「あなたの作った“おでん”は確かに素晴らしい。王子もあなたを気に入っている。だが……グラディール家の名に恥じぬ、真の令嬢であると、わたくしに証明なさい」
(……ついに来たか、“中身チェック”……!)
試される。かつて日本の屋台で鍋を回し、深夜のサラリーマンの愚痴に相槌を打ち、翌朝には近所の犬に吠えられていた中年男が、“王子の婚約者候補”として振る舞えるのか!?
(こっちはアラフォー独身男性、恋愛経験:失恋2回、既読スルー100回超だぞ!)
*
紅茶の作法、舞踏会の所作、料理の献立説明、そして“将来の国政ビジョン”まで。
すべてにおいてアリシアは“完璧”だった。
――その中身が「おっさん」であることさえ除けば。
だが、一瞬だけ隙が出た。
「アリシア嬢は……どうして、そこまで人々の暮らしに詳しいのかしら?」
「え、ええと……えっと……」
(どうする!? “前世の記憶で毎日食材仕入れてたから”なんて言えない!)
「それは……祖父の影響ですわ!」
「祖父?」
「はい。亡き祖父は庶民の間に身を置き、さまざまな屋台文化に精通しておりましたの。私はその影響で……っ」
(頼む……じいちゃん、いてくれ……脳内設定のじいちゃん……!)
王妃は静かに頷いた。
「……面白い血を、お持ちなのですね。ならば、もう少し様子を見ましょう」
*
夜。屋敷に戻ったアリシアは、ベッドに倒れ込む。
「……はああああっ!! バレてない!? バレてないのか!?」
「お嬢様、どうなさったのですか?」
「いや何でもない、ちょっと胃が千切れそうなだけよ……」
メイドのソフィアが心配そうに温かいミルクを差し出す。
その香りに、アリシア――いや、元おでん屋のおっさんは小さく笑った。
(……まさか王子に惚れられるなんてな……こりゃあ、乙女ゲームどころか、恋愛ゲーム最終章に突入だ)
しかし――。
その翌朝、届けられた一通の書状が、事態をさらに揺るがす。
『王子妃候補、正式選定会議 五日後開催』
――ライバル出現。公爵令嬢・エリザベート参戦。
その名は、前世で「攻略対象を全てかっさらうチートヒロイン」として恐れられた存在だった。
(なんでよりによって“エリザ先輩”までいるんだよぉおおお!?)
アリシアの“中身バレ危機”は、まだまだ続く。