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七、誰かの殺意の矛先 2,工藤彩葉


「榛木さんの次は、誰が話す?」


 長い沈黙の後、山崎ゆづりはまた仕切り始める。それぞれ目を見合わせるが、もちろん誰も気が進まない。


「じゃあ、工藤彩葉さん」


 名指しされ工藤彩葉はニヤリと笑った。


「何の話だっけ?」


「あなたも、特定の人に会うために来たんでしょ?」


「わたしは何もない」


 工藤彩葉は首を振る。


「恨みなんてない」


「今更隠すつもりですか?」


「本当にただオフ会に参加しただけ」


「でも、おかしいですよね。だって。あなたは工藤彩葉じゃないでしょ?」


 山崎ゆづりの言葉に工藤彩葉の動きが止まった。そういえばさっきも「工藤彩葉のニセモノ」と言われていた。大きく息を吐きだし、工藤彩葉は小さく笑った。やれやれといった表情だ。   


「まあ、山崎さんが言うなら仕方ない。早く帰りたいし」


 二人は顔を合わせる。まるで知り合いみたいに。この中で工藤彩葉は少し歳上なのかもしれない。まあ俺よりは下だろうけど。

 その工藤彩葉は、ゆっくりとメンバーを見回す。


「仕返ししたい人はいる」


「その人は、どんな人なの?」


「まあ、最低な人間っていうの?」


 そして、工藤彩葉も素直に話し始めた。



 あの人と最初に会ったのは若い頃。就職先の先輩だった。わたしといる時はお姉さんキャラというか、姉御肌っていうか。こざっぱりしたタイプだった。

 見た目はアイドルだってできそうなほどかわいいのに、男性社員に混じって焼き鳥屋で飲むのが好きで、言わなくてはいけないことは、別け隔てなくちゃんと言う人という印象だった。

 わたしに仕事のほとんどを教えてくれた。

 気の強くて生意気だったから、わたしは世渡りなんて上手くできなかったから。男性がほとんどの職場で、時代錯誤の偏見、セクハラがまかり通る中、先輩は唯一の味方になってくれた人だった。厳しくても陰険なところがないから、泣いて笑って、何とか頑張れた。

 でも、わたしの彼氏を紹介したことをきっかけに豹変した。

 やたらと彼に会わせろって言われるようになった。しばらく3人で遊ぶことが多くなって、そのうち、わたしと彼が会う回数が減って、モヤモヤが止まらなくなっていった。

 5年付き合っていた彼は、お互いの親にも会ったし、婚約も決めていた。だからこそ、信頼する先輩に紹介したのに。

 もう違和感を放置できなくなって、問い詰めたら突然、別れを告げられた。

 既に彼は先輩と付き合っていた。だいぶ最初のうちから秘密で会っていたらしい。

 若いわたしには耐えられないほどのひどい裏切りだった。

 彼のことも先輩も責めて責めて責め立てた。

 彼は何を言っても黙ったままで、先輩には冷たく罵られた。


「そんなに取り乱して醜いね。そういうところが女としての魅力に劣るんだよ」


 そう吐き捨てた先輩を許すことができなかった。

 だから、仕事をやめた。

 だって、どう真実を広めようと、わたしと先輩では会社での味方の数が違った。


「男だったら先輩のほうに目移りしても仕方ない」

「男だから仕方ないよ」

「彼氏かわいそう」

「お前は女のくせに愛想悪いし」

「かわいくないんだよね」


 職場の人間には目の前でそう言われた。

 わたしみたいな生意気な小娘が婚約まで決まっていた彼に裏切られて、さぞ面白かったのだろう。

 そんな奴らの集まりだ。

 先輩のことを、裏表のないこざっぱりとした人だと思っていたけど全部演技だった。男性用と女性用。会社用とプライベート。キャラを使い分けていたのかもしれない。処世術として。

 でも、そんなことどうでもいい。当時のわたしは彼氏も仕事も失い、どん底もどん底だったから。


 まあ、それもあの頃だけ。あくまでもあの頃の話。

 時間が経って、次の職場で出会った人と結婚して。今はちゃんと幸せだから。

 だから、はっきりいって先輩のことなんて完全に忘れていた。

 山崎ゆづりに出会うまでは。


 山崎は結婚後に勤めることになったパート先にいた。何をどう調べたかはしらないけど、先輩とわたしとの関係を知っていた。それで、山崎の前の職場が先輩の転職先だったらしくて、休憩時間や就業後に頼んでもないのに近況を聞かされるようになった。

 それで、元彼とは違う、その職場で出会った全く別人と結婚したことを教えてくれた。

 前の会社はパワハラでクビになって、今は上司とのダブル不倫していて、子どもがいないことを盾に開き直って優雅な愛人生活をしているらしい。

 人の婚約者を奪ったくせにさっさと別れて違う人と結婚した上に、今は愛人生活だ? 全くのクソだ。

 でも、山崎ゆづりは、最近になって先輩と飲む機会があることを知らせてくれた。

 つまり、このオフ会の存在だった。 


「先輩に会えますよ。登録者の名前を借りて、素知らぬ顔で参加してみません?」


 それが山崎からの提案だった。

 もう昔の話だし、私には関係ない人だし、本当はどうでもよかったんだけどね。興味本位っていうのと、幸せになったわたしの顔を見せてやりたかった。だから、別人のフリして参加してやろうと思った。工藤彩葉のふりをして。


「それが、わたしの参加した理由。だからもう帰っていいでしょ」

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