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九、誰かの殺意の矛先 4.山崎ゆづり

 遥が話し終え、にっこりと笑ってから、うつむく。

 自分を崖から突き落とした犯人に会うことは達成されなかったからか、少し肩を落としているように見えた。


「同じ」


 不意に工藤彩葉が声をあげた。


「わたしも目的の人がいないのは遥と同じ」


 榛木ねこも頷いている。

 俺は怖くなっていた。こうなると、アイリは何者になるんだ?

 俺をおびき出して制裁をするために呼び出すメールを寄越したと言うのか?


「残った門野さんは?」


 メンバーの視線が集まり、背中にじんわりと汗が滲む。


「いや、みんなのような理由はないよ。ここにきたのは、たまたまだよ。楽しそうだったから…」


「嘘ですよね」


 間髪入れず、山崎ゆづりが言い訳を遮った。こちらの情報が筒抜けだとしたら、ここで誤魔化しても仕方ない。


「まあ、あの。実は、この中に俺に会いたいと言っている人がいると聞いて……まあ、あの、一人の女の子が、門野メイスに興味があるから来てほしいって。個人的に連絡がありまして」


 アイリのことはぼかして伝える。それでも俺以外の全員が納得の表情を浮かべた。


「下心ね」


「好意を持っている子がいると言われたら、来たのね」


「すみません」


 反射的に謝ってしまった。


「それで。誰が誰を殺したの?」


 工藤彩葉が投げやり気味に投げかける。呆れるしかないのだろう。自分の世界には起こり得ないことだと信じている。そんな物騒なことは物語かニュースの中でしか起きないと。


「でもーー」


 山崎ゆづりがたっぷり間を持たせて吐き出した。


「全員に共通することがあるよね?」


「共通?」


 遥が首を傾げると、山崎ゆづりは嬉しそうにうなずく。


「それは現れるはずの人が現れていないってこと。榛木ねこさんの面接官、彩葉さんの先輩、遥さんを崖から突き落とした主任。あと門野さんに好意を寄せている人」


「だからなんなの?」


 工藤彩葉はまだ苛立っている。


「来なかったからなんなの?」


「その人が来ないと知ったら、胸がざわざわしません?」


「まあ、期待はしていたけど」


「いいえ。生きていてほしいと思ったはずです」

  

 山崎ゆづりは笑顔のままだった。目を爛々とさせ、視線を榛木ねこと遥に向けた。


「榛木ねこさんと遥さんは、探している人間が同一人物の可能性が高いんですよね?」


「まあ、そうですけど」


「実は、全員同じなんですよ。その人が生きているかの確認をしたくて、この茶番に来ているのではないかな?」


 山崎ゆづりは不意に、視線を外へ投げかける。


「店員さん。お水ください」


 ポニーテールの女の店員が返事をすると、素早く水を持ってきた。


「みなさんも飲みます?」

 

 俺は首を横に振る。他のメンバーも次々に断る。こんなところで飲む水に何が入っているのかわからない。メンバー全員、そう思ったに違いない。


「今度はわたしの話をします」


 山崎は運ばれてきたお冷のグラスから、一口水を飲み、話を始めた。


「あいつはクソみたいなクレーマーだった」


 「来ないんだけど」


 夕方のファミレス。あの女と出会ったのはわたしのバイト先だった。

 有名なクレーマーだった。車に犬を残してランチを食べに来る女。忙しい時間帯にわざわざボタンで呼び出して料理の催促。キッチンは修羅場と化し、鬼のように決められた行程を進めていっている。こちらだって1秒の暇もないくらい動き回っているのに、注文から3分も経ってないお客様の「来ないんだけど」に対応するのは苛立ちしかない。


「もういい。あんた、名前覚えたから」


 そういうと、女は手でシッシッとわたしを追い払った。

 店長に事情を話したけれど、何も対応してくれなかった。代わりに他の男性スタッフが「もうあの客のところには行かなくていいよ」って言ってくれた。おかげでその日は乗り切ることができた。あの女は男性スタッフには何も言わず、ご機嫌でハンバーグを食べていた。

 でもね、実際はわたしも悪かった。

 女のことをいつもすごいジロジロ見てしまっていたから。

 だって女は、就職活動中に出会ったクソみたいな面接官に似すぎていた。  

 当時と同様、わたしが友だちに貸した指輪と似た指輪をしていた。

 その友だちは十七歳で行方不明になって、帰ってきていない。

 友だちが少なかったわたしの唯一の友だちだったのに、彼女はいなくなってしまった。

 あの指輪はちょっと高かったしお気に入りだったけれど、必ず返すから貸してっていうから貸した。

 それなのに返ってこなかった。友だちも返ってこなかった。

 

 気になって女のことを調べようと思ったけど、名前もわからない。面接の時名乗ったとしても忘れてしまった。知っているのは犬の名前だけだった。駐車場で犬に向かって、


「ごめんね! ナナちゃんお待たせ!」


 と、甘い声を出していたから大体のスタッフは知っている。

 でもね、そこからナナ奪還!というSNSの投稿を見つけた。

 その動画で、犬はリードにつながれ、じっと固まったまま疑い深くカメラを見ている。あいつの飼っている犬そっくりだった。

 動画の投稿主は、「ノベルオータム」という小説投稿サイトを使っていた。そこで投稿される物語にたびたび出てくるクレーマーはあいつと似すぎていた。

 これは、あの女とつながっている。

 そこでわたしは、この人たちがあいつの行方を知っているかもしれない。 

 あいつはわたしの友人の行方を知っているかもしれない。

 そうして、調べていくうちに、オフ会の計画を立てることになった。

 ナナの飼い主。

 その人の名前は吉野綾香。旧姓は原田。

 皆さん、聞き覚えありますよね?



 吉野綾香という名前を聞いて、榛木ねこ、工藤彩葉、遥が顔を見合わせる。


「先輩の名前だ」


 工藤彩葉が吐き捨てると、


「まさか、本当に同一人物なんて」


 遥も半笑いで呟いた。

 三人、いや山崎ゆづりも入れれば四人は、同じ人に会うためにこのオフ会に来たことになる。

 

「榛木ねこさんの面接官で、工藤彩葉さんの先輩で、遥さんの主任さん」


 山崎ゆづりは顔色一つ変えない。


「そして、ナナ奪還の動画投稿主は門野メイスさん」


 俺は唾を飲み込む。山崎ゆづりは余裕ぶっていたが、その顔は青ざめていた。


「あの人、あなたの奥さんですよね」



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