第6話 商人会議バトル!アリシアvsアーレント
紅き薔薇の令嬢は笑う
商人会議バトル!アリシアvsアーレント
王都ラストリア。春の商業評議会は、例年に比べて不穏な空気に包まれていた。
会場となる「金羊宮」には、ゲルマンド王国でも名だたる商人、公証人、貴族代理が集う。――そしてその中央、ふたりの姿があった。
「久しぶりですね……いや、“会いたくなかった”と言うべきか。アリシア=グラディール嬢」
「……まさかあんたが“この世界”に来てるとはね、高橋課長」
「課長と呼ぶな」
アーレント=フォン=シグムント。
元・株式会社タカハシ商事 営業二課課長。現・王都有数の実力派新興商人。アリシア(中身:元おでん屋)にとっては、かつての上司であり、反りの合わない宿敵だった。
「今回の議題は“新設流通路の割当”。なるほど、あんたが手を出すにはおあつらえ向きってわけか」
「当然でしょう。かつての日本でも物流と販路はすべての基礎。こちらでも同じです。――令嬢風情が、どこまで戦えるか、見ものですな」
「……“風情”ねぇ」
アリシアはくすっと笑う。
その笑みは、令嬢のものではなかった。かつて冬の寒空でおでん鍋と闘った、あの屋台のおっさんの笑みだった。
*
議会は進行役の老貴族により開かれ、各派閥の代表が意見を述べていく。
アーレントは「北方新道」の独占提案を推し進める。
広域輸送を担うための道路整備、倉庫設置、そして王都税収増を見込んだ経済提案――すべてが完璧に計算された、教科書的な戦略だ。
「なるほど、理論は綺麗だ。けどなぁ……“現場”ってのは、そう上手くはいかねぇんだよなぁ」
ふと、アリシアが立ち上がった。
「私は“北方新道”ではなく、“下町横丁ルート”の再整備を提案するわ」
「……あの老朽化した市街地通路を? あんなの、商用には耐えませんよ」
「そこに“人がいる”ってのが重要なのさ」
アリシアは地図を広げ、複雑に交錯する横丁の小路と、そこにある商店・食堂・職人街を指差した。
「この路地は古いが、生きてる。昼になれば飯屋の湯気が立ち、子どもが走る。そこに“道”を作るってことは、“生きた商い”に命を吹き込むってことだ」
「だが効率が悪い。大型荷馬車も通れない」
「なら、小型魔導カートを普及させりゃいい。石畳は既に補修済み、古井戸も共同水場に転用できる。投資は少なく、リターンは“文化と生活”そのものだ」
ざわつく議場。
アリシアはさらに言葉を続ける。
「アンタの“北方新道案”は確かに効率的。でもな、それって“誰のための道”なんだ?」
アーレントが眉をひそめる。
「私は言う。“商売”ってのは、“誰かの生活の中にあるもの”だ。金だけを回す道に未来なんてない。人が笑って、食って、明日を話せる――そんな道じゃなきゃ、作る意味がねぇ」
その声は、令嬢のものではなかった。
けれど議場の老商人たち、職人ギルド代表らの目が変わっていく。
「ほう……令嬢、いや、嬢ちゃん。その考え、嫌いじゃないぜ」
「我々も、“人の顔が見える商い”に賭けてみたい。道具屋連合、グラディール嬢に賛同しよう」
「下町支援商会も乗るぞ!」
「……くっ……!」
アーレントの顔が歪む。
「まさか、こんなやり方で――!」
「アンタ、忘れたのか? “営業ってのは数字だけじゃねぇ”。あたしはおでん屋だったが、顔と笑顔で鍋を売ってきた。あんたこそ……“現場”を忘れちまったんじゃねぇのか?」
*
その日、議会は投票で“下町横丁ルート”を僅差で採択。
アーレントは静かに立ち去り、アリシアは一人、湯気立つ茶屋の縁側で座っていた。
「はぁ~、胃が死ぬかと思ったわ……」
「お見事でしたわ、アリシア様」
「キャンベラ……いや、妹さん。ちょっと背中、叩いてくれない?」
「また五十肩ですか?」
「バカ、緊張で肩が固まっただけだ!」
ふたりの笑い声が、春風に混じって遠くへ消えていく。
――しかし、アーレントはこのままでは終わらない。
次なる戦場は、“王子の婚約者選定”――政略結婚の舞台かもしれない。
だが、アリシアは笑っていた。
なにせ、次の武器は“屋台式の宴会料理”だ。
「王子? ……おでんで黙らせりゃいいだけよ!」