表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/16

四、オフ会が始まる①

 それから、どうやって戻ってきたのか覚えていない。元の席に座っても俺の心臓は早鐘を打ったままだった。

 食べかけのナポリタンの色がくすんでいく。運ばれた3杯目生ビールも、もはや何の味もしない。原因はイチイチ背の高いオシャレグラスだからではない。


「さすが大人ですね」


 遥が俺の顔を覗き込む。


「わたしは苦くてビール飲めないんです」


 手に持った甘いカクテルを見せる。


「わかるわかる!」


「いやいやビールでしょ」


 それぞれ好みのお酒の話が、和やかに始まった。

 何でもない、平和な話題にようやくホッとしたのもつかの間だった。


「そういえば、遥さんって」


 山崎ゆづりが首を傾げた。


「どうして女装しているんですか?」


 再び場が凍りついた。山崎ゆづりは人を凍りつかせるのがどれだけ好きなんだ。


「えっ?」


「遥さんが女装?」


 一斉に遥に視線を向ける。

 不意をつかれたのか、遥は何も言わない。黙っている。

 確かに、ナチュラルに見えて目元にバッチリメイクが施されている。

 緩やかなウェーブの髪でフェイスラインを隠している。

 タートルネックのニットは首元を覆っている。

 華奢な身体を包む柔らかな印象のコーディネートは、その全てが男性であることをぼやかすために見えてきた。

 こちらの気も知らず、山崎ゆづりは話を続ける。


「女装する男性の心理を全て知っているわけじゃないけど、わたしがあったことあるのは、女性に警戒されず近づくため。触るため」


「違う」


 遥が山崎ゆづりを睨んだ。


「そうですか。じゃあ、特定の人に近づくために女装しているのかな?」


 山崎ゆづりは他の誰かの視線を気にもせず、意味ありげに笑う。


「正体を知られないように。なんてね」


 しんと静まり返った。

 耳に痛いくらいの沈黙だった。


「やめなよ。こんなの誰の得になるの?」


 耐えかねた工藤彩葉が冗談めかして言う。

でも眉間にはシワが寄っている。不快感を隠さなかった。

 山崎ゆづりはちょっと溜息を吐いた。


「そんなことをいう彩葉さんだって、これがただのオフ会じゃないって知ってたのでは?」


「そんなことない。何も知らない」


「そうかなぁ」


 山崎ゆづりは含み笑いをこぼした。

 自分の秘密を見透かされ、躊躇いもなく全て話されてしまいそうだ。次のターゲットになるののが怖くて誰も発言できなくなっていた。

 ふと、山崎ゆづりがこちらを見た。


「門野さんは……」


 俺の番になってしまったようだ。

 背筋が凍る。


(何を言う気だ)


 テーブルの下の足から寒気がこみ上げ、歯がガクガクと震える。

 それなのに、俺は何故か自然と口元が緩んでいた。

 山崎ゆづりは知っているのか?

 あの日のこと。

 あいつのこと。


「門野さん」


 呼ばれて、山崎ゆづりと目が合う。童顔に似合わない紅い唇が笑顔で歪んだ。


「指輪の跡、隠せてませんよ」


 言われて、俺は思わず左手で右手を覆った。


(こっちかよ!)


 手玉に取られている。

 背中に冷たい汗が湧き出して止まらない。 


「わかってしまったんだけど、ここに集まったのは、それぞれわけがある人だよね」


 声を失っているメンバーを気にもせず、山崎ゆづりは投げかけた。


「わかってしまったって言われても」


 張り詰めた空気を破るように榛木ねこが大袈裟なため息を吐き出した。


「山崎さんが企画してメンバーを集めたんじゃないですか。幹事はわたしだけど、やったことは指定されたレストランの予約と、皆さんに招集の連絡だけ」


 そうなのか。山崎ゆづりが始めたオフ会なのか。驚いて周りを見回すけれど、驚いているのは俺だけだった。

 まさかみんな知っていたのか?


「幹事を引き受けたのにはメリットがあるからでしょ?」 


 山崎ゆづりに言い返されて、榛木ねこは黙って目を逸らした。


「つまり、これはただのオフ会じゃない」


 山崎ゆづりが榛木ねこを見やる。榛木ねこは不機嫌に視線をそらしていた。


「誰かをおびき出すために開かれたオフ会ですよね? 榛木さんだってその人を恨んでいる。何なら一撃食らわせたい」


「勝手に進めないで」


「でも榛木さんのカバン、変な形してますね。足元に隠してますけど?」


 山崎ゆづりが指さした先に、細長い筒状の黒い鞄があった。

 山崎ゆづりの笑みは、皮肉の色を残して消える。そして、しんと静まり返る。やはり他の客の気配がない。

 何かがおかしい。

 今更気づいたって、もう遅い。

 覗き込んだ店の入口では、ポニーテールの定員が『閉店』の看板を出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ