第5話 正体バレ寸前!?お風呂と中身バレ危機編
紅き薔薇の令嬢は笑う
正体バレ寸前!?お風呂と中身バレ危機編
貴族の館の一角、静かに湯けむりが立ち上る風呂場。
広い大理石風呂に身を沈めながら、アリシア=グラディール――中身おっさん(元おでん屋)は、目を閉じていた。
「はぁ~~……極楽極楽。湯船ってのは、やっぱ肩まで浸かってナンボよね……」
今日も社交界は混沌を極めた。
特に最近では、かつての“同僚”だった男、高橋課長ことアーレント=フォン=シグムント卿がライバルとして王都に登場したばかり。庶民派vs貴族派の舌戦・宣伝戦争は泥沼の様相を見せている。
(くそ、元上司の癖に、いちいち言い返してくるし……。そろそろ“中身バレ”にも警戒しないと)
そんな考えがよぎる中――
「アリシアさま、失礼いたします。今夜はこちらでご一緒してよろしいでしょうか?」
「……は?」
突然の声。扉の方に目を向ければ、湯気の向こうから優雅に歩み寄るのは――
「……キャンベラ=フェルノ嬢!? なんで!? ていうかお風呂なんだけど!!」
「まあ、お嬢様方が集う湯浴み処ですもの。ご一緒は自然なことではありませんか?」
ニコリと笑う彼女は、アリシアと同じ学院に通う才女であり、学問・魔術・社交すべてをこなす完璧超人。
そしてなぜか最近、アリシアへの関心がやたらと高い。
(ちょ、待って。このままだと、入浴中の何気ない言動で“おっさん中身”がバレる……!)
「アリシア様、肩、少し凝っていらっしゃるようですね? よろしければお背中、お流ししましょうか」
「断るぅぅぅっ!!」
即座に半身でバシャッと湯を跳ね飛ばすアリシア。
「……私、人に背中を任せる趣味ないのよッ! 武士の情けっていうか、ほら、領主の矜持っていうか!」
「領主……?」
「――ッ! 貴族の、ね! 貴族のっ! あっぶね!」
(くっ……口調のクセが抜けない……!)
キャンベラは目を細めて微笑んだ。
「……ふふ。やはり、あなたは少し、他の令嬢方とは違いますわね」
(やっべえええ、疑ってる!?)
*
風呂上がり、廊下。
「アリシア様。突然ですが……」
「……え?」
「少し、お話ししたいことが」
その目が本気だった。
ただの社交辞令ではない。疑念。確信。何か、彼女は気づいている。
「……貴女、まさか――“転生者”ではありませんか?」
「――ッ!?」
背筋に電流が走る。
アリシアは、数秒間沈黙した。
(まさか。まさかこの世界で、私以外にも中身持ちがいるとは……いや、待て。冷静に考えろ。言質は取られていない)
「……おもしろい冗談ね。私が転生者? そんな物語、流行り小説の読みすぎじゃない?」
「――ならば、なぜ風呂の中で『五十肩がぶり返した』などと呟いていたのです?」
(やっちまったぁああ!!)
「そ、それは……! あれよ、流行の呪文! “ゴジュカタブリカエシータ”、魔除けの一種!」
「……そうですか。ですがアリシア様、貴女の所作や言葉の端々、なぜか“我が家の執事”とそっくりなのです。特に、『湯冷めするとマジで風邪引くぞ』などという言い回し、彼以外では聞いたことがありません」
(どこの執事!? っていうかその執事、中身同類かよ!?)
アリシアは思わず頭を抱えた。
「……わかった。キャンベラ。ちょっと場所を変えよう。ここは、話すには向いていない」
「はい、承知いたしました。アリシア様」
その夜。
屋敷の書斎で、ふたりの“魂の会話”が始まった。
*
「……私は、かつて“日本”という世界で、おでん屋をやっていた」
「やはり……!」
「“令嬢”として振る舞ってはいるけど、本来の私は……女でもなければ貴族でもない。ただの“おっさん”よ」
「……では、あの言葉も……“アチアチの玉子こそ至高”というのも……」
「うむ」
「“ちくわは素材が命”と……」
「うむ」
「“油揚げは煮込んでこそ真価を発揮する”も……」
「それは真理だな」
「やはり貴女は……“同類”!」
「え? お前もおっさ……転生者!?」
「いえ、私は“妹”です。“兄”が貴女と同じくおでん屋でした。私は妹として、兄の背中を見て育ち――兄が亡くなったその日、“この世界”に来ました」
「……それは……」
「私は兄の影を、アリシア様に見ていた。けれど、それは私の錯覚ではなかった。あなたは、まさしく……“兄と同じ魂”を持つ方です」
アリシアは思わず、湯冷めしたように身震いした。
「……なあ、キャンベラ。私が“令嬢”の皮を被ってるって、幻滅しないか?」
「いいえ。むしろ、ようやく“真のアリシア様”に出会えた気がいたします」
その言葉に、アリシアの肩が――ほんの少しだけ、楽になった気がした。
「……よし、そんじゃ。今度はキャンベラにも“出汁の真髄”ってやつを教えてやるよ。覚悟しときな」
「光栄です、“おでん姉さま”!」
「やめろぉぉぉ!!」
――こうして、正体バレ危機は回避……どころか、味方がひとり増えてしまったアリシアであった。
次なるバレの危機は、そう遠くない――かもしれない。