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二、ナポリタン同盟



 ポニーテールの店員に促され、俺は店の奥へと通される。

 全席半個室のような造りをしていて、店内は薄暗い。まだ時間が早いせいか空いているようだった。


(むしろ俺たち以外客がいない?)


 いや、完全に仕切られているわけではないから、奥の方に人は居るのかもしれない。

 ジャズと思われるBGMで気配がかき消されているだけかもしれない。それにしては静かすぎる。店員もポニーテール以外いない。

 謎は解けないまま店員さんに案内されるがまま6人がけの長テーブルにたどり着いた。


「こんばんは」


 おずおずとあいさつをする。席にはすでに三人の女性が座っていた。一瞬固まると同時に目配せをする。


(この間は何だ?)


 俺、店を間違えたか? と、一瞬焦ったが、初対面なのだからこのリアクションか。

 とりあえず名乗らなくては。


「あの、門野です」


 俺はできるだけ落ち着き払ったふりして名乗る。


「門野さん、こんばんは」


 一番奥にいた女性が答えた。メガネの下の柔らかな笑顔にようやくほっとした。


「幹事の榛木です」


 メガネも、一つにまとめた長めの黒髪も、黒いニットの下から見える白いブラウスも、彼女の誠実さの匂いがした。


(この人が榛木ねこ)


 真面目そうな見た目に反して、ジャンルはこてこてのホラー、もしくはシニカルな日常系のものが多い。 


(この子がアイリか?)


 予想したアイリと年齢は合わない。まあ、大学生はネット上でのキャラかもしれないからそこは問題はない。でも、なんとなく違う気がする。


「遅れてすみません。改めまして門野メイスです」


「遅れてないですよ」


 榛木ねこの隣で、前髪が所々赤い女性が言った。


「私は工藤彩葉です。よろしく、門野さん」


 胸元の開いたデザインの、ロックなトレーナーを着ている。ロゴの字は赤い。多分彼女が隣に座る榛木ねこより年上だろう。つまりアイリよりも年上。


(工藤彩葉、か)


 彼女の物語は大人の少女漫画といった感じだ。アイドルとか手に届きそうにない相手と恋に落ちる話が多い。いかにも女性が好きそうな話で、男なのに男とは程遠い男ばかり出てくる。


「隣どうぞ」


 工藤彩葉に促されて隣に座った。香水の匂いがほんの少しだけする。香水嫌いな俺としては尚更の評価ダウン。

 そして、正面にもう一人女性がいる。


「山崎さんが来たら全員そろいますね。あ、わたしは遥です。門野さん、よろしく」


 女は遥と名乗った。タートルネックのニットにチェックのジャンスカ。ふわふわの髪は明るい茶色。分かりやすいかわいいを集めてニコニコと愛想を振りまいている。


「よろしく」


 答えると意味ありげな含み笑いを残した。


(遥って女だったのか)


 遥は骨太な物語を書く。序盤は女向きなふりをするけれど、話が進むにしたがってメッキが剥がれてちょけてるくせに理屈っぽい成功の物語が続いていく。その感じが男性の雰囲気がしたのだが。


「山崎さんから連絡がきました。遅れるから先に始めていていいよって」


 榛木ねこが言う。山崎とは山崎ゆづりのことで、最後の一人の参加メンバーだ。


「じゃあ先に始めてよっか」


 遥が答えて、何となく横たわっていた緊張感がほどけていった。

 

 四人はそれぞれ好きなものを頼んで、オフ会は始まった。

 俺は好物であるナポリタンを頼んだ。

 場の雰囲気もあってかすぐに打ち解けた。そもそも俺が来る前に三人の女性はそこそこ打ち解けていたのだろう。

 店員がナポリタンを運んでくると、


「ナポリタンが世界で一番好きなんですよ」


 思わず口から漏れ出した。 


「山崎さんが来たら美味しいレシピとか教えてくれそうですね」


 榛木ねこがぽつん言った。

 なぜだろう。少しトゲを感じる。

 これから来るはずの山崎ゆづりは、小説投稿サイトの中で料理がらみの恋愛の話が多い。自慢の料理は画像もアップされ、美味しそうだのオシャレだのと随分とチヤホヤされていた。


「でも、山崎さんてーー」


 隣の工藤彩葉がいいかけて口を噤んだ。俺はロックなトレーナーの赤いロゴを見つめる。


「山崎さんがどうしたの?」


 俺以外の三人が目を合わせた。


「いっちゃう?」


「言っちゃおうよ」


「いいかな」


「言わないとモヤモヤするから言おうよ」


 三人で話し合い、結論が出たらしい。

 代表して工藤彩葉が手を挙げた。


「わたしたち、山崎ゆづりさんと門野メイスさんは同一人物かと勘違いしていました」


「えっ、なんで?」


「なーんか。似てるんです」


 彩葉は大いに意味を含んたため息をついた。


「文章のくせが似すぎなんです。ストーリー展開とか、キャラ設定とかも」


「そんなことないですよ。料理の話なんて書かないし」


 ショックだった。自分の書いた物語が誰かと似ていると思われているなんて。


「絶対そんなことないです」


 思わず本音がこぼれ落ちる。


「それに山崎さんって、いつも主人公が女じゃないですか」


 なんなら俺は男の主人公しか描けない。


「それに、毎回同じような話じゃないですか。俺そんなにワンパターンですか?」 


 彼女の書く話は、だいたい年上の強気な女性が不遇な目に遭って、その後年下のちょっと気の弱い男に愛されるって展開だった。


「わっ、辛辣」


 遥が吹き出す。


「ちょっと門野さん。いない人の批判はやめましょう」


 榛木ねこはたしなめつつも、ちょっとニヤニヤしていた。


「でも、わかる気がします」


 工藤彩葉がぼそっと言う。


「いつも同じ。私は正しい!って感じが、さ。何かね」


「ちょっとでも気に食わないコメントがあると食って掛かりますよね」


 そういえば。榛木ねこが山崎ゆづりの投稿した小説に、前の話と登場人物が同じですか?ってコメントしたところ、あなたはちゃんと読んでない。読解力不足だ、と一刀両断していた。

 女性陣三人は目配せをした。


「実はね」


「ここに集まった五人で企画を立てようと思っていたんだけど」


「四人にしようか」


「グループ作っちゃう?」


「ナポリタン同盟ってことで」 


 顔を見合わせあって含み笑いを浮かべる。不思議な連帯感が生まれた、その時だった。


「こんばんは!」


 突然、若い女が現れた。

 袖にボリュームのあるのに丈が短い薄紫のニットに、デニムのタイトスカートの姿。童顔な女の子が大人っぽく仕上げたくて頑張った感じが、とてもいい。頬骨が少し張っていている感じも、黒髪切りっぱなしボブの媚びてない感じも、とてもいい。何より身の丈に合わない香水や、変な柔軟剤の匂いもしないのも、とてもとてもいい。

 

「お待たせしました! 山崎ゆづりです!」

 

 元気に自己紹介する彼女について「とてもいい」と思っていたのは多分俺だけで、山崎ゆづりの登場にテーブルには気まずさが漂っていた。

 まあ、仕方ない。ナポリタン同盟を結んだばかりなのだから。


「ホントに遅れてごめんなさい。ちょっと仕事でごちゃごちゃしちゃって。遅刻は良くないですよね」


 雰囲気を察してか、山崎ゆづりは申し訳無さそうに肩をすぼめる。


「いや、大丈夫ですよ。全然気にしないでください。ほら、どうぞ座ってください」


 俺が言うと、山崎ゆづりは突然ぐっと顔を近づけた。


「ありがとう。門野さん」


 思わず顔がこわばった。初対面なのに俺が誰か当ててきた。いや、会ったことがあるのか?

 もしくは他の4人に会ったことがあるとか?

 まさか、アイリなのか?


「どうして門野さんが門野さんってわかったん

ですか?」


 遥がふわふわの髪を揺らしながら訊ねる。山崎ゆづりは待ってましたと言わんばかりに口角を上げた。


「なんとなくですよ、遥さん」


 今度は遥の顔が硬直してしまった。


「何となくわかっちゃうんだ。すごいね」


「わたしこういうの得意なんです」


「他の二人もわかる?」


「もちろん。右奥の真面目女子が榛木ねこさん、その隣がロックなお姉様が工藤彩葉さん、でしょ?」  


 山崎ゆづり以外の女子勢は黙ってしまった。


「どうしてわかるんですか?」

 

「見た目? あと作風とか雰囲気とか」


「もしかして山崎さんって心霊系?」


「やだー。違いますよ。怖いの嫌いだもん」


 山崎ゆづりは遥の隣りにさっさと座ってメニューを開き、それをのんびり眺めている。


「すみませーん」


 明るい声で店員を呼んだ。さっきのポニーテールの店員が現れると、上機嫌なニコニコ顔のまま注文を始める。


「えっと、生ビール。それと、食べるものはね、うん、ナポリタン。ナポリタンを1つお願いします」


 そっとメニューを閉じて、山崎ゆづりはテーブルにつく他の四人を見回し、百点満点の笑みを浮かべた。





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