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十三、ナナ奪還計画

 

 俺と綾香について、話さなくてはならない空気だ。

 うまく話せるか……いや。ボロを出さずにいられるか。

 あまり話したくはないな。


「あの人、今どこにいるんですか?」


 遥が目を伏せたまま訊ねる。


「綾香のことは知らないよ。連絡が取れないんだ」


 それにしても、山崎ゆづりも綾香と……自分の妻とつながりがあったなんて。薄ら寒い。 


「あいつは話し合いから逃げていた。連絡に返事すらしてくれなかった」


 これは嘘ではない。

 二人きりで話したいと言っても、彼女はうちに来ない。俺は外で合うことは断っていたから、平行線が続いたわけだ。

 どちらかといえば、逃げていたのは俺だけど。


「とにかく別れたかった妻だけど」


 やっぱり、俺も話すことになった。

 さて。どこまで話すべきだろうか。 


 山崎が眉を寄せる。


「本当に何も知らないでオフ会に参加したの?」


「もちろん」


「会いたいって言われたっていうのは?」


「そういうメールが来た。アイリって知っているでしょ?」


「ああ、門野さんに毎回コメントする人」


「そう。あの人がこのオフ会に参加するから来てほしい、メンバーの中で誰がアイリが当ててって。今のところ、まったく見当がついてない」


 榛木ねこが俺を疑い深く睨む。これは本当なんだけどな。

 

「山崎さんはアイリを知っていましたよね」


「あなたのファンってことは承知しています」


(そうじゃねぇよ)


 アイリのことを話す前にから自分はアイリではないと俺に挑発していたじゃないか。なんだか駆け引きをしているみたいだ。

 確かに俺はボロが出てはマズいわけだから、これ以上余計なことを話したくない。

 俺が黙っていると、


「ナナ奪還ってどういうことなんですか?」


 山崎ゆづりが訊ねた。


「そのまま、妻の犬であるナナを奪還するってこと。会ったこともない犬だから奪還は間違いで、正しくはナナ人質計画なんだけどね。綾香が犬を飼っていたなんて知らなかったんだよ」


「夫なのに?」


「俺らは結婚してすぐに別居をしていたから」


 あの夜を境に、ほとんど会わなくなった。


「彼女は、職場に近い部屋を自分で借りて、そこで犬を飼い始めた。なんか男もいるっぽかった。もううんざりだったんだ。離婚についての話し合いをしようと言っても、社長と旅行にいくとか言い出して応じない」


 会ってやると言っているというのに。不倫中の社長に入れ知恵でもされたのだろうか。ふざけるな、だ。


「今勤めている会社、つまり、遥が辞めて山崎ゆづりが務めていた会社の社長と旅行らしい。そんなの、俺と話し合う約束から逃げたいからって使った口実だろう。またすっぽかすつもりらしかった。一向に話し合いのテーブルにつかない」


「両親に相談しなかったの?」


「彼女の両親は俺を嫌っているから逆効果だよ。多額の慰謝料とか突きつけてきそうで恐ろしい」


 よくよく考えれば見抜かれていたのだろう。娘が不幸になることを。俺は知らず知らず知らず冷凍庫に隠し持った暗闇をまとっているわけだ。見える人には見えるらしい。

 俺は神妙に話を聞く三人に投げかける。


「この中にナナ人質計画の実行者がいるよね」


 俺の言葉に三人が三人とも顔を上げた。

 

「まさか、小説サイトとは別のSNSで知り合った人と、オフ会で会うことになるなんてね。まあ、リアルの世界の俺には相談する家族も友だちもいないから。仕方なく小説投稿サイトで妻のことを小説にした。動物病院やファミレスであった実話をほとんどそのまま。妻はクレーマーだったからネタに事欠かない。小説をサイトに上げると、違うSNSで宣伝していたんだけど、その動物病院で働いている人から連絡が来たんだ」


 そっくりの飼い主を知っています。

 犬の名前も同じです。ナナちゃん。

 もしかして、その犬は犬種はダックスフントのロングコートですか?

 毛色はクリーム。

 主人の名前は綾香さんですね?


 全てを見事に言い当てた。


 動物病院というワードに、視線が榛木ねこさんに注がれる。

 

「わたしも驚きました」


 榛木ねこは絞り出すように呟いた。


「まさか、ここで門野さんとつながるなんて」


「2人は顔見知りだったの?」   


 山崎ゆづりに聞かれ、俺は首を横に振った。


「いや。SNSだけでのやりとりだったから。協力者同士も顔を合わせていない。あと俺は動物病院にいったことはないし。SNSでも動物病院でも榛木ねこって名前じゃないだろう」


「黙っていてごめんなさい」


 素直に謝る榛木ねこに目配せをする。大丈夫、大丈夫。君は悪くない。

 

「綾香がペットホテルに預ける日にちを榛木さんに聞いたら、俺が話し合いを指定した日程と被りやがった。今回も、やっぱり逃げる気だってわかったんだよ」


 俺の中で何かがキレたのはその時だった。二人きりで会ってくれないなら、こちらも考えがあると伝えた。


「絶対に話を進めてやろうと決めたんだ。そして、ナナ人質計画を立てた。動物病院からナナを受け取り、ナナを人質に妻を呼び出すという計画。すでに連絡先を交換していた遥も」


 遥がうなずく。


「榛木さん経由で関わっています。主任の被害者として協力したくなっただけ。それ以外は何もしていない。ーーあと、もう一人協力者がいましたよね?」


「うん。俺のSNSに動物病院の人(榛木ねこ)と遥以外にも妻の被害者を名乗る人がいたから、協力を頼んだ」


「それ、わたしのこと」


 工藤彩葉は大きなため息を着いた。


「こんなところでつながるなんて。だから帰りたかったのに」


「協力って何をしたの?」


 山崎ゆづりが訊ねた。


「俺がナナに引き取る日程が早まったことを病院に伝える。遥さんが家族のふりをして病院に引き取りに行く。榛木ねこさんが知らないフリをして遥さんに渡す。遥さんは近所の公園の木にナナを繋ぐ。それをもう一人の協力者が公園の近くのコンビニに繋ぐーーそして、俺がそれを引き取る」


「なんでそんな回りくどいことを?」


「バレたくないから。あと、ゲームとして楽しんでやろうと思ったんだよ。SNSでナナの動画をあげて、妻に一泡吹かる計画が成功したことを報告。自分が連れてきた犬が無事だとわかれば安心。そしてゲームは終了。そう、ただのゲームなんだよ」


 まあ、自分が動物病院にいくのが嫌だった。あいつの夫として振る舞わなくてはいけないじゃないか。それに防犯カメラに映りたくなかったっていうのもある。それに人数を増やして協力者たちの罪の意識を薄くするのも大事だ。

 人質になったナナを撮し、その動画を妻にも送りつけ、


ーーうちに来てほしい。社長にかまっていないで来てほしい。


 そう告げた。

 全く。

 犬なんか飼うから冷凍庫の中身が一匹増えてしまったじゃないか。


 ★


「そうして、あの日、彼女はようやく俺の部屋に来た」


 怖かっただろう。

 愛犬は行方知らずだ。


 何も知らず、俺の手伝いをした三人がこの場にいる。嫌な予感は、すでに全身を包み込んでいた。


「ようやく綾香と話し合って、あっさり離婚を受け入れた。それだけだよ」


 自分で話していて、笑える。

 嘘も嘘だ。




ーー約束でしょ? 離婚届け、書いてよ


 あの日、俺は応じなかった。こっちの約束を果たしていない。綾香はナポリタンを作っていない。


ーーもう、いいや。


 諦めて出ていった綾香を追いかけた。アパートの外階段の手前で思わず腕をつかんだ。 


 いけない。これはいけない。今まで綾香を支配していた恐怖や焦りが消えたのだ。


ーー離して。気持ち悪い。


 綾香はそう言った。

 そして、きづくと、俺は彼女を突き飛ばしていた。

 綾香は階段から転げ落ちるのを他人事のように眺めた。

 しかし、たまたま通行人が見ていたのだ。


「大丈夫か?!」


 そう声がして、我に返った俺は慌てて階段を駆け下りた。


「病院行きます」


 さも心配でたまらない夫のふりをして、気を失いかけた綾香を車に押し込んだ。


 そのまま、山方面へと向かう。暗闇を進んでいく。


ーーやめてよ。

ーーあなたのことは言わないから。

ーーお願い。


 か細い声がしても、俺は運転をやめなかった。


 そして、彼女を乗せたまま崖へと向かっていった。

 一緒に死んでもいい。

 たしかにそう思った。


 それなのに。

 その時を思い出すと、自分でも自分がわからない。

 俺の秘密を知る人間。いなくなったほうが都合がいい。それなのに胸が痛い。

 きっと、ほんの少しの間だけど、俺に幸せをくれた人だったから。


 彼女が息絶えたか確認もせずに、山に捨てた。

 



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