表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/16

六、誰かの殺意の矛先1,榛木ねこ

 

 三年前。就活真っ只中の頃。

 いくつも受けて、いくつも落ちて、精神が病んでいた。地獄だった。

 それでも二社、最終面接までたどりついた。

 一社はあっけなく落とされることになり、最後の一つ。これがだめなら就職浪人決定。4月から無職。

 周りの友人は、みんな決まっているのに。

 だから、わたしは追い詰められていた。

 滑稽なくらい。


 その日の面接は二人だった。

 面接官がなかなか来なくて、受付を済ませた後に、随分待たされ、心の余裕がみるみる失われていった。

 どちらかが受かるか、落ちるか。

 二人して受かるか、落ちるか。

 緊張が頂点で達して、吐き気を催したとき、


「大丈夫?」


 優しく声をかけてきたのが山崎さんだった。遠慮気味に背中を少し擦り、戸惑った顔は、自分と同じ心境であることを物語っているように見えた。

 おかげで少し、落ち着いた。 

 それを見計らうみたいに面接官が現れて、ようやく最終面接が始まった。面接官をひと目見た時、

(いやだな)

と、思った。身なりに似合わない若者向けの指輪をしているのも、見下したような視線も、どこか感じが悪い。

 始まるなり、面接官はわたしたち二人を舐め回すように観察した。

 そして、最初にわたしの名前を呼び、


「あなたは、その容姿で、ここでやっていけると本気で考えたの?」


と、言った。間違いなく、この内容の発言だった。今なら許されないかもしれないけど、当時はこんなことが本当にあった。

 言葉に詰まった。緊張のせいだけとは思わない。何を言っているのか理解するのに時間がかかったのだ。


「隣りの子より見た目が悪いし、暗いし、つまらなそうだけど」


 面接官は畳み掛ける。


「そんなことはありません」


 そう返したわたしを見て、鼻から息を吐き出す。


「そのキャラ、就活用でしょ?」


「私は、御社の……」


「はいはい止めて」


 面接官は首を振った。


「つまらないから」


 深い溜息と同時に、顔を反らした。


「一緒に飲んでも、脱いでもつまらなそうだし、さっさと就活やめたら?」


 もう目を合わせる気はないように見えた。

込み上げる涙の理由は、悔しいのか、情けないのか、それとと悲しいだけなのか。もうよくわからなかった。

 この場で泣くのだけは避けたい。そう思って、膝の上の両手をきゅっと握りしめた。

 その時、ガタン、と音がした。


「申し訳ございません」


 横を見ると、隣りにいた彼女は立ち上がっていた。


「辞退させていただきます」


 深々と頭を下げたあと、淡々と話し始める。


「わざとですよね。面接官は、こうなることを狙ったいたわけですよね?

 最終面接なのに、面接官が一人。社長と人事の責任者、所属予定の部署の担当者が来ると知らされていましたし」


 面接官は驚いたのか、彼女を見つめたまま固まっていた。何も言い返せずに聞いている。


「面接の開始が遅かったことを考えると」


 彼女は唇に薄く笑みを浮かべた。


「こちらは、面接前から不合格決定組なのではないでしょう? 既に、内定者がいると思われます。これ、落とすための面接ですね?」


「だったら、何?」


 ようやく面接官が言葉を返す。逆ギレした子どもみたいな返事だった。唇だけの微笑みはわざとらしい。課せられた使命を言い当てられ、焦っているように見えた。


「そんなハズレ仕事をする面接官が会社でどんな立場なのか、わたしには計り兼ねますが。まあ、人を人と思わないようなやり方をする会社に入社できません」


 そう言い切り、わたしに視線を向けた。


「あなたは?」


 その声は、胸の奥に響いた。

 わたしは?

 わたしはここで堪えて、内定がほしいだろうか。

 貰えそうもないけど。


「わたしも、辞退します」


 頭で答えを探すより先に、言葉がこぼれていた。


「失礼しました」


 大袈裟に頭を下げて、二人揃って部屋を出た。面接会場を出た後、わたしは涙が止まらなくなってしまった。駅前に小さな公園を何とか探し出し、ベンチに座った。


「落ち着きなよ」


 彼女は慰めてくれた。大丈夫と伝えても、申し訳ないから帰っていいと言っても、そばにいてくれた。


「あいつ、スーツも指輪も安物だし、時計のブランドも大学生と違わない。面接に部下も連れてこれない。多分あれは雑魚社員」


「でも」


 涙が止まらなかった。


「一言、死ねって言いたかった」


 彼女が吹き出す。


「面白い!」


 あんまりゲラゲラと笑うから、わたしもつられて笑ってしまった。


「あーあ。二人して時間を無駄にしたね」


 彼女は立ち上がり、大きく伸びをした。そして顔を見合わせる。お互い戻らなくてはいけない。内定を逃してしまった現実に。


「また会いましょ」


 彼女はそう言って、颯爽と公園を一人出ていった。

 だから、山崎さんには感謝している。



 榛木ねこが話し終えて、長い沈黙が続いた。

 状況を整理する間もなく、話し始めた榛木ねこ。

 工藤彩葉が一つため息をついた後、沈黙を破る。


「榛木さんは山崎ゆづりと知り合いだったわけか」


「まあ、そうですね」


 榛木ねこは自嘲気味に笑った。

 何も知らずに引き受けた幹事が、今とても煩わしいというように。


「あの最悪な面接から違う会社に就職して、何度か転職して、ようやく今の職場にたどり着いた。まだアルバイトだけど、小さい頃からなりたかった仕事だったからすごく楽しい。

 でも、腹が立つことにその職場にその面接官が来た。飼い主として」


「飼い主って、なんの仕事なの?」


 俺は恐る恐る聞いてみる。


「動物病院です」 


「ーーああ。なるほど」


「受付をしていたら、見覚えのある人が小型犬を抱えて来たの。びっくりした。

 こっちのこと、全然覚えてなかった。その時はわたしも知らないフリをしたけど、だんだん忘れかけた怒りがこみ上げて。その場はもちろん我慢しましたよ。

 それからしばらく後に、電車の中で山崎さんに会った。わたしにとっては偶然だったけど」


 榛木ねこは目を伏せる。


「今思うと、本当は偶然じゃなかったのかもしれない。山崎さんは、あの面接官を見つけたから制裁をしようって誘ってきましたよね?」


「まさか、殺す、という意味の?」


 工藤彩葉が大真面目で言うので、榛木ねこはちょっと笑ってしまった。


「面接落とされたからってそこまではならないです」


「わたしを何だと思っているの?」


 山崎ゆづりはさも不本意といった態度言い返す。


「すごく憎らしく思ったけど、人生捨てたくない。だから制裁っていうのは社会的な意味」


 山崎ゆづりの説明に、榛木ねこはため息をついた。


「そんなところです。あいつと、その被害者を集めるのが目的。暢気にオフ会に来たあいつが青ざめるところを見るだけ。わたしはそれだけでよかったんだと思います。仕返しして、嘲笑いたかった。それから……」


 言い淀んでから、榛木ねこは視線をあげる。


「ごめんなさい。この小説投稿サイトはやってなくて、本物の榛木ねこは別人。山崎さんに言われて榛木ねこを名乗ってる。話が合うようにサイト内の小説はけっこう読んだ。それに、幹事といっても山崎ゆづりの言う通りに榛木ねこの名前で皆さんを招集しただけ。だから、わたしは何も知らない」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ