第2話 炎の雨
異世界転移ってなんだ?
「そんな顔で見るな。ラノベでありがちな展開だ。ここではないどこか、地球ではないどこかへ……まあ、ワープするみたいな話だ」
リントがクツクツと笑う。
「あれ。まち?」
カレンが下に見える町並みを指さす。
「ああ。みたいだね」
俺はそう応じると、歩き出す。
「どこへ行くんだ?」
「リント、こういったときには町に行くしかないだろう」
「ふむ。まあ、情報収集は定石か。しかし、オレらを召喚した術士がいるやもしれん」
訳知り顔でおとがいに手を当てるリント。
「ラノベの読み過ぎだ。俺たちはあの町に行かなくちゃいけない。生きるために」
「ん。ケントの言う、とおり。いこ」
「了解した。でも今後はオレの意見も聞いてくれ」
嘆くように呟くリント。
「わかったよ。リントのラノベ知識がどれほど、役立つか見物だ」
「へ。褒めるなよ。照れるだろ?」
褒めてねーよ。
皮肉だよ、皮肉。
町の方を歩くと、みんなボロボロの衣服をまとっていた。
「なんか、昔の世界みたい……」
「だな。オレの知識だと1940年代くらいか?」
「なんで知っているんだよ」
「昔、調べたんだよ。小説のために」
こいつ、本当ラノベバカだよな。
まあ、そんなところもかっこいいけどさ。
「苦笑、している」
カレンがジト目を向けてくる。
「いや、リントは相変わらずだって、な」
「それは、そう」
「なんだよ。成長していないって言いたいのか?」
「ご想像に、任せる」
「なんだとー!」
怒りを露わにするリント。
しかし、
「行き交うみんな、細すぎだろ」
まるで何日も食べていないかのようにほっそりと痩せ細っている。
地味な衣服やどこか暗い表情も気になる。
「あんたら、イのものかい?」
隣のトロロに出てきそうなおばあちゃんが声をかけてくる。
「イ?」
「……売国奴かい?」
「それはない。俺はただ人の役に立ちたいだけの人間だ」
周囲の人々がざわつく。
「しかし、その明るい色……」
おばあちゃんはギロと血なまこになってカレンの髪を引っ張る。
「い、痛い……!」
「な、何をするんだよ!」
俺は慌ててカレンとおばあちゃんを引き剥がす。
「これは染め物をしてあるんだよ」
「敵国の娘なら生かしちゃおけないからね。わしのアンズを殺しておいて!」
「マズいな……」
リントが冷や汗を浮かべている。
「どうやら、この土地ではオレらは目立ちすぎるようだ」
周囲には警戒した人々が集まってくる。
「もしかして、軍人さんか?」
一人のおっさんが呟く。
「いいものを着ている。堂々とした立ち振る舞い。お偉いさんではないか」
「ロ軍ってことかい?」
いっそうざわつく街人。
警報が鳴り響く。
「逃げろ!!」
誰かが叫び出す。
「イ軍だ!!」
「何が……」
俺たちは逃げてくる人々を見て青ざめていく。
空に無数の飛行機雲をつくっている。
「あれは、B29。爆撃用戦闘機」
「というと?」
リントの言葉を理解できずに問う。
「炎の雨が降る。逃げろ!」
「逃げるってどこに?」
「防空壕だよ!!」
リントがカレンの手を引き、俺も追いかける。
「この辺りならまだ防空壕があるはずだ!」
「怖い。怖い……! ママ!」
「カレン、しっかりしろ」
B29が焼夷弾をばらまく。
燃える火の手。
熱波を背中に感じ、近くの穴に逃げ込む。
「くそ。1945年7月10日、仙台空襲だ。約12000戸が壊滅、約1400人の被害者を出した……悪夢の一日!」
リントが険しい顔をして俺とカレンを奥に追いやる。
「このイ軍の化け物め!」
対空砲を持ち出し、B29に向かって連射するおばあちゃん。
「アンズの仇、今こそとらせてもらう!」
「やめろ! ばあちゃん!」
リントは止めようとするが、おばあちゃんは逃げようとはしない。
止めても無駄だ。
俺は憎しみが人を変えてしまうことをよく知っている。
「ママ。大丈夫。大丈夫、だから」
カレンはストレスのせいか、カレンママが見えているらしい。
「リント。もうよせ」
おばあちゃんを引き留めようとするリントを引っ張る。
その瞬間、爆発が網膜を焼く。
煤や灰が舞い上がる。
「くそ。目の前で人が死んだんだぞ! そう簡単に諦められるか!」
リントが俺の襟をつかみ、激高する。
「もう、手遅れだ……」
「バカ野郎! お前が止めなければ!」
「二人とも、喧嘩、ダメ」
カレンが感情の見せない言葉で止めにくる。
「俺はお前が大事なんだよ!」
「ふざけるな! 人の命を救うのが、オレらライフ同盟だろ!」
「お前が死んだら、俺はどうすればいいんだよ。泣いて祈れって? 悲しめって? ふざけるな!」
「一生のお願い、止めて」
カレンが泣きながら崩れ落ちる。
「カレン……」
「怒っているのか?」
「は? わたしがいつ何時何分地球が何回回ったときから?」
出たよ。カレンのクソガキムーブ。
こんなときはカレンは絶対に引かない。
水を差されたように俺とリントは頭の熱が引いていく。
「……悪かったよ。ケント」
「いや、俺も感情的になっていた。わるい」
仲直りの握手をすると、しばらく穴の中に身を潜める。
肉の焦げた匂いと、車の排気ガスのような鼻につく匂いが立ちこめる。
煤で汚れた手で頬を掻き、爆撃機が過ぎ去っていくのを待つ。
機体を軽くするため、近場で爆弾を落としてから去っていく。
燃え広がる炎を見て言葉を失う。
「人はどうしてこうも」
愚かすぎる。
愚かな戦いだ。
誰と誰が、何をかけて戦っているのか分からない。
某国の利益のため?
自国民を守るため?
なにが守るだ。
人を殺した先になにが待っている。
「くそったれ……」
おばあちゃんだったものを見つめて、俺は吐き気を覚える。
「道具を探してくる。埋葬しよう」
「ああ。手伝う」
「わたしも。力はあるよ」
さすがアスリート。体力自慢か。
正直、俺とリントだけではその自信はない。
猫車を持ってきて、ついでにスコップも借りる。
遺体を猫車にのせて、街外れの丘に埋葬する。
ぽつりぽつりと雨が降り注ぐ。
おばあちゃんが死んだことにより、戦争の悲惨さを知った。
言葉では知っていた。
知っているつもりだった。
でも剥き出しの目玉や鼻にこびりつく肉の焦げた匂いはトラウマになるには充分だった。
知識として知っていても、実際に触れるのとは全然違う。
学校の先生が言うよりも何倍も悲しい。
憎しみがそうさせるのか。
人の歴史は戦乱や戦争といった争いの連続ではあるが、それを目の当たりにしたことはない。
人としての尊厳もなく、放っておけばおばあちゃんの遺体もそのままだっただろう。
悔しい。
何も出来なかったことが。
憎しみで戦いに駆り立てたおばあちゃんを、救うことはできなかった。
「オレら、救えなかったな……」
人の役に立つと決めて、今まで何度も人を救ってきた……つもりだった。
でも俺なんかはなんの役にも立たない。
目の前で死にそうになっているやつを、救えもしない。
無力な奴だ。
「ああ。俺たち、今まで何をしてきたのだろうな」
「ママの言うとおり」
カレンが後ろから声をかけてくる。
「二人とも、優しすぎる」
カレンはうつむきながら呟く。
それはお前だ。
さっきから俺たちを慰めてくれているのに気がついていないとでも思っているのか。
「ふっ。オレらの見た目、悲惨すぎね?」
煤だらけの顔に、爪の間に土が詰まっている。
「ははは。言えている」
「わたしも、頑張った、よ?」
「そうだな。みんな頑張った」
「だな」
これからどうするかはまだ分からないけど、でも俺たちは生きている。
生きていかなくちゃいけない。
この一ヶ月と五日で戦争は終結する。
日本は負けるのだ。