十四、協力者
上手く話せただろうか。小寒い嘘をところどころ混ぜたけれど、余計なことを言っていないか。不自然なところはなかっただろうか。
まあ、今更考えても仕方ない。
「良かった」
何も気づかず榛木ねこは肩を撫で下ろした。
「この中の誰かが吉野綾香を殺したっていうから、わたしがナナちゃんを勝手にホテルから出したことで亡くなったのかと。でも違ったんだね」
見事に騙されてくれた。お気の毒に。
「つまりは」
山崎ゆづりは3人の顔を見回す。
「榛木さんも、工藤さんも、遥さんも、自分が人殺しの手伝いをしたかもしれないと思って、罪悪感から逃れたくてここにきたんだよね?」
山崎ゆづりの言葉に、工藤彩葉がため息をついた。
「話聞いてた? そっちは関係ない。あいつの顔を見て一言言ってやりたかっただけ」
山崎ゆづりは冷たい笑みを浮かべる。
「そうでしょうか。悪いことなんてしてない。吉野綾香は生きているはずって。このオフ会で姿を見れば安心できるから来たのでは?」
榛木ねこ、工藤彩葉、遥の顔がどんどん青ざめていく。
「わたし、伝えましたよね。オフ会に誘う時にちゃんと書いたはずです。吉野綾香の犬を勝手に連れ出した人間がいる。それをきっかけに吉野綾香が行方不明になったのかもしれないって。だから本人は来ないかもしれないよって」
何故こいつはそんなことを知っているんだ?
俺が凝視していることも知らずに山崎はおしゃべりを続けた。
「このオフ会に彼女が来るかもしれないと聞いて、建前は被害者として、本音では加害者として参加することになった。メンバーは同じ境遇だと知りもせずに」
痛いほどの沈黙になった。
飲み込めないままメンバーを見渡した。
知っていたけれど、初めて会ったのだ。
榛木ねこ、工藤彩葉、遥。
名前が違うから想像もつかなかったけれど、綾香を呼び出すのに動いてくれたメンバーだった。
「まあ、心配はないよ」
山崎ゆづりはにっこりと笑った。無邪気で子どもっぽい笑顔。初めてここへ現れた時のように。
「だって吉野綾香は生きてるもの」
俺はギュッと両手を握りしめた。全身から汗が噴き出している。動悸と寒気が止まらない。
「門野さん。驚きました?」
山崎ゆづりが声を上げて笑った。静かな店内に響き渡っていく。
「そんなはずはないって言いたいんですか? 門野さん」
「いや、そういうわけじゃ」
「首を絞めて、山に捨てたんでしょ?」
何故それを知っているんだ?
綾香しか知らないのに。山崎ゆづりは挑戦的に微笑みを浮かべる。
「知ってますよ。吉野さん本人に聞いたから。意識を失った吉野さんを置き去りにした後、その彼女を、わたしが助けたの」
背中が寒い。指先もどんどん冷えていく。あいつが生きているというのが事実なんて、俺は信じたくなかった。
「何故って顔してる。人殺しのあなたに会いに行くのに丸腰なわけないでしょ。ちゃんとスマホは2台持っていて、1つは隠し持っていたのね。社長には奥さんがいるから公の援助はできないって言われていて、わたしが助けたわけよ。そもそも社長は吉野綾香の話を信じてなかったからね」
重苦しい沈黙に包まれた俺たちのテーブルに、足音が近づいてきた。
「お待たせしました」
その声に、全員が振り向いた。
「ナポリタンです」
ポニーテールの店員が、ナポリタンの大皿を持ってやってきたのだ。
「頼んでない」
工藤彩葉の言うとおりだ。
いや、こんな時に持ってくるか?
俺たちの会話、聞こえていないのか?
「今すぐナポリタンを提供してほしいと言われていました」
淡々と答える。ポニーテールの毛先が揺れた。
「誰に言われたの?」
俺は無意識に聞いていた。
テーブルに置かれたナポリタンの甘酸っぱいケチャップの香りに記憶が蘇る。
ーー最後に、ナポリタンを一緒に食べよう。そうしたら、離婚するから
そうだ。俺はそう言った。
綾香の作るナポリタンは絶品だった。
「この味、覚えていませんか?」
姿勢正しく佇む彼女の、あくまでも冷静な声の中に、恐れと、憎悪が滲む。
俺の背後でポニーテールとは違う、もう一つの足音が近づいてくる。店の奥から誰かがやってくる。
「まさか忘れたの?」
知っている声に俺は振り向くことができない。
「ーーずっと見てたわけ?」
工藤彩葉の掠れた声に、そいつは笑ってみせた。恐る恐る顔を上げる。そこにいたのは、綾香だった。
綾香が仕組んだのか。全部こいつの仕業だったのか。
「さっきの話なに? あなたは平気で嘘をつく。離婚したかったのはわたしのほうなのに」
「俺一人を追い詰めるために、手のこんだことをしたのか? 他人を巻き込んで」
「お前一人のためじゃない。ナナのこと許さないから」
榛木ねこ、工藤彩葉、遥の顔を順々に睨んだ。それから俺の顔を覗き込む。
「一番の嘘つきはあなたね」
「綾香こそクソ女のくせに偉そうだな」
俺の手のひらも、背中も、汗でびっしょりだった。俺が睨みつけても綾香はもう動じない。
「あなたの家の冷凍庫のこと、警察に話した」
そして、大きくため息をついた。
「最初からこうしておけばよかった。山崎は何故か知っていた。冷凍庫のアイリのこと」
何でもペラペラしゃべりやがって。でも、ここにいるメンバーは綾香の言葉を信じやしない。
でも、もう信じる信じないの話ではなくなっている。
「あなたがわたしを置き去りにした日。山崎に助けられて。山崎があなたを陥れる計画を立てていることを知ってね。協力したの。ナナをひどい目に合わせたヤツらにも復讐してやりたかったから」
ああ、オフ会なんかに来なければよかった。何故きてしまったんだ?
ーーだから。オフ会に来てください
ーーわたしが誰か、当ててみて
ーーもちろん、誰にも知られずに
そうメッセージをくれたのは、誰だっけ。
もう何もかも不確かで手応えがない。
もうわからない。
「こうなったら、あなたは冷凍庫の中を、明かすしかないでしょ?」
「どうかな」
俺は立ち上がる。いつのまに足元に落ちていた榛木ねこのバットを夢見心地で拾っていた。
「今、楽にしてやるよ」
バットを振り下ろした。手応えはなかったのに綾香は床に崩れていった。
全てが夢のようだった。
冷たい沈黙が店中に広がっていく。
「さあ。皆の大嫌いな綾香をぶちのめした。どうだ?スカッとした?」
返事がない。あんなにイキイキと綾香の悪行を語っていたのに。あの時はみんな饒舌だったのに。
「君たちには感謝しているよ。あの日、おかげで綾香と二人きりになれたからね。君たちは、俺の共犯だ」
みんな黙ってしまった。
そりゃそうか。
「まさか、コイツのいうことを信じるの?」