第4話 転生者は笑わない
紅き薔薇の令嬢は笑う
転生者は笑わない
「……まさか、あいつが来るなんてね」
王都の社交会にて、アリシア=グラディールは金色のシャンパンを前にひとりごちた。
絢爛たる舞踏会場の隅、煌びやかなドレスに身を包んでいても、中身は完全におっさんモードだ。
その視線の先。そこにいたのは――
「初めまして。アーレント=フォン=シグムントと申します。遠い南部領より参りました。……紅き薔薇商会の“令嬢”に、ぜひご挨拶をと」
長身、切れ長の瞳、整った金髪。上品な微笑み。王都デビューの若き貴族。
誰が見ても文句なしの王子様風である。
だがアリシアはその姿を見た瞬間、心臓が跳ね上がった。
(……うわぁぁああ、いるじゃん!? なんでお前!?)
アーレントの姿は、かつて自分と同じ会社で働いていた営業部の“高橋課長”にそっくりだった。
いや、正確に言えば――中身が同じだった。
「……お久しぶりですね、“アリシアさん”」
アリシアは条件反射で、ワイングラスをぐっと飲み干した。
「……やっぱり、あんたか、“高橋”」
「こちらでは“アーレント卿”とお呼びください。私は貴族ですから。あなたのような“おでん屋令嬢”とは違って」
その言い草に、アリシアはぐっと歯を食いしばる。
(……くそ、あいつ、性格変わってねぇ)
(前世で散々「効率重視」「ムダ無く数字取れ」とか言って、私のおでんイベント部門をコケにしやがって!)
(転生してまでマウント取りにくるとか、何の呪いよ)
「聞きましたよ。あなたの商会、“庶民の味方”とか言って、まるで理想論ですね。……前世と変わらず、夢ばかり見ている」
「は。で、あんたは何? 今度は貴族様として“改革ごっこ”でも始めるわけ?」
「ええ。まずは物流。あなたが築いた路線、そろそろ“貴族による統制”が必要だと思いまして。庶民の商いでは、限界がありますから」
アリシアは笑った。
「“統制”? あんた、本当に分かってないんだね。人の暮らしは数字じゃ動かせない。汗とにおいと、熱気で動くのよ」
アーレントの目がわずかに細くなる。
「では、いずれ分かるでしょう。……その“非効率”が、どれだけ脆いかを」
「結構。私は私のやり方で、あんたよりでっかい“屋台”を動かしてみせる」
「それは、宣戦布告と受け取ってよろしい?」
「ええ。前世じゃ勝てなかったけど、今世では――おでんが勝つ!」
*
数日後。
「アリシア様! 例の“アーレント卿”、王都で新しい商会を立ち上げたそうです!」
執事ユージンの声が響く。
「ふん、読めてたわ。“エリート商業連合”とかで、貴族向け高級路線で攻める気ね」
「しかも……“紅き薔薇の廉価モデル”を丸パクリして、そちらを“上位互換”として売り出すつもりのようです」
「やりやがったな、高橋……!」
アリシアは書類をバサッと机に叩きつけた。
「いいわ、望むところよ! 庶民の味、おでんと下町の誇り、なめんなよ! 勝負受けて立つわ!」
ユージンが戸惑い気味に尋ねた。
「……どのように勝負を?」
「まずは、無料試食会! 徹夜で出汁取るわよ! あとは人情ストーリー付きチラシを配布、口コミで情に訴えて涙を誘い、対抗馬には“既視感”という名の冷たい視線をプレゼントよ!」
「……もはや戦術が屋台の親父そのものですね」
「中身がそうなんだからしょうがないでしょ!!」
*
後日、王都北部。紅き薔薇商会主催「庶民大感謝おでんフェア」にて――
「うめぇぇぇ! 出汁が五臓六腑に染み渡るぅぅ!」
「うちの子も通ってる学び舎が紅き薔薇さんの支援だって!? ありがてぇ!」
「アーレント商会の方は……なんかこう、機械的っていうか、味に“ぬくもり”がねぇ……」
アリシアは、ほくそ笑んだ。
(……さあ、かかってきなさい。前世じゃ数字で勝てなかったけど、今は“人情”が私の武器よ)
(あんたがこの国を“制圧”するなら、私はこの国を“抱きしめて”やる!)
この国で再会した“元・同僚”たち。
いずれは互いの正義がぶつかり合う未来が来るかもしれない。
だがその時まで、アリシアは――令嬢の皮を被ったおっさんとして、“庶民の正義”を貫き通す覚悟だ。
――悪役令嬢アリシア。次なる敵は、かつての上司。
だけど、絶対負けない。なにせ、心はいつだって熱々のおでんだから。