表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

第4話 転生者は笑わない

紅き薔薇の令嬢は笑う

 転生者は笑わない


「……まさか、あいつが来るなんてね」


 王都の社交会にて、アリシア=グラディールは金色のシャンパンを前にひとりごちた。

 絢爛たる舞踏会場の隅、煌びやかなドレスに身を包んでいても、中身は完全におっさんモードだ。


 その視線の先。そこにいたのは――


「初めまして。アーレント=フォン=シグムントと申します。遠い南部領より参りました。……紅き薔薇商会の“令嬢”に、ぜひご挨拶をと」


 長身、切れ長の瞳、整った金髪。上品な微笑み。王都デビューの若き貴族。

 誰が見ても文句なしの王子様風である。


 だがアリシアはその姿を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。


(……うわぁぁああ、いるじゃん!? なんでお前!?)


 アーレントの姿は、かつて自分と同じ会社で働いていた営業部の“高橋課長”にそっくりだった。

 いや、正確に言えば――中身が同じだった。


「……お久しぶりですね、“アリシアさん”」


 アリシアは条件反射で、ワイングラスをぐっと飲み干した。


「……やっぱり、あんたか、“高橋”」


「こちらでは“アーレント卿”とお呼びください。私は貴族ですから。あなたのような“おでん屋令嬢”とは違って」


 その言い草に、アリシアはぐっと歯を食いしばる。


(……くそ、あいつ、性格変わってねぇ)


(前世で散々「効率重視」「ムダ無く数字取れ」とか言って、私のおでんイベント部門をコケにしやがって!)


(転生してまでマウント取りにくるとか、何の呪いよ)


「聞きましたよ。あなたの商会、“庶民の味方”とか言って、まるで理想論ですね。……前世と変わらず、夢ばかり見ている」


「は。で、あんたは何? 今度は貴族様として“改革ごっこ”でも始めるわけ?」


「ええ。まずは物流。あなたが築いた路線、そろそろ“貴族による統制”が必要だと思いまして。庶民の商いでは、限界がありますから」


 アリシアは笑った。


「“統制”? あんた、本当に分かってないんだね。人の暮らしは数字じゃ動かせない。汗とにおいと、熱気で動くのよ」


 アーレントの目がわずかに細くなる。


「では、いずれ分かるでしょう。……その“非効率”が、どれだけ脆いかを」


「結構。私は私のやり方で、あんたよりでっかい“屋台”を動かしてみせる」


「それは、宣戦布告と受け取ってよろしい?」


「ええ。前世じゃ勝てなかったけど、今世では――おでんが勝つ!」


 


 *


 


 数日後。


「アリシア様! 例の“アーレント卿”、王都で新しい商会を立ち上げたそうです!」


 執事ユージンの声が響く。


「ふん、読めてたわ。“エリート商業連合”とかで、貴族向け高級路線で攻める気ね」


「しかも……“紅き薔薇の廉価モデル”を丸パクリして、そちらを“上位互換”として売り出すつもりのようです」


「やりやがったな、高橋……!」


 アリシアは書類をバサッと机に叩きつけた。


「いいわ、望むところよ! 庶民の味、おでんと下町の誇り、なめんなよ! 勝負受けて立つわ!」


 ユージンが戸惑い気味に尋ねた。


「……どのように勝負を?」


「まずは、無料試食会! 徹夜で出汁取るわよ! あとは人情ストーリー付きチラシを配布、口コミで情に訴えて涙を誘い、対抗馬には“既視感”という名の冷たい視線をプレゼントよ!」


「……もはや戦術が屋台の親父そのものですね」


「中身がそうなんだからしょうがないでしょ!!」


 


 *


 


 後日、王都北部。紅き薔薇商会主催「庶民大感謝おでんフェア」にて――


「うめぇぇぇ! 出汁が五臓六腑に染み渡るぅぅ!」


「うちの子も通ってる学び舎が紅き薔薇さんの支援だって!? ありがてぇ!」


「アーレント商会の方は……なんかこう、機械的っていうか、味に“ぬくもり”がねぇ……」


 


 アリシアは、ほくそ笑んだ。


(……さあ、かかってきなさい。前世じゃ数字で勝てなかったけど、今は“人情”が私の武器よ)


(あんたがこの国を“制圧”するなら、私はこの国を“抱きしめて”やる!)


 この国で再会した“元・同僚”たち。


 いずれは互いの正義がぶつかり合う未来が来るかもしれない。


 だがその時まで、アリシアは――令嬢の皮を被ったおっさんとして、“庶民の正義”を貫き通す覚悟だ。


 


 ――悪役令嬢アリシア。次なる敵は、かつての上司。

 だけど、絶対負けない。なにせ、心はいつだって熱々のおでんだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ